第10話 黄金の輝き

 多くの荷物を車上に積んだ大きな4WD車がニュージーランド北部に向けて田舎道を走行していた。

 果てしなく続く牧草に無数の羊と牛が長閑に草を食べている姿が至る所で目に入る。

「これぞ、ニュージーランドっていう景色だぜ―」

 興奮気味に声を上げた壮星が夢中でスマホのシャッターを押す。

「やっぱり、空気が美味しいよねぇ」

 大地の香りを含んだ空気が車内に注がれると、凛が深く深呼吸をした。

「だね~ はぁ―――」

 風に舞う髪を押さえながら結月も凜につられて大きく息を吸う。

 後部座席で楽しそうに会話する結月達をバックミラー越しに眺めながら、助手席に座るカイとの温度差に、アリは不憫な気がして胸が締め付けられた。

 これからカイの身に何が起こるかアリにも予測が出来なかった。

 カイの父親が残した調査資料の通りに次の日食までにポウナウを探し出す。そして、その間にカイが生贄とならずに済む方法を絶対に発見しなければならない。

 カイの助命を強く願うアリは奥歯を強く噛みしめるとハンドルを握る両手にも力が籠った。


「そうだっ! カウリ博物館に寄れない?」

 ふと頭に浮かんだアイデアをレイノルドは軽いノリでアリに尋ねたが、彼がいつになく渋面をつくりながら運転をしているためバツが悪く咄嗟に視線を落としてしまう。

「レイ、それグッドアイデアだよ。アリ、立ち寄る時間ある?」

「ああ、問題ないじゃろ」

 道中ずっと口数が少なかったカイがレイノルドの今の心情を知るや知らずフォローしたため、レイノルドが顔を上げると、カイに満面の笑みをおくる。

「ねぇねぇ、何がグッドアイデアなの?」

 前方に座るカイ達の会話に結月が首を突っ込む。

「ワイポウア・フォレストに行く途中にカウリ博物館があって、結月達エンジョイできるんじゃないかなって思ってね」

「タネ・マフタを見る前にカウリの木の勉強するのもいいと思うしさ。あ、でも土産屋で沢山買うなよ。旅はこれからなんだからさ」

「は――い」

 カイの忠告に結月だけでなく、凛と壮星も返事をした。


 カウリミュージアムは、オークランドから車で1時間半ほどの距離にあり、カウリの開拓時代の歴史や、その巨木な姿と美しい木材に触れることができる。カウリ材を使ったアンティーク家具等が並べられているだけでなく、19世紀の人々の生活風景が再現されており、カウリの伐採や製材するために使用した道具の進化も写真と共にわかりやすく説明されている。また宝石と呼ばれるカウリの木の樹液「カウリガム」も数多く展示され、その輝きは訪れた全ての者を魅了する。


「面白かったなっ! あんなにブッとい木が本当にあったのかよ・・ 直径8mとか言ってたよな。すげぇ」

「樹齢2、3千年も生きるのに、保護しないといけないほどしか残ってないなんて、沢山切られちゃったんだね」

「下の方の枝を自分で落として真っ直ぐ高く、しかも太く育たなきゃ良かったのよ」

 結月達は車が走り出しても外の景色を眺める事なく、カウリミュージアムを訪れた感想を熱く語った。

「あんなに忠告したのに、どんだけ土産買ってんだよ。小遣いなくなっても貸さねぇからな」

 カイは自分の言葉が結月達の財布に届かなかったことに呆れれると腕組をした。

「アリお祖父ちゃん、本当にありがとう」

 凜は頬を緩めながら手の中にある小さな箱の中身を何度も眺めながら、運転席に座るアリに背後から礼を言うと、結月と壮星も続いてアリに礼を告げた。

「ノープロブレム」

 アリは片手を上げるとバックミラー越しに結月達に微笑んだ。

「全く、アリも甘いんだよ。カウリガムって結構しただろうに」

 カウリガムをニュージーランド旅行の記念にと、アリが結月達にプレゼントしたことに不平を零しながらも小さく

「サンキュー」

 と呟くとアリの肩を軽く叩いた。


 次の目的地であるタネ・マフタはオークランドから更に1時間少し車を走らせたワイポウア・フォレストの中にある。

 タネ・マフタとは、ニュージーランド北部ワイポウア森林保護区にあるカウリの巨木で、ニュージーランドでは有名な古い樹であり、観光名所の一つである。タネ・マフタは、マオリ語で森の神と呼ばれ、天空神ランギヌイと地母神パパトゥアヌクの息子とされる。


