27 コールガール 2
「今日は俺のとこ来れるだろ?」
パートタイマーな僕が桜野さんたちよりも早く生徒会室を後にした直後、そんなメッセージがスマホに着信して。
で、夕食後、急いでシャワーを浴びた僕はジト目の松川に両手を合わせて近藤さんの部屋に来た。
「松川は桜野さんのところには行かないはずだ」
何の根拠で近藤さんがそう綴ったのか分からないが松川に訊くとそうだと言う。
僕だって平日に近藤さんの部屋に行くのはどちらかというと遠慮したかった。週の真ん中と末、そんな感じで近藤さんと寮の明かりが落ちる頃に誘われて逢瀬を重ねていたけど……翌早朝に起き出してこっそり部屋に戻るのは疲れたままで大変だし、何よりシンデレラのように時間に急かされるのはやっぱり切ない。
「ん……っ……」
部屋の鍵をかけて振り向いたら目の前に近藤さんがいて、今日の生徒会室よろしくがっつりホールドされて深いキスで迎えられた。
僕もその舌を受け入れて後を追う。
思うのは。いつも、キスは特に食べられているような感覚になる。もっと優しくしてほしいのに。不満とか怖いとかじゃない。僕だってゆっくり近藤さんの味を確かめたい。
数分続いただろう水音に一段落したのか、近藤さんの唇は離れて。引き寄せられていた腰はゆるめられた。
「前菜は終わり」
「僕はあなたの食事ですか……」
食べ物とか、の、飲み物とか……。
「俺の栄養だ。足りないと困る」
照れ隠しではなく真面目にさらりとそんなことを言う。当たり前だと言わんばかりに。どうしてそんなに僕を付けあがらせるようなことを言うんですか。
でも、近藤さんは僕には言葉を求めない。催促されたのは動悸をおさめようと、僕の気持ちをぶつけた時だけ。この人は奏多さんの時もそうだったのだろうか。こんなこと思っちゃいけないのはわかってる。今、近藤さんが抱いてるのは僕だ。それだけでいいのに。
「なんだ、不満か」
黙り込んだ僕の顔を覗き込む。
「いいえ、どうぞ煮るなり焼くなりしてください」
「平日だし軽めにやる」
あなたの軽めってどのくらいですか……。無茶苦茶にされるわけではないけど、なかなか離してくれない。でもまあ嫌なことではなく。
束縛というほどではないけど、適度な距離と思われるそれよりも少し内側な近藤さんとの距離は心地良く感じる。それはつまり僕がそういう距離を欲していたということで。
兄との関係によるものが大きいのかもしれない。一番近い身内なはずなのに結構遠い。諦めてこんなものなのだろうと思っていたのは外面だけで案外それを寂しく思っていたのか。
それともそういうものを恋愛感情と呼ぶのか。身内とも友達とも違う距離感で接していたいと思う感情。ともすれば溶けて混ざり合っても構わないとさえ思う感情。
「やり溜めしときたいんだよ」
……そんなの、溜めておけるものでもない。
「夏休みになれば、会えなくなる」
それはそうですけど。
どんなに直前まで身体を重ねてもすぐに渇いて、会いたくなる、ものか、な。
「無理だと思ってるだろ」
まあ……。
「お前との思い出をたくさん作っときたいだけだ」
「近藤さん……」
って。
夏休みの間だけだし。
なんなら前後で一週間ずつ補習があって丸々休みなわけではない。僕は前期補習終了日から後期補習が始まるまでの三週間ほど実家に帰る予定だ。それに、補習は午前中で終わるから午後はまるまる空いてるのだ。だから……。
まてまて。空いてるからって、全てベッド直行ってことはない。松川なんて部活だ。
「補習の間、昼は生徒会がある日もあるしな。毎日は無理だぞ?」
僕の考えを読んだかのように近藤さんは言った。
「そんなこと思ってませんよ!」
セックスのことしか考えてない淫乱な奴だと思われるのが嫌で語気が強くなってしまった。でも、ちらりと思ったことは事実で……。
「俺は毎日でもいいけどな」
……この人はどこまでも正直で。
僕の言葉をまともに受け取られたのが居心地が悪い。揶揄われた方がよほど良かった。自分を繕うことしか考えてないのがとても恥ずかしくて嫌で。
「……僕も、ちょっぴりそう思います」
俯きたかったけど、僕は近藤さんを見た。大事なことだ、きっと。
「どうした?」
近藤さんはぽつりと呟いた僕を意外とばかりに見返して、手を引いてベッドに座らせた。少しの間を空けて近藤さんも隣に座って。
「俺はお前の少々強情で素直じゃないところも好きなんだが?」
つまりは、見え透いた抵抗だったってことか。
「僕だって、たまには素直になります」
そんなに意固地だとは思ってないけど、イエスマンになれるほど寛容でないとも思ってる。
だけど近藤さんのストレートさの前には全面的に降参するしかない。僕は裏側は真っ黒かもしれないけど、この人は裏も表もない、それこそ強引なところもあるけど隠すものなどない人なのだろう。
だから僕も、できるだけ思う事を口にしようと思ったのだ。傾いたままの天秤になりたくないから。
「お前のどんな部分も否定するつもりはない。人は変わらなければならない時にはどうやったって変わるもんだ。だから今はこのままでいいんだよ、お前も俺も」
上から目線じゃなくて僕と同じ目線でいてくれる。押すところと引くところをわかっている人なのだろう。
「僕は、僕と違うあなただから、惹かれたのかもしれません」
性別など越えてしまえるほどに。そこはどうでもいいと思えるほどに。好きだと言ってくれることが嬉しくて、僕も同じ熱を返したくて。
「……ああだこうだと素直じゃないくせに、無意識レベルで落としにかかるのは反則だろ。もはや天然を越えてエロ神の寵児か」
「はい?」
「いやもういい、俺の独り言だ。とりあえずは何も考えずにただ抱かれとけ」
その言葉に甘えていいのか。今の話だと僕は融通がきかない、天の邪鬼な奴だと言われてるはずなのに。今はそれでいいのだと言ってくれるけど。
持ち上げられて許されて与えられて。それだけでいいとは思えない。
「あの……僕がやります」
「ん?」
言葉が足りてないことはわかってる。だけどそれを口にするのは気恥ずかしくて。
だからそのままベッドを降りて近藤さんの前に跪いてベルトのバックルにそっと指をかけた。
「口で……してもいいですか?」
と問いはしたけど答えを聞かずにバックルからベルトを抜き、綿ボトムのファスナーを下ろした。いつもやってくれるように。
「無理はするなよ?」
頭の上に振ってきた声に揶揄いはなく下着の中は少し興奮してくれてるようで、僕は近藤さんを直に触れてそのまま口に含んだ。
初めて口に入れたそれは思いのほか大きくて己の舌の自由がきかなくて思わず歯を立てそうになって。自分の頭を小さく上下させて恐る恐る傷つけないように舌を這わせると硬さが増していくのがわかって。感じてくれてるのだろうと思うと、喘がせたい、気持ち良くしたいという気持ちが強くなって僕は夢中で近藤さんを舌と唇で扱いた。しばらくして先が滲み始め、そこを掬うように舌先で触れると近藤さんの指が僕の髪に触れた。
「……ん」
その艶のある声にこっそり上目で見ると、心地良さを堪えているような、目を閉じた近藤さんがいて。それを見てしまった僕も近藤さんが触れたところからぞくりと快感が身体を走り、熱が溜まり出して。
「新人コールガールみたいだな」
僕の様子に気付いたらしい近藤さんが目を開けて、くすりと笑った。
「僕はどっちに反応したらいいんでしょうか」
「うん?」
「男ですし。初めてで上手くはないと思いますし。奉仕しながら自分が感じてしまうなんて」
「初めてを貰えるのは嬉しいものだし一生懸命やりながら欲情してるのが初々しくて可愛くてエロいって言ってるんだよ」
そう言って髪を撫でる指先にぞくりと身体が震える。今は触れないでほしい。続けられなくなるから。
「無駄話は要りません。僕に集中してください」
「わかりましたよ、エツミ嬢。そういうところは
髪から指が離れて、僕は再び近藤さんを咥えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます