26 コールガール 1
「ちょ、あの……っ!」
ここをどこだと思ってて何時だと思ってるんだ。いや夜ならいいのかという話ではないけど。
「誰もいないし、少しぐらいいいだろ」
近藤さんは生徒会室の奥にある小さな倉庫に僕を連れ込んでぎゅっと抱きしめている、さっきから。首筋を唇でなぞられ背中を抱く指はそろそろとワイシャツの裾を引っ張り出して。捕食されそうなホールド加減に僕はちっとも身動きできなくて。
「何エロオヤジみたいなこと言ってるんですか!」
誰もいないのは今だけだし、たまたま僕と近藤さんが一番乗りだっただけだ。僕に「じゃあちょっとだけ」なんて言える勇気はない。
「エロオヤジって……酷いぞ」
そんなにしょんぼりしなくても。
「もう十日抱いてない」
「わあああ! こっこんなっ! だからこんなところで何言って」
オープン過ぎる。過剰に隠すものではないかもしれないけど、控えめにしてほしいと僕は思う。
「だから誰もいないだろ。お前エキスが不足してるんだよ」
そう言いながら、指先はインナーの下を撫でていく。
「う……エ、エキスって人を飲み物か何かみたいに言わないでくださ、いっ……んん」
膝から力が抜けていくから近藤さんにしがみつくことになって……今はとても不本意だ。こんなところで押し倒される訳にはいかない。
「あながち間違いでもない。飲み物だろお前のせ」
「わあああああっ!」
だからっ!
「ホントにっ! ホントにやめてくださいってば!」
「近藤、何やってるんだ」
あ。
「……北見、さん……み、見られ……」
近藤さんは背中だから見えてなくて、僕はドアの方を向いていて。その声で、見えなくても近藤さんならわかるとは思うけど、僕は倉庫を覗いた北見さんと目が合ってしまった……。
「いくら北見さんでもあげられませんよ、俺のなので」
はあ!? この人何言って……何も知らない北見さんなのに!
近藤さんは僕を胸に抱いたまま身を反転させた。
「それはいいが、少年が嫌がってるだろ」
え? それはいい、って。どういうこと!?
「場所ぐらいわきまえろ」
ちょ……。つっこむとこはそこ!?
「あれえ、何騒いでんの?」
うあ……多田さんまで……最悪だ、もう……。
僕は近藤さんに抱き抱えられていてワイシャツの襟元は緩んで裾ははみ出してるだらしない姿で。この期に及んでふざけてプロレスごっこ、には見えないよな……あぁ……。
ぷつんと何かが切れて。
近藤さんのばか……。
僕の意識はどこかへ落ちていった。
「近藤は夜まで待てないのかね」
「お前にしては珍しいな」
「……返す言葉もありません」
暗闇の中で神妙な近藤さんの声が聞こえる。
「俺たちは知ってるってこと、エツミちゃんに話してなかったのか?」
「折を見てと思ってたんですけど」
「少年が今みたいにひっくり返ったらっていうのはわかるがな」
多田さんと北見さんもいるみたいだ。夢かな、眠たい。
「いい機会だし目が覚めたら俺から説明するわ、たまたま気付いてしまったってこととお前が言いふらしたわけじゃないってことをさ」
え……と……何の話だ。
夢じゃない、な、これ。嫌にリアルだし、筋が通ってる。僕の都合通りに進む夢なんかじゃない。
「でもまあ、ここはラブホでもなんでもないんだからエツミちゃんを脱がせるのはやめなさいよ」
なっ!
僕はがっつり覚醒して、ついでにその勢いで身を起こしたら、どてっと落ちた。固い床に。どうやら寝ていたらしいパイプ椅子を並べた即席ベッドから。
「痛……」
漠然と見上げるとパイプ椅子に座る近藤さんと目が合った。その横に椅子が並んでいて。……思い起こせば僕は気が遠くなって、近藤さんの横で寝かされていたのだろう。
「大丈夫か?」
「はい……すみません」
こんなこと何度もやっていいことじゃない。そもそも気を失うなんて今までなかったのに。どれだけ僕は弱くなってるんだ。
「エツミちゃん、もしかして今の聞こえてた?」
その声に顔を向けるとちょうど近藤さんの向かいに同じようにパイプ椅子に座った多田さんと北見さんがいた。
「あの……すみません、ご迷惑をおかけして」
仕事もせずに、心配して目が覚めるのを待っていてくれたのだろう。
「少年が謝ることじゃない、そもそも近藤が悪いだろ」
「そうそう、こんなとこでがっつく近藤が悪い」
……。
何も悪いことをしていないはずだけど、針の筵だ。僕が松川に下衆な想像をしたように二人にもそんなふうに思われてるのかと思うと。
「桜野も含めて俺たちはね、エツミちゃん」
椅子に座るよう促した多田さんは。
「好きならセックスをしたいと思うのは当然だと思うし、好きに性別も年齢も関係ないし、恥ずかしいと思うこともないし、なにより、穏やかな近藤を見れるのが嬉しいし、エツミちゃんの怯えた顔を見なくていいってのが嬉しい、んだよ」
その顔はニヤニヤしていたけど、言葉はあたたかくて。
そしていろいろ見透かされていて。
「別に三人結託してそうなるように道を作ったわけじゃない。良い方向へ向かえばいいと、それぞれがそう思ってただけだ、少年。驚かせて悪かったな」
「いえ……」
僕自身、目撃されて言い訳する余裕もない。感情だけで走れることではないと奥底で思ってたってことで。本当はきっとそれでいいはずなのに、ハードルがゼロセンチなわけじゃない、まだ。麻生の「ありえない」というのがそれだ。
でも。
好きだと思う感情は隠しようがないから。自分を欺きたくはない。
「エツミちゃん、寮にはさ、秘密の花園とかシークレットガーデンとか呼ばれてる空き部屋があるから必要な時は桜野に言うといいよ」
「え……?」
どういうこと?
「多田さん、俺今一人部屋なんで」
「あら、そう言えば。じゃあ困ることないじゃん」
?????
「割と需要があるらしくてな、歴代の生徒会長が鍵を管理している。まあ近藤が一人なら借りることもないだろうが」
へ?
需要?
「やりたい盛りなのよ、エツミちゃん。君たちだけじゃない」
え、あ……ああ……セ、セックスの話ですか……。需要、あるんだ。
「まあどこでやるかはいいとして、桜野が来る前に仕事始めようかね。すぐガミガミ言うからさ」
多田さんの号令でパイプ椅子を片付けて、僕たちはそれぞれの作業場所に分かれた。
近藤さんが生徒会室(ここ)で僕に触れてきたのは、二人に知られていて温かく見守ってくれてて、そんな人たちにもし見られたとしても気にしない、という理由だったのかもしれない。
でも僕はやっぱり気にする……。だってこういうのは誰も見てないから心を開放して、素直に貪り合えるものだろう、し。
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