 カウリ博物館を後にしたカイ達は、木々の生い茂る細い山道へと車を走らせていた。深緑の香りが車内に漂い始めると、結月達の意識がカウリの琥珀から車外へと移る。

「緑の良い香り~」

「だね~」

 木洩れ日がキラキラと輝き、森の木々は結月達の肺だけでなく視覚までをも癒してくれる。


「ねぇ、今からアリお祖父ちゃんの牧場に行くんだっけ?」

「姉ちゃん、頭大丈夫か?」

 壮星が結月の額に手をあてて体温を測るフリをする。

「その前にタネ・マフタを見に行くのよね」

「あっそうだった。博物館で言ってたね」

「全く、大丈夫かよぉ。ハハハ」

「琥珀の美しさに記憶を盗まれたわ。へへへ」

 結月はいつもの癖で頭に手を置くと舌をだす。


「ねぇ、今から行くワイポウア・フォレストでは鳥のキウィも保護してるって書いてあるよ」

 結月と壮星の会話を聞いていた凛は自分のガイドブックを読みあげる。

「キウィって鳥のだよな! すげぇ! 見てえ!」

 壮星は興奮気味で凛が広げるガイドブックに顔を突っ込んだ。

「キウィは夜行性だからワイポウア・フォレストでは無理だな。キウィならアリのファームでも見れるかもよ」

「え? マジで? 凄―い! アリお祖父ちゃんのファームに早く行きたーい!」


「ヘイっ! ヘイっ! カイっ! それっ!」

 結月がアリの名を呼ぶため、後部座席で盛り上がる3人を時折眺めていたアリだが、突然レイノルドが奇声を上げたため驚いて思わずハンドルを取られそうになった。

 ビックリ顔のレイノルドがカイの胸元を指差す。

「え?」

 驚きで微動だにしないレイノルドとは対照的に、カイはゆっくりとレイノルドが指差す自身の胸元に視線を移した。

「うわっ!」

 カイが着る白いTシャツの胸元から緑色の強い光が溢れ出ていたため、カイは思わず仰け反ってしまう。

「なになに? どうしたの?」

「カイ、どうしたんだよ」

 レアシートの結月達には、レイノルドとカイが何に驚いているのか分からず身を乗り出した。

「ねぇっ! あれ何?」

 フロントシートに身体を傾けていた壮星の肩に、大きく見開いた目で遠くを凝視する凛が手を置く。

「え? 凛どうした?」

「壮星君、あれ・・」

 真っすぐ前を向いた凜が指差す方へ壮星も視線を移すと口が大きく開いてしまう。

 彼等の視線の先には天空を覆うほどの強烈な黄金の光が輝いていた。

「っんだよ、あれっ! 森の中にアミューズメントパークでもあるのか?」

 壮星と凛同様に驚きを隠せないアリは、緩やかにカーブを切れず車が左右に大きく揺れると、結月と凛の小さな悲鳴が漏れる。


「あっぶねぇ! アリ大丈夫?」

 胸元で光る原因を探ろうと首に掛るペンダントの紐に手を掛けていたカイは、身体が左右に揺れたため、その反動でペンダントがカイのTシャツから顔を出した。

「うわっ!」

 強い金緑色の光が車内を埋め尽くすと全員の視力を奪う。だが、それは一瞬で、飛び出した光が再びカイが持つポウナウ石に収まると、辺りを元の状態に戻した。

「うおっ!」

「え? 次は何?」

 恐る恐る目を開いた結月達は次から次へと起こる奇怪なできごとに戸惑いながらも苦笑いを浮かべると、再び奇声を上げるカイに問い掛ける。

 結月達の問いに返答する余裕のないカイは、再び光を放とうとするポウナウ石を咄嗟に手の平で包み込んだ。するとパワフルな金緑の輝きを治めたかのように思えたが、再び光がカイの指間から零れ出ると、先程凜と壮星が見つけた森の輝きの方角へと、まるでカイ達を導くように一直線の光で指し示していた。

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