第23話 テ・パパ・トンガレワ
今朝はカフェではなくホリデーホームで簡単な朝食を済ませる事にしたカイ達は、キッチン内で各々に忙しくしていた。
チンっと音とともに香ばしく色付いたクランペットと呼ばれる丸くて小さなパンがトースターで飛び上がる。
クランペットは、イギリス発祥の蜂の巣のように穴があいた特徴的な見た目のパンで、ニュージーランド人にとっても朝食の定番メニューの一つである。バターをぬった後に蜂蜜を重ねる食べ方が一般的で、結月達も泡一杯のカフェラテと共に胃袋を満足させた。
「クランペットだっけ、2層になってて、上はフワフワでモチモチなのに、下はカリってしてて、本当に美味しかったね」
「うんうん、お土産リストがまた増えた」
「ニュージーランドのスーパーってマジで土産の宝庫だよな」
結月達は朝食の後味を満足気に語りながらアリの車に乗り込んだ。
一同はホリデーホームから車を少し走らせ森に移動した後、ウルタプの力で南へ向った。
ニュージーランドの首都ウェリントンから南島にある小さな町ピクトンをフェリーで結んでおり、クック海峡の壮大な景色を満喫しながら北南島間を移動できる。航海中にはイルカが船の近くを泳ぐ姿や、ラッキーであれば、クジラやアザラシに遭遇するかもしれない。南島側に近づくとマールボロ・サウンドと呼ばれる1500kmにも及ぶ複雑に入り組んだ美しい海岸線が現れ、緑豊かな原生林と透き通るような海面とのコントラストは人々の心を癒してくれる。
ウルタプは南島に渡る前にウェリントンにあるニュージーランド国立博物館“テ・パパ・トンガレワによると皆に告げ、彼女の移動能力で博物館の近くに到着していた。
マオリ語で「この土地の宝のある場所」を意味するテ・パパは、6階建ての建物でニュージーランドの文化や環境に特化した展示物があり、原住民であるマオリ族と非原住民の二文化間の多様性と多面的な協力を盛り込んでいる。また、広大な敷地には人造の洞窟や自然の茂み、湿地のある野外空間もあり、無料で入れるニュージーランド人には気軽に訪れることのできる憩いの場である。
「テ・パパに行くの久し振りだな。で、ここには何があるんだ?」
「オークランド博物館に寄れんかったし、これから先も分からんから、ここで待ち合わせしてるんや」
ウルタプが話す意味が理解できないカイだったが、それ以上突っ込まずにテ・パパの建物を見上げた。
「思ってたよりも大きい博物館だね」
「ニュージーランドって自然観光だけって思ってたから、国立博物館に行けるのは意外で嬉しい」
「だなぁ~」
「建物の中にはカフェもあるみたい」
「お、そんなんがあるんか? 腹ごしらえせな」
建物を眺めながら会話をしていた結月達に、ウルタプが興味を示すと含み笑いを浮かべながら腹に手をあてる。
「嘘でしょ、ウルタプちゃん。私はまだパイクレットでお腹一杯」
建物内に入った結月達が展示物をユックリと見学するのとは対照的にウルタプはカイの手を取るとテ・パパ内にあるマラエに直行した。
マラエとはマウイ族にとっての集会所で『自分達の属する居場所』と認識され、冠婚葬祭、教育や部族の重要な行事などを行う場として利用される。マオリ語で『大きな家』を意味するファレヌイは、マラエ内で最も重要な建物で部族の歴史と伝統を象徴しおり、先祖の霊が宿ると信じられている神聖な場所である。ファレヌイには美しい彫刻が施され、構造は人間の身体を模しており、その部族の祖先の一人を表現している。
「入るで」
「ちょっと、勝手に・・ そっか、ここのファレヌイには勝手に入っていいんだよな」
「マウイ様の器や、どこのファレヌイにも入れる」
「あ、ちょっと靴・・」
通常ファレヌイの入口で靴を脱ぐ事を求められるため、カイは慌てて脱いだ靴を並べると、ウルタプを追いかけた。
ファレヌイに入ったはずのウルタプが見当たらなかったが、建物内に施された美しい彫刻に目を奪われると天井を見上げた。
「おいっ! ウルタプこんな所で飛ぶなよ」
建物内でフワリと浮いているウルタプは本来の姿になっており、カイは誰かの目に留まっていないか慌てて周囲を確認する。
「え?」
カイの目に飛び込んできたのは、ファレヌイ内で楽し気に浮遊するウルタプと共に珍しい姿をした鳥達であった。そして、カイの頬に心地いい風が過ると背後を確認した。
「ここ何処?」
