第36話 巨大な丸石

 モアナのカヌーと彼の能力でオマルーに到着した一行だったが、ウルタプと異なりあまりにも静かだった移動に、結月達は目的地に辿り着いているのかと半信半疑だったが、一方マウイ神の僕達への強い信頼心もあり自問自答していた。その時、突如現れた洞窟が、今度は自分達の目にもハッキリと捉えることができたため驚きの表情を露にする。

「洞窟が見える」

「本当だね」

「モアナ島の上やからな。さ、早うスーパーマーケットに行くで」

「スーパーマーケット?」

 ウルタプが急ぐ理由がマウイ神の僕を探すためではなく、スーパーマーケットへ行きたいからだと知った一同は、モアナも含めて声を上げてしまう。

「おい、ウルタプ、食い物の前に奴と落ち合うぞ」

「ちっ」

 モアナに正論を突き付けられたウルタプは舌打ちをすると、大きな足音をたてて洞窟内へと入って行く。

「ウルタプ様ぁ~ お供します」

 一人だけ先行したウルタプの後を尻尾を振って追いかける壮星の姿に、皆はいつもの事だと興味を示さなかったが、ウルタプの肩上で180度回ったツイツイが壮星に気を留める。

「壮星殿、彼女殿をお忘れでっせ」

「そうだった。ツイツイサンキュー」

 不機嫌顔のウルタプの肩に座るツイツイに突っ込まれた壮星は、ハッとした面持で振り返ると背後で呆然と立つ凜に目配せをする。それに応えるように凜が足早で洞窟へと近づいて行くと、残されたカイ達も彼等に続いた。


 一行が到着したオマルーは、19世紀ビクトリア様式の白い石造りの建物が並び、独特の歴史的景観を楽しめる港町である。オマルーの海岸沿いでは、「オマルーの小さなペンギンたち」と呼ばれるブルーペンギンのコロニーがあり、夕暮れ時に巣へと帰るペンギン達と出逢えるツアーが人気である。ペンギン達は、時折、海に近い図書館等の床下に巣をつくることもあるが、住民が一丸となって保護活動に務めている。


 モアナ島に出現した洞窟内を暫く歩いた一行は、砂を踏む感触で対岸に辿り着いたのだと察知すると、浜辺を散歩する人々に気付かれないように息を殺す。夕暮れ時で辺り一面が薄暗く幸い誰の目にも留まることは無かった。

「う―――ん」

 浜風を肌で感じながら結月が両腕を天高く上げ思い切り伸びをすると、彼女の傍らで凜と壮星も真似る。

「ねぇ、あの大きな丸い石は何?」

「本当だ。デッカイな」

「一個じゃないよ。あちらこちらにある」


 結月達が驚いたように、オマルーの市街地から南へ40キロの浜辺には、直径1mの巨大な丸石が無数点在しており、崖から今にも落下しそうな石もある。これらは、モエラキボールダーズと呼ばれ、マオリ伝説では、1000年前にカヌー船アライテウルが座礁した際にウナギを入れる瓢箪が化石化したと伝えられているが、科学者達は、6500年前の亀甲石凝固が長い年月を経て丸石が形成されたと考えている。


「モエラキボールダーズだよ」

 恐る恐る近づいて行く結月達を横目に駆け足で丸石に近づいたカイとレイノルドは、大きな丸い石に腕を回すと抱き付いてみせる。

 彼等の行動に安全を確信した結月達も歩み寄る速度を速めると、石に触れてみた。

「でっかい石だなぁ」

「ホントだね~」

「冷たくて気持ちいい」

 不思議な丸石に集中していた壮星達の意識が、突如丸石に身体を預けているカイの胸元に移すと、口をポカンと開けた。

「カイ、それ」

 カイと共に同じ丸石にもたれ掛かっていたレイノルドが、慌てて背筋を伸ばすと、カイの胸元に人差し指を差す。レイノルドの指先を辿る様に自身の胸元に視線を移したカイは、何かを思い出したようにハッとする。

「光ってるな」

「うん、だね」

「おい、何をぼーっとしてるねん」

 マウイ神の僕を探す目的を失念していたようなカイの態度に、喝をいれたウルタプにカイは反省の色を浮かべる。

「ごめん」

「ハァーっ! あんまり時間がない。夜になる前に奴と落ち合うで」

「何処にいるのか知ってるのか?」

 カイが冗談ではなく、極普通に疑問をポロリと口にする。

「おいっ、カイは何を言っているのだ。ウルタプ、お前僕の探し方を教えていないのか」

「・・・っんなわけあるかっ」

 焦る様子の無いカイと、モアナから零れた嫌味にウルタプの怒り度数が急激に上がる。声を荒げたウルタプに驚いた一同は、ただならぬ雰囲気を醸し出すウルタプ達に一定の距離を保ちながら聞き耳をたてる。

「モアナ、ウルタプは悪くない。皆と旅行していたら楽しくてさ、使命を忘れかけていた俺が悪いんだ」

 仲間との楽しい時間に浸ってしまったカイは、マウイ神へ命を捧げるという重要な役割を、故意に頭の奥に追いやっていたことに猛省しながらも無意識に唇を嚙んだ。

「そうか、なら早く奴を見付けろ。夜になれば月の支配下になるからな」

「そうだね」

 実際カイはウルタプから僕の探し方を聞いてはいなかったため、とりあえず自分の胸元でほんのりと光を放つTIKIを優しく手で包んでみた。

 すると、ウルタプと出逢った時と同じようにカイの指間から光線が放たれると、一点を指し示した。カイ達の様子を静かに窺っていたレイノルド達は、光の行方を目で追いなが、ゆっくりとカイの傍へと近づいて行く。

「カイ、大丈夫?」

「レイ。ああ、うん、平気」

「この光って、あの茂みを指してるのかな?」

「皆にも光が見えてるんだ」

「うん」

 結月達にも見える光だが、やはり浜辺を歩く人々には気付かれていなかった。

「あっちやな、早う行くで」

 辺りを気にしないウルタプとモアナは、呆然と立つカイの背を押すと前へと歩みを進めさせる。遠目に見えていた茂みは巨大な丸石の割れ目に草木が生い茂っているだけで、入口などは見当たらないが、光はその茂みの中へと入って行く。

 大きな丸石を見上げた一同は、入口を探すが、岩崖が立ちはだかっているだけで、空洞すら見付けられない。カイは、崖の麓にハマっている丸石を探索しようと手を添えた。その途端、TIKIから強烈な光が放出されると、誰もの視覚を奪ってしまう。

「親方様、お久しゅうござりまする。お待ち申して候」

 太い声の登場とともに強烈な光が徐々に弱まっていくと、丸石の茂み部分が大きく開いていた。



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