第20話 マウイの槍 Part.1

 他の観光客と共にワイトモケーブ土ボタルツアーに参加したカイ達は、小船に揺られながら水が滴る音が響く静寂な洞窟の中で、頭上で青白く輝く光に魅入られ、呼吸する事さえ忘れてしまいそうになる。大儀を控えたカイもまたその内の一人だったが、土ボタルの輝きでさえ霞んでしまうほどに、強烈な閃光を走らせるマウイの槍が、宙に浮いているのが目に入ると息を呑んだ。

 巨大で鋭利なポウナウ石の刃先を持つ槍は想像よりも長く、カイはハッとすると周りを確認する。ウルタプの言う通り他の目には映っておらず、ハッキリと見えるカイは、自身の使命を改めて再認識すると拳を強く握った。


【見えてるんやな】

 険しい表情を浮かべながら、マウイの槍を無言で熟視する脳に直接ウルタプの声が届く。緊張だけではない複雑な感情に戸惑っていたカイは、気持ちを少し緩めると隣のウルタプに視線を移す。

【へ?】

 カイの心に沸いていた困惑を打ち消すように、胸前に両手を組みキラキラとした瞳でマウイ神の槍を見つめるウルタプの態度に、カイは吹き出しそうになると笑顔が戻る。

【土ちゃん達、ご苦労さんやったな。マウイ様の槍を渡してもらえるか?】

 ウルタプの呼び掛けに応えるように土ボタル達が、青白い輝きを通常よりも多く点滅させたため、驚いたツアーガイドが「ラッキーデーだと」観光客に説明する脇で、カイとウルタプはゆっくりとマウイ神の槍を土ボタルから受取る事に成功した。

 ウルタプがマウイ神の槍を愛おしそうに抱く姿に、彼女の忠誠心を改めて感じさせられると同時に、マウイ神への興味が湧くと胸元のTIKIを強く握りしめた。

 上機嫌になったウルタプは、皆を何処か他の観光地に連れて行ってもいいとカイに提案する。

 ニュージーランドの北島には、まだまだ多くの観光名所が点在する。金色のビーチで地元民にも愛されるコロマンデル半島は、大聖堂の意味合いを持つカセドラル・コーブが有名で天然の芸術を鑑賞できる。またビーチに沸く温泉に入ろうとスコップを持った人達でいつも賑わっている。北東地区には9つの立派な彫刻が立並ぶ聖霊の地マウンガ・ヒクランギを始め南半球で一番長い桟橋を持つトラガ・ベイ。天候に恵まれた温暖な地ホークスベイのギズボーン、ネイピア、ヘイスティングスでは美味しい果樹が実り、ニュージーランド第二のワイン産地でもある。

 凜が持つガイドブックをもとに結月達は、先ずワイトモケーブに近いオトロハンガにあるキウィハウスを訪れキウィバードだけでなく他のニュージーランドに生息する野生動物を観察した後、映画ロードオブザリングのロケ地の一つホビット村に立ち寄った。その後は、美しい湖で有名なタウポの町を探索をしてからニュージーランド観光の定番であるロトルアのスカイラインに足を向けた。

 スカイライン・ロトルアは、ノンゴタハ山の頂上にある複合施設でゴンドラに登るとロトルア湖と街が一望できる。またジップラインやスカイスイング、リュージュ等のアクティビティを体験できるだけでなく、レストランやワイナリーも併設しており、年齢を問わず丸一日楽しめる場所である。

 スカイラインを後にしたカイ達は、一旦ホリデーホームに立ち寄ってから、テ・パトゥ村でマウイ族のショーとハンギの夕食をとる事にした。


 移動にマナを大量に使うウルタプは、口が止る事無く常に食事を要求していたが、何故かテ・パトゥ村で夕食をとるのを遠慮すると言い出す。

「ハンギ好きなんじゃないのか? もしかして食べ過ぎて腹痛いのか?」

「ちゃうわ。ほんでもって、カイあんたも残り」

 アリが借りたホリデーホームのリビングにあるソファに本来の姿で横になるウルタプが、長い銀髪を弄りながらカイに告げる。

「え? まぁ別にいいけど・・」

 マウイ族のショーを見た事のあるカイは、アリに余計なお金を使わせないため、ウルタプに同意すると彼女が横たわるソファの端に腰を下ろした。

「カイも行かないのかよ。マウイ族のショーって生HAKAも見れんだろ?」

「だなぁ。でも俺はオールブラックスの試合で見た事あるし、今回はお前等だけで行ってこいよ」

「アリお祖父ちゃんが予約してくれてるのに」

「人数の変更は出来ると思うぜ」

「でもカイ君もお腹空いてるでしょ?」

「何か適当に食べるよ」

 誘いに乗ってこないカイの決心は、固いのだと受け取った結月達は黙り込んでしまう。

「じゃあカイを置いて行こう。きっと何か大事な用事があるんだよ」

 肩を落とした結月の背中に右手を添えたレイノルドが明るい声で皆に話掛ける。

 レイノルド自身もカイと行動が別になるのは不本意ではあったが、結月達には通訳が必要であるし、マタカナファーマーズマーケットの時と同様にウルタプのどこか警戒をするような態度にレイノルドの勘が働く。

 カイが同行しないことに不満を口にしながらも、マオリ族のショーが楽しみである壮星と凜の足取りは軽くアリの車に乗り込んだ。

「結月、大丈夫?」

「姉ちゃん、最近静かだよな。また腹でも痛いのか?」

 車内で一言も発しない結月を気遣う凜の呼び掛けに、陽気な結月には不似合いな寂し気な表情を不本意にも浮かべてしまうが、慌てて笑顔で取り繕うとする。

「そんなにいつもお腹痛くないわよ、人を大食いみたいに。カイ大丈夫かなって思っただけ」

「ウルタプ様と一緒なんだぞ、当然大丈夫だぜ」

「そうよ」

「そ、そうよね・・ でも、ウルタプちゃんって、この間会ったところだし、よく知らないでしょ。ポウナウ石探しが重要なのも、彼女がそれに必要なのも分かるけど、カイとの関係が分からないし、何となく心配なだけ」

「結月、僕も心配だよ」

 寂しくなった助手席に一人で座るレイノルドが振り返ると結月に同調する。

「でも、彼女といた方がカイが安全だと感じるんだ。僕、この旅行中にさ、カイを襲った大きな犬に似たのを何度も見掛けたんだ」

「え? まじかよ」

「あの時は2匹だったけど、ファーマーズマーケットではもっと沢山いた」

「そうだったの? 全然気付かなかった」

 結月は自分の観察力のなさと、カイの身の危険を案じていなかった自分自身が嫌になると唇を噛み締めた。


 

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