ファレヌイ以外の建物は全て姿を消し四方を森で囲まれていた。声も出ず唖然とするカイだったが、耳元でのフワフワとした感触にハッとすると慌てて首を傾ける。
「うわっ!」
カイの視界に大きな目が飛び込んできたため、驚きで尻もちをついたカイの足元にウルタプが呆れた形相で降り立った。
「うわって、失礼やな・・ モーモ」
「も、も、モーモって ウルタプ、それっ」
地面に座り込んでしまったカイが見上げた視線の先には、天井に頭がつくほどに巨大な鳥が聳え立っていた。
「モアだよな? 絶滅しただろ! 博物館で展示してあるのを動かしているのか?」
「可哀想に。絶滅しそうになったのを、マウイ様が助けたんや。ほら、あの子らも皆そうや」
カイは、ウルタプの示すあの子達にモアから意識を移す。
果てしなく広がるカウリ木の森には数多くのモアや他の動物達が優雅に歩いており、カイは何度も目を擦った。そんなカイを目掛けて遠くの空から鳥の羽ばたく大きな音がドンドンんと近づいてくる。
「次は何だよ」
「あ、やっと来たな。マウイ様のペットや」
「ペットって・・」
今まで大人しく立って居たモアに緊張感が走ると若干身構えた様相をした途端、巨大なわしがモアの背に降り立った。
「ちょっと、勝手に背中に乗らないでよね。もう、いつも失礼なんだから」
「煩い」
モアと突如現れた巨大な鷲が言葉を話したため、驚きを隠せず見上げたまま口を開けるカイの前に鷲がフワリと舞い降りた。そして、カイに首を垂れると、それに倣う様にモーモも両足を折り姿勢を低く敬意を示す。すると、先程まで楽し気に飛んでいた鳥達や大地を歩いたいた生物全てが動きを止めると、鷲と同様にカイに平伏した。
「ポウカイか、久しいの。皆も息災で何よりだ」
カイの意識とは別の優しい言葉が彼の口から零れる。
「マウイ様の完全復帰が待ち遠しいです。今度こそは、お会いできればと強く願います」
「ポウカイ、失礼ですよ」
「モーモも元気そうだな」
「マウイ様・・・」
モーモの目から大粒の涙がボトリとウルタプの頭に落ちる。
「相変わらず泣き虫やな」
口を尖らせながらも口調の優しいウルタプは、ずぶ濡れになった頭を左右に振ると、キラキラと飛沫が辺りに舞った。
自分の口から声を発しているにも拘らず、遠くに聞こえるマウイ神の会話にカイは、不思議な気分になるが、とても心地良く感じる。
「マウイ神・・・」
無意識に零れた言葉がカイ自身を呼び起こすと、静止していた生物達の動きが再開する。
「さてと、南島に行こか」
未だ床に尻を付けるカイにウルタプが腕を差し出すと立ち上がらせる。
「テ・パパのマラエだけ、こいつらと会えるのか? それからこの森もここにだけ繋がってるのか?」
カイ自身に戻っても彼の傍らに留まるモアのモーモと大鷲のポウカイに触れながら、ウルタプに尋ねる。カイに撫でられているモーモとポウカイは共に心地よさそうな表情を浮かべながら目を細めた。
「あんたが見えてるこの森は、うちらが存在する次元や」
「異次元ってことか? SFの世界だな」
「正確には人間がこの世界を征する前の世界やな。ここのマラエだけが繋がってるとかじゃない、うちらはこの次元を移動してるんや。あんたらを移動させる時もそうや」
「じゃあここだけが繋がってるとかじゃないんだ」
「カイはまだマウイ様のマナが少ないから、ファレヌイに入らんと無理やけど、そのうち移動できるようになる」
「モーモとポウカイ達は、博物館に展示してある剥製とは違うのか?」
カイは森をのんびりと歩く生き物に視線を移すと彼等を観察する。躍動的な彼等は、とても剥製や造り物には見えなかったが、既に絶滅してしまい、今ではテ・パパやオークランド等の博物館で展示されているモノも多く疑問を口にした。
「まぁ、モーモとポウカイは違うけど、この子等の子分は剥製のふりして監視役をしとる」
「そっか、大変だな。モーモとポウカイとは異次元に行けるようになるまで会えないのか?」
カイは、寂し気に告げるとモーモとポウカイに凭れ掛かり全身を預けた。
「こいつらはカイに何かあったら来るやろ」
「そうなのか? だったら嬉しいけど、何かが起こるのは困るけどな、ハハ」
カイはモーモとポウカイの温もりと安堵感に包まれながらも、困難が待ち受けている気がして目を閉じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます