第38話 マウイ神の僕の秘密
浜辺から観光客の姿が消え、陽の光が遠くなると、一同の影が暗闇にとけはじめる。
「月が満ちる前に身を潜めた方がいい」
モアナがまだ白色を残した半月を見上げた。
「そのようだな」
フェヌアも同様に視線を天に向けるとモアナに同意する。
「俺が月に襲われた時は昼間だったよ」
「左様でござったであるな」
フェヌアの登場で侍言葉への興味をヒートアップさせたレイノルドが、首を縦に何度も振りながらカイの意見に付け加えた。そんなレイノルドに皆は吹き出しそうになるのを必死で堪えるように口元を押さえてみせる。
「奴等は昼間でも活動できるが、長くはもたん」
「そっか」
「太陽がそれを許さぬからな」
「それなぁ、最近は怪しいで」
「太陽も敵であると疑っておるのか?」
「いや、そうやないけど、味方かどうかも分らんわ」
ウルタプは眉間にシワを寄せるといつになく真面目は面持を浮かべる。
「とりあえず、安全な場所に移動するぞ」
険しい顔で周辺を確認しながら、太い声で号令をかけるモアナの傍らで困った様子のカイは、何かを探すアリの明るいスマートフォンの画面を覗き込んだ。
「この人数が今から宿泊できる所が見つかりそう?」
アリはチラリとカイを一瞥すると首を横に振りながら再びスマホに意識を戻す。
「カイ、寝る所を探してるんか?」
「そうだよ」
「必要ない」
「え? モアナ達は大丈夫って事?」
マウイ神の僕達に宿泊施設を確保する必要がなければ、何とかなるかもしれないとカイとアリの表情に若干安堵の色が浮かんだ。
「モアナが用意されるのか?」
カイからの質問に応える前にフェヌアの口からモアナに対して意味の分からない会話がはじまる。
「うちは反対や。モアナのはいやや。フェヌアと合流したんや。フェヌアのでええやろ」
「ウルタプ、モアナに失礼でござるよ」
「気にするな。ウルタプの小言は慣れた。フェヌア頼めるか」
「承知仕った。では・・・」
「ちょっと待った」
今夜の寝床を必死で探すアリの傍らで、カイは両腕を広げると意味不明な会話を続けるマウイ神の僕達の次の言葉を遮った。
「カイ殿、拙者のでは不服でござるか?」
「フェヌアの何? ちゃんと説明して」
「なんと、ウルタプ、今までは、どのようにしていたのでござるか?」
フェヌアがウルタプに近づこうと差し出した軽い一歩だったが、地響きが起こるとカイ達の鼓動が早くなる。
「ちっ」
真剣な顔で真っ直ぐ問われたウルタプは、バツの悪い顔で口を尖らせる。
「ウルタプ、まさかお前、カイを人間の宿に寝かせていたのか」
モアナの恫喝と同時に、今まで静かだった海面に突如大波が立つと、スマホと睨み合っていたアリだけでなく、皆一斉に波打ち際から小走りで離れた。
「お―――い!」
理解できない会話が飛び交い、険悪な空気に耐えられなくなったカイは、大きな声をあげると、僕達の意識をカイに集中させる。
「ちゃんと説明してくれよ」
「ハァ―――」
観念した様子のウルタプは尖らしていた口を引っ込めると、カイと向き合った。
「暗くなってきたから、とりあえず屋敷に行こ」
「全く」
未だ納得いかない様子のモアナに気遣いながら、フェヌアがウルタプと目を合わせるとコクリと頷いた。そして呪文を小さく呟くと、それに応えるようにフェヌアのポウナウ石が温かい光を放つ。モアナやウルタプの持つポウナウ石が放つ光と比較すると、フェヌアのそれはカイ達の視覚を奪うほどでもなく、瞼を閉じる必要はなかったが、いつの間にか彼等の目で捉える風景は何処かの屋内に変わっている。
「あれ? どうなってるんだ?」
「ここは・・・」
急激な変化に脳が追いつかないカイ達は、自分達が何処に居るのかもわからず立ち尽くしてしまう。
「むさ苦しい所でござるが、旅の疲れを癒されよ」
フェヌアは、そう告げるとカイ達の前に並ぶ大きなソファに座るよう皆に促すと同時に、コンパクトにまとまったキッチンに入りポットを手に取った。
「フェヌア、何か食べる物あるか?」
「フェヌア、無視しろ」
ウルタプとモアナは、慣れた様子でそれぞれソファに腰を下ろすと、台所に立つフェヌアに声を掛ける。
自分が一体何処に居るのか未だ理解できずにいたカイだが、ウルタプ達の変わりない様子に、呆然としていた意識をクリアにさせると眉間にシワをよせる。
「ウルタプ、モアナ、フェヌア、ちゃんと説明しろ――」
モアナを真似るように鼻息を大きくさせたカイは、僕達を睨み付けながらも、自分の傍に居るレイノルド達の安否も黙視した。
「そうやったな、すまんすまん」
「ウルタプ、ここは何処なんだ?」
「カイ殿、皆々方も座ってくだされ」
カイの怒鳴り声に、頭をすっきりさせたレイノルド達は、無言でソファに腰を下ろすとウルタプ達の次の言葉を待った。
『ポ―――――っ』
フェヌアが火にかけていたポット口から勢いよく蒸気が上がると、静かな空気が再び動き出す。
「ウルタプは、お前達を自分の山小屋に泊めるべきだったのだ。その方がマウイ様の器には安全だからな」
「山小屋?」
「だって、カイが既に宿をとってたし、おもろそうやったからな」
モアナに自身の使命を指摘されたウルタプは、若干しおらしさを見せながらも、視線をモアナとは合わせずに天井を見上げた。
「おもろいって、お前なぁ、ハァー」
「まぁまぁ、モアナ。で、ここはフェヌアの山・・いや小屋になるのか?」
カイは、山ではないと想像はしたものの、大地を司るフェヌアの家を何と呼んでいいのか分からず、言葉を濁してしまう。
「左様、ここは拙者の屋敷でござる」
数個のカップと湯気が上がるポットを乗せた大きな盆を持ったフェヌアがテーブル脇に立つと静かに盆を下した。
辺りに甘い香りが立つと、皆、大きく鼻で息を吸い目を閉じた。
「甘くて良い香り」
「ホントね」
「蜂達がくれたマヌカ蜂蜜に茶葉を加えたでござる」
「マヌカ蜂蜜美味しそう」
「それってニュージーランドの有名は蜂蜜だよな」
フェヌアが静かにカップに茶を注ぐと辺りがほんのりと湯気で白くなった。
「フェヌアの屋敷・・・ 凄いな。アッと言う間に辿り着いたけど、どうやったんだ?」
「拙者の屋敷は、大地に接する場所であれば何処にでも移動できるでござる」
「いや~ マジで僕さん達はすげえよ」
前に差し出されたカップを手に取ると、温度を下げるように息を吹きかけながら壮星が心の底からマウイ神の僕達を称えた。
「ウルタプもモアナも屋敷があるのか?」
「ああ。自分はワカの内部にある」
「え? そうだったのか? 凄いな」
「うちのは、森ならどこでも現れる」
フェヌアがカイに差し出したカップを奪い取ったウルタプは、嬉しそうに微笑みながらカップから立ち上がる湯気に鼻をきかせる。
「ウルタプ、まさか、そなた人間の物を口にするのか?」
「フェヌア、こいつに言っても無駄だぞ」
呆れ顔のモアナは、ソファの上で横になると大きな欠伸を一つついた。
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