第21話 マウイの槍 Part.2
レイノルド達を乗せたアリの車を見送ったカイはホリデーホームの中へと戻り、ウルタプが待つリビングの戸を開ける。
ニュージーランドでもホテルを宿泊地として利用する旅行者も多いが、家族やグループ旅行の際、日本の民泊のように、家電、台所、浴室、洗面等の設備が備えられているホリデーホームと呼ばれる一軒家やテラスハウスを借りるのが一般的である。
「カイ、早く服を脱ぎ」
料理番組が映し出されるテレビ画面をソファで横になったまま眺めていたウルタプに、リビングルームに入るや否やそう告げられたカイは一瞬言葉の意味が分からず無言になってしまう。
テレビから漏れる出演者達の愉し気な声だけが暫く部屋に流れた。
一向に脱衣しないカイの態度に、身体を起こしたウルタプが厳しい面持を向ける。
「はよぉ、脱ぎ。まさか手伝ってもらわなアカンのか?」
「な、なんだよ。突然。何するつもりだよ。俺だけここに残ったのって、ウルタプまさか」
たどたどしく語るカイの顔色が徐々に赤みがかっていく。
カイの言葉の意味と彼の動揺が理解できなかったウルタプであったが、ふと自分の発言と今の状況を頭で掴み取った途端、ウルタプの顔も一気に林檎のように赤くなった。
「なっ何考えてるんや。アホか」
「それはこっちのセリフだよ」
ウルタプと合わせていた視線を慌てて外し、照れを隠すためにキッチンに入ったカイは、理由も無く冷蔵庫を開けた。
冷蔵庫からの冷気がカイの火照った頬に心地よく顔を少し冷蔵庫の中へと近づける。
「ウルタプ様、お顔が赤いでっせ、どないしたんや?」
カイとウルタプ以外の声が二人の可笑しな状況を実況中継するように登場すると、ウルタプの肩にピタリと留まった。
「ツイツイか。いや、そこのアホたれが変な事を言うから・・」
ウルタプはツイツイを肩に乗せたままで熱くなった頬を手で仰ぐと、冷蔵庫に顔を突っ込むカイの背中を睨んだ。
「槍、無事に取れたんや。さすがやな」
両方の羽を器用に前で合わせるとウルタプを敬うような表情を見せた。
ツイツイの登場で我に返ったウルタプは一つ深呼吸をすると真面目な顔付きになり、未だ背を向けたままのカイに呼び掛ける。
「カイ。このマウイ様の槍をカイの中にあるマウイ様に渡したいんや」
「俺の中のマウイ?」
冷蔵庫の中にある朝食用のマーマイトに向って呟いたカイは、中からは何も出さずに扉をユックリと閉めると、真顔で説明するウルタプと向き合った。
マーマイトとは、ビールの醸造過程で得られる酵母(ビールの酒粕)を主原料としたイギリス発祥の発酵食品で栄養価が高くビタミンB群が豊富である。主にイギリスとニュージーランドで生産されるマーマイトは、ペースト状のためトーストに塗ったり、料理の隠し味として利用される。また同様の発酵食品が、隣国のオーストラリアでも製造されベジマイトと呼ばれる。砂糖とハーブの味わいが好きなマーマイト派と塩気の強いベジマイト派に別れる。
「ポウナウ石が集まる毎にカイの中にあるマウイ様のマナの気配が濃くなっていく。と言う事は敵にも居場所が分かり易くなってしまうんや」
「敵って・・ 俺、ニュージーランドに着いて直ぐに大きな犬に襲われた。それも敵の仕業ってことか?」
「犬? ああ、あれは犬とちゃう。月の狼や」
「つき? 狼・・ いやニュージーランドに狼なんて居ないだろう」
カイは、眉を寄せると顔前で右手を左右に振りウルタプの言葉に反論する。
「ハァ―― だから、月の僕や。動物やない」
「月って・・ あの月か?」
「他にどんな月があるねん」
キャッチボールのように飛び交うカイとウルタプの言葉を右から左へと目で追うツイツイの姿がカイの目に留まる。
「あ、ツイツイ、いつ来たんだ?」
「ついさっき」
カイに短く応えたツイツイはウルタプに向き直すと会話に加わる。
「ウルタプ様、何で月がカイ殿を襲うんでっか?」
「分からん。何や可笑しな事が起こってるわ」
「ツイツイ、どう言う意味だ? 月は敵じゃないのか?」
ウルタプとツイツイの会話が気になるカイは、ちゃんと聞こえるように一歩前に出る。
「カイ殿を襲うと言う事は、マウイ様の復活を邪魔してるってことや。でも月殿がマウイ様の復活を嫌がるはずないんですわ」
「ただ太陽やテ・イカが絡んでるんやったら難儀やな」
ウルタプが厳しい表情をすると、肩に乗るツイツイも同様な面持ちを浮かべ両羽を前で組んだ。
「テ・イカ? マオリ語か? えーと、魚? であってるか?」
「そんな所やな。マウイ様の神話を知ってるか?」
「えーと、半神半人で、巨大魚を釣り上げて、それがハワイとニュージーランドになった。これくらいかなぁ。でも神話だろぉ~」
昔、父義海から語られたマウイ伝説の記憶の糸を辿りながらウルタプに応える。
「それだけでっか?」
「なぁ、ツイツイ、どうしようもないやろ」
ツイツイとウルタプは顔を合わせるとカイを蔑むような表情で肩を竦めた。
「仕方ないだろ、小さい時に日本に行ってしまったんだからさ。重要な事を知らないなら教えくれよ・・ ください」
最初は抗議したカイだったが、直ぐにしおらしい態度になると軽く頭を下げる。
「しゃーないなぁ。月の女神ヒナ様はマウイ様の母君や」
「え?」
初めて聞いた事実にカイは驚くと、母から受け継がれたと言う自分のポウナウ石を無意識に握りしめた。
「だから月族がマウイ様の復活の邪魔をするのは、マウイ様のためなのか、ややこしい事になってるのか・・」
ウルタプの肩で腕組をするツイツイと同じ様に、両腕を胸前で交差させたウルタプは、ツイツイと共にしかめっ面をつくる。
「ま、悩んでもしゃーない、他の僕が情報を持ってるかもしれんしな。今はマウイ様の槍を守るのが先決や、早うマウイ様に渡した方がええ」
ウルタプはそう告げると静かに立ち上がった。
「お、今からやるんでっか? 手伝うで」
「やるって何を?」
重々しい表情で一歩一歩近づいてくるウルタプにカイの心は騒めくと右手を前へ突き出した。
「ウルタプ、ちょっと待て。ちゃんと説明しろ。いや、してください」
「説明して欲しかったら服を脱げ」
「服・・ 分かった、脱ぐから・・ 上だけか? 下も? へ? もしかして全部か?」
カイは慌ててTシャツを脱ぐと短パンのボタンに手を置く。
「下? あ、ちょっと待て。下まで脱がんで・・・」
ウルタプの返答を待たずにジッパーを下したカイのパンツがポトリとカイの足元に落ちた。
「・・・・・ うぎゃ」
羞恥心を露にするウルタプの頭頂と両耳から湯気が噴き出すと、ウルタプの肩にいたツイツイはその熱で焼き鳥になってしまう。
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