第22話 マウイの槍 Part.3
意思の疎通が不十分で早とちりのカイとウルタプは、お互いの顔色を信号機のように変えた後、ようやくウルタプの言葉の意味を理解したカイは、慌てて足元で留まっている自分のショートパンツを手繰りよせた。
恥ずかしさで自身の心音が喧しく、先程まで部屋中に響いていたテレビから漏れる出演者達の愉し気な声が、カイの聴覚から消える。
「ハァ― 槍を納める前になんや疲れたわ」
ウルタプは自分の頭を抱えると大きな溜息をついた。
「ハハハ、で、次に俺はどうしたらいいんだ?」
ウルタプの指示通り上半身だけ裸になったカイが苦笑いを浮かべながら問うと、ウルタプは気持ちを入れ替えるため、大きく深呼吸した後に、何もない自分の背中に手を伸ばした。すると、鋭い光がウルタプの背中から解き放たれウルタプの手元に槍の柄が現れると、巨大な槍が姿を見せる。
ウルタプの身体の倍もあるような巨大なマウイの槍を、手をブルブルと震わせながら取り出したウルタプは、槍を自身の右脇へと移動させると両腕で大事そうに抱えた。
「お‥重い・・・」
柄を床に着け両腕で抱えても重量のあるマウイの槍を、苦渋な顔を見せぬように取り繕ろいながら自分の肩に視線をおくる。
「ツイツイ」
「へい、待ってましたで」
必死でマウイの槍を抱えるウルタプを助けようと足を一歩前へ進めたカイの頭にツイツイが留まった。
「へ? ツイツイ」
カイの頭上で羽を広げるツイツイに、カイが視線を移す間もなくカイを金色の小さな花弁が包み込むと、その美しい光に応えるようにカイの持つポウナウ石TIKIが強い緑金色の輝きを放つ。
「うわっ!」
カイのTIKIを真剣な眼差しで見守っていたウルタプは、マウイの槍を両腕に抱えたままでユックリとカイに歩み寄ると、重重しい面持のままでカイの前で立ち止まった。
「ウルタプ? 俺はどうしたらいいんだ?」
説明も受けぬまま短い時間で繰り広げられる儀式にカイは戸惑いを隠せずにいたが、覚悟を決めるとウルタプに尋ねた。だが、ウルタプはカイの問いに応えることも、彼と視線を合わせることもなく、ただTIKIだけを見つめていたが、突然、両目を閉じると、おもむろに両手を槍から離した。次に肩膝を床に着くと首を垂れマウイの槍を捧げるように腕を高く伸ばした。
「あの・・・」
カイが再度ウルタプに質問を投げかけようと口を開いた途端、その表情が固まってしまう。
垂直に自立するマウイの槍がフワリと浮かび上がると、巨大なポウナウ石の穂先をカイに向けるように90度回転をしたからだ。
「ちょっと、ウルタプっ!」
危険を感じたカイは、その場から逃れようとするが身体が縛り付けられたようにピクリとも動かない。
カイの恐怖心をよそにマウイの槍は、未だ穂先をカイに向けており、カイは自分の心臓が口から飛び出そうになるのを必死で抑えながら、槍先を睨みつけた。すると、マウイの槍が徐々にカイの胸元を向けて近づいて来る。
「うおっうおっ、ウルタプ、どうなってんだよ、槍が近づいてくるぞ」
冷や汗を噴き出すカイの問い掛けが、聞こえているのか疑うほど集中力を高めたウルタプが、両目をカッと開くと立ち上がり、高々に掲げていた両手を胸前に振り下ろした。それに応えるようにユックリと動いていた巨大なマウイの槍がカイを目掛けて飛んできたため、カイは悲鳴を上げてしまう。
「ギャーっ!」
カイの叫びに応えるようにポウナウ石TIKIの輝きが強くなると同時に、光の輪が大きく膨らむと、勢いを上げてカイに突っ込んできたマウイの槍を飲み込んだ。
カイを包んでいた金の花びらもTIKIからの光も一瞬にして消え去ると、天井にある人工的な電気の光とテレビからの音がカイの意識に戻って来る。
「終わったでぇ」
「へっ?」
フワリとウルタプの肩に戻るツイツイの姿がカイの瞳に映るのと同じくして、縛られていた身体が解放されると、力んでいた勢いでその場に崩れ落ちた。
【ドクン・ドクン】
先程までの恐怖から昂っていた心音とは異なる不自然な動悸に襲われたカイは、咄嗟に胸元に手を置くと上がった呼吸が鼓膜に届く。
「え?」
自分の腕を暫く直視した後、慌てた様子で左右の肩を確認する。
肩から背に広がっていた青い痣が変形しているだけでなく腕まで伸びており、薄っすらだが美しいタ・モコ、マオリ族の伝統的なタトゥーが広がっていた。
身に覚えのない入れ墨の発現に驚いたカイは手で擦ってみるが消えそうにない。
「これって・・」
自分の身体に記憶のないタトゥーが現れた事を理解する暇も、また激しい鼓動が落ち着く間も無く、カイの目の前に人型をした大きな炎が現れると、カイに向けて手を伸ばしてきた。
「うわっっつ!」
床に座り込んでいたカイは慌てて後退りをすると顔を守るように両腕で覆った。
驚愕するカイの嗅覚に焦げ臭さと、彼の皮膚には熱さが届く。
【許さぬ、許さぬ。覚悟しておけ】
恐ろしい老婆のような声がカイの心を攻撃する。だが、それは短い時間で終わり、先程まで漂っていた焦げる匂いも炎の熱さも消え、カイは顔を覆っていた腕を退けると恐る恐る瞼を開いた。
「マウイ様の器やのに、ホンマびびりやな」
「マウイ様の器やからと、ちゃいまっか?」
「こらっ、ツイツイ。それは禁句や」
「そうでしたな。へへへ」
先程までの重重しい態度から一転、通常に戻ったウルタプがツイツイと楽し気に会話する声がカイの頭上でする。
「ウルタプ・・・」
カイは頭を上げると半べそを描いた面持ちをウルタプとツイツイに向ける。
「今の火は幻覚なのか? ウルタプには見えなかったのか?」
「火? まさか・・・ それは・・・」
ウルタプは少し困った顔をすると無言になり暫く思案した後、一つ溜息をついてから意を決した表情になった。
「それは、火の神マフイカ様や。ちょっと訳ありでな、マウイ様は嫌われとるけど、器のカイに姿を見せるとはな・・・ 月といい、今回は妙やな」
「ほんまですな・・ マフイカ様やて、クワバラクワバラ」
ウルタプの肩に留まるツイツイが両羽を前で擦ると瞼を強く瞑った。
「マフイカさ・・ま」
その名を告げた途端、再び先程の恐怖心がカイを襲うとツイツイと同様に目を固く閉じた。
「ま、お疲れさん、とりあえず、これで一安心や」
「カイ殿、お疲れさん」
ウルタプとツイツイからの労い言葉に、縮まっていた身体が緩むと、カイは閉じていた目を開く。するとそこには温かな笑顔のウルタプがカイに手を差し出していた。
「ウルタプ・・・ そうだ、マウイの槍はどうなったんだ?」
そう尋ねたカイだったが、記憶の糸を辿り巨大な槍は彼の持つTIKIに吸収された事を思い出すと、自分の首に掛かるポウナウ石に恐る恐る触れた。
「冷たっ!」
「マウイ様のポウナウになったからな」
「この中に槍を納めたってことか?」
「そうや。はぁ、お腹空いたわ。何か食べようか」
ウルタプはそう告げると、床に座り込んだカイの手を取り引っ張り上げた。
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