第11話 光の先へ

 終始賑やかだった車内が一瞬にして静まりかえると、全員固唾をのんで綺麗な一直線を描く金緑の光を凝視していた。

 カイは両手の平に包み込んだポウナウ石を解放するどころか、まるで逃がさぬように固く握ると自分の指間から放たれる輝きを無言で見つめ続けた。

 息詰まる雰囲気に耐えられなくなったレイノルドは、大きく息を吐くとパンっと手を叩く。

「きゃっ!」

「うぎゃっ!」

「うおっ・・・ どうしたんだよ、レイノルドっ!」

 カイは強く握っていた手の力を無意識に緩めると、無言でレイノルドに視線を移すが、やはりポウナウ石が気になるのか、即座に意識を石へと戻す。

「皆ぁ~ リラックス、リラックス」

「へ?」

「レイノルド・・・ んなの出来るわけないだろ。あっちもこっちも光ってて、何が起こってるのかサッパリなんだからな」

 壮星は反発しながらも先程まで緊張で硬くなっていた身体の力を抜くとカーシートに深く座る。

「そちの申す通り、皆目見当もつかぬ」

「・・・・・」

 無言のままの皆をおいてレイノルドは続ける。

「でもさ、カイはポウナウ石を探しているわけだし、この光が石のありかを教えてくれてるならラッキ―だよね」

 レイノルドは態度を軟化させないカイの肩に手を置くと、カイの顔を覗き込みウィンクをする。

 そんな様子を横目で見ていたアリは複雑な表情を浮かべた。

 全てのポウナウ石を見付けた時、確実にカイの身に何かが起こる。そう憂慮するアリはポウナウ石が簡単に収集できないようにと心の片隅で祈ってしまうのだった。


「レイの言う通りだなぁ~ こうやって教えてくれるなら直ぐに全部見付けられるかもなぁ」

 カイの屈託ない応答が更にアリの心を締め付ける。


「そうよねぇ~ レイノルドの言う通りよねぇ~ 色々光ったりしてビックリしたけど、こんな風に教えてくれるなら全部直ぐに見付けちゃうかも」

 長らく身を乗り出していた結月も身体の力が抜けたように車の座席に沈みこんだ。

「良くみたら綺麗だもん。でもこの光、今追い付いた前の車を突っ切ってるけど、前の人達大丈夫なのかな?」

 凜が告げる通り、カイが持つポウナウ石から放射される光は前方車の中心部を突き抜けており、壮星と結月も不思議そうに見つめる。

「あ、本当だ・・・ でも後部座席に座ってる人達、こっちを振り返ったりしてないよな。よくある事なのかもな」

「よくある事って壮星っ! そんなわけないでしょ・・・ え? ニュージーランドでは普通なのかな」

 反論したものの確信がない結月は、自分の顎に指を添えるとニュージーランドを良く知るカイ達を眺めた。背後からの強い視線にレイノルドは再び首を回す。


「え? めっそうもないでござる!」

「・・・・・」

「ぷっはははっ!」

 緊張の糸がほぐれた結月達は一斉にお腹を抱え笑い出すと、暫くの間静かだった車内から明るい声が零れ出る。皆の明るい笑い声につられて、両手の力に意識を集中させたままではあるが、カイの心にも若干のゆとりが生まれる。

「あははは、レイ、どういう意味だよ・・ ったく」

「え? だから、こんな風に光が出たりするのは、ここニュージーランドでも不思議だってこーと!」

「あははは、だなぁ」

「そうよねぇ~ よかった」

「でも、じゃあ前の人達には見えていないってことなのかなぁ? あの森から放たれる光も?」

 凜の疑問に壮星が改めて森林から未だ放たれる黄金色を確認すると、腕組みをして難しい顔をするが、何かがひらめいたようにアッと口を開けた。

「こんなに天気が良いんだしさ、太陽の光で見えてないだけかもな。俺達はカイが持ってる石からビューって光線が出てるのを見てるから気付くけど、じゃなかったら見えないんじゃね」

 壮星は自分の言葉に真実味を持たせるように、得意気な顔で語ると何度も首を上下させる。

「そうかなぁ・・・」

 壮星の頷きに合わせて自分の首を縦に振る凛だったが、合点がいった様子ではなく改めて視線をカイのポウナウ石に合わせた。


「ポウナウ石を探す使命を受けたカイと、そのことを知っている僕達にしか見えないんだよ。きっと」

 リアシートに座る凛達の会話を聞いていたレイノルドは前方に身体を向き直すと、目的地から放たれる異様な光を少し訝しい面持で見つめた。

 【全部見つかったら、次はどうなる?】

 チラリと横に座るカイに目線をうつす。

 カイの手の平に包まれるポウナウ石は、彼の父義海からプレゼントされた物だ。その義海は亡くなり、彼がカイに残した石が次のポウナウ石を指し示すように光を放っている。

 ふと、レイノルドの脳裏に疑問が浮かぶと、カイの身を危惧する懸念に襲われ、無意識にポウナウ石を包むカイの手を握り締めた。

「レイ? どうした? 不思議だよな、こんなに光っているのに熱くない。逆にドンドン冷たくなっていく気がする」

「カイ・・・」

「ん? 何?」

「・・・・いや、カイは強いなって思ってね。僕だったらこんな不気味な石、放り投げちゃうよ」


【探してるポウナウ石が全部見つかったら、その後はどうなるの? カイが危険な目にあったりしない? 僕に隠し事なんてしていないよね】

 レイノルドは、彼の心を覆っていく不安をカイには尋ねずに飲み込むと、ぎこちない笑みを浮かべた。

「だよな・・ でもオヤジがくれたポウナウだからさ」

「だよね・・・」

 全てを知らないレイノルドが憂いな表情をカイに向ける姿は、アリの心に皆に真実を告げるべきか迷いを生じさせ、無意識にアクセルを踏むアリの足に力が入ってしまう。

 

「アリ、もう直ぐ着くよね・・ アリ?」

 カイの自分の名を呼ぶ声が、遙か遠い気がしてカイを失う恐怖に襲われるとアリの目頭が熱くなった。

「アリ? アリどうしたの? ワイポウア・フォレストの入口を通り過ぎちゃうよ」

 無言でハンドルを握るアリを、必死で呼びかけるカイの鼓膜に、突然知らない誰かの声が届くと、まるで魔法にかかったように身体が動かなくなってしまう。

【やっとやっと会えるのですね・・ あああ、嬉しい。この時をずっとお待ちしておりました】

 「え? 誰?」

 数々の奇異な出来事に内心は不安で一杯だったカイにとって、見知らぬ誰かの呼び掛けに更なる恐怖を感じるはずだが、不思議とその声は心地良く身体に浸透していくと心が軽くなった。

 タネ・マフタがあるワイポウア・フォレストの入口を通り過ぎてしまったアリだが、何者かに導かれるように見知らぬわき道へと入り込むと突然車を停めた。

 頭上には黄金色の光が漂っており、その原点であろう巨大なポウナウ石がカイ達を出迎えた。

 

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