第12話 ポウナウ石の中

 恐る恐る車から降りたアリは、カイだけを連れ目前で輝く有り得ないほどの巨大なポウナウ石に近づこうと考えた。結月達は恐怖のあまり車内に留まる事に同意したが、レイノルドは頑としてカイの傍を離れようとはせず、3人で慎重に光の中へと入って行くことにした。


【あああ、うちのもとに最初に来てくださるなんて・・・】


 再び耳元で声がしたため背後を確認するが、光の眩しさでぼんやりと見えるアリの車だけが見えた。

「カイ、どうしたの?」

「え? いや、声がした気がし・・・」

 レイノルドに応えようと向き直したカイだったが両手で握りしめていたポウナウ石が突如手の平からすり抜けカイと共に宙に浮かぶと巨大石へと導かれて行く。

「カイっ!」

 長身のレイノルドでさえ