第37話 侍言葉の大地
モエラキボールダーズと呼ばれる丸石が並ぶ浜辺に到着した一行は、カイが持つTIKIの光に導かれ岩崖の麓に突き出た巨大な丸石の前に辿り着いたが、入口などが見当たらず困惑していた彼等の前に突如眩い光が放たれると、マウイ神との再会を歓迎する太い声がカイの耳に届いたのだった。
強烈な光で塞がれていた視覚が徐々に戻ると、カイは瞼を上げる。すると、彼の前に肩膝を着き深く首を垂れる僕が現れていた。
「フェヌアか。元気そうで何よりだ」
「勿体ないお言葉をいただき、恐悦至極にございます」
カイの身体を通じてマウイ神の言葉を貰ったフェヌアは、深く下げていた頭を地に着けるように更に身体を折り曲げた。
「よ、フェヌア、久し振りだな」
「フェヌア、元気やったか?」
満面の笑顔で3番目に登場した同朋に歩み寄ったウルタプとモアナは、未だカイの前で跪くフェヌアの頭上に声を掛ける。
「その気配はモアナとウルタプか」
自分の前に立つカイからマウイ神の気配が薄れたタイミングで、ウルタプとモアナに名を呼ばれたフェヌアは、下げていた頭を上げるとスッと立ち上がった。
目の前で姿勢良く立つ3人目のマウイ神の僕に、カイも背筋を伸ばすと小さく深呼吸をする。
「あの、初めまして、マウイ神の僕だよね? 俺は器のカイ・・・ よろしく・おね・がいします」
瞬きをせず、表情も変えないフェヌアにじっと凝視された状態であっても、なんとか自身を紹介したカイは額に滲む汗を右手の甲で拭うと固い笑い顔をつくる。
「カイ殿であるか。かたじけない。拙者は、フェヌアと申すものでござる。親方様から大地を任されもうした。以後お見知りおきを」
大地を司るフェヌアは、左手首に巻いてある紐の先に涙型の滴を模ったポウナウ石をカイに見せると頭を軽く下げた。
「フェヌアさんだね。こちらこそ、よろしくお願いいたします」
30度の角度で頭を下げるフェヌアに向って、カイも慌てて頭を下げると上目遣いでフェヌアが姿勢を真っすぐに戻るのを待った。
「相変わらず固いなぁ」
固い表情のフェヌアとは対照的に、茶化すような面持でフェヌアに近寄ったウルタプは、彼の肩に手を置くと下から覗き込む。
「ウルタプか、久しいの」
「久しい、久しい、あははは」
「フェヌア、そんな馬鹿は放っておけ」
「モアナ、そちも達者でござったか」
肩にあるウルタプの手を払う事なくモアナの正面に身体を向けると若干優しい表情を浮かべる。
ポウナウ石Roimataを持つフェヌアは、スリムな長身の体系に腰まで届く黒い長髪を一つに束ねている。異様な容姿で現れたウルタプやモアナに比べると、上下とも黒いタイトな服装をしており、一見人間のようだが、ウルタプ達と話す彼の様子にカイは息を呑んだ。それは、フェヌアが、宝石のような真っ赤な瞳を持っていたからだ。そして、先程まで一緒だった、レイノルド達がその場に居ない事に気付いたカイは、慌てて辺りを確認する。
「フェヌア、皆をどこにやったんだ」
冷静さを欠いたカイは、フェヌアだけでなくウルタプとモアナにも固い面持を向ける。
「ここはフェヌアの領域やから、先ずはマウイ神の気配を持つカイだけ招きいれたんやろ」
「自分達は同朋だから、勝手に入れるが」
「そうだったのか。皆は無事なんだよね」
「案ずる事はない」
そう告げたフェヌアは、目を閉じると小さく念を唱える。すると、彼の左腕にあるポウナウ石が光りを放つ。
「カイっ!」
光で一瞬視覚を奪われたカイだったが、聞き覚えのある沢山の声に瞼を開いた。
「皆、無事でよかった」
「こっちのセリフだよ」
「ホントだぜ」
「光とともに消えたからビックリした」
愚痴りながらも安堵を露にしたレイノルド達がカイを取り囲んだ瞬間、先程まで温厚だったフェヌアが、険しい表情でカイの前に立ちはだかった。
「おのれ、またしても現れよってっ!」
仲間からカイを守るフェヌアの行動に一瞬驚いたカイだったが、背後からそっとフェヌアの肩に手を置く。
「フェヌア、大丈夫だよ。皆、俺の親友。一緒に旅行をしてくれているんだ」
カイから説明を受けても尚、フェヌアは微動だにせず、厳しい面持を皆に向ける。
「そうなるわな」
ウルタプは腕を組むと小さく溜息をつく。
「フェヌア、最初は自分も驚いたから、お前の気持ちはよく分かる」
モアナもウルタプ同様、両腕を胸前で組むと頷いてみせる。
「ウルタプ、モアナ、何を申しておる。あの者を親方様のお傍に置くとは気でも狂ったか」
「あの者?」
カイはフェヌアの背後に話し掛けると、前に出ようと試みるが即座に右腕を伸ばしたフェヌアに阻止される。
「ハァーっ!」
ウルタプは仁王立ちするフェヌアの腕を優しく下すと真剣な眼差しを彼に向けた。
「今はカイの友達や。カイも心から信用してるし、うちらは様子をみることにしたんや。あんたも付き合い。ええか」
「自分も半信半疑だったが、カイにとっては真の友のようだ。その時が来れば説明するつもりだ」
「おいっ! 俺の仲間を悪者にするな」
カイは僕達の会話の意味が理解出来ず、苛立ちを覚えると声を荒げてしまう。
僕達は一斉に言葉を飲み込むと、その場に静かな空気が流れる。
「カイ殿、礼儀を欠いた。面目ない」
「俺も大きな声を出してごめん。皆と仲良くしてくれると嬉しいよ」
「御意」
フェヌアはそう応えると軽く頭を下げた。
「あのぉ~」
目をハート型に緩んだ表情でフェヌアに話掛けたレイノルドからは、いつものクールさも冷静さも消えており、フェヌアへの興味心を全面に出していた。
「そちはっ!」
レイノルドに話し掛けられたフェヌアは即座に身構えると、カイの前に立ちはだかろうとするが、ウルタプとモアナの強烈な視線に態度を改める。
「フェヌア?」
「是非もなし」
一言零すと硬かった姿勢を緩め再び背筋を伸ばし、ゆっくりとカイとの距離を取ろうとするが、レイノルドからの熱い視線に再び身体が硬直してしまう。
「あのぉ~」
再びフェヌアの気を引こうとレイノルドが話しかけると、カイが堪えられずに大きな口を開けて笑い出した。
「あはははっ、彼はレイノルド、俺の大親友で侍好きなんだよ。だから、フェヌアに興味ありありなのさ」
「侍とは何でござるか?」
「それだよ、カッコいいなぁ。僕にも教えて、もとい、ご教授下され」
レイノルドは両手の平を合わせると頭を下げ強く瞼を閉じた。
「そちは何ゆえにそのような。頭を上げられよ」
理解不能なレイノルドの態度にフェヌアは慌てふためくと、カイやモアナ達に助けを求めようとする。
「あははは、レイ、本物の師匠に会えてよかったな」
「うんっ」
レイノルドは思い切り同意すると、潤った瞳をフェヌアに向ける。
「レイノルド、必死だな」
「レイノルド、良かったね」
「ははははは」
不規則に浜辺に並べられた丸石の向こう側に、海の中へと消えていく赤い夕陽が楽し気に笑うカイ達の影を長く伸ばした。
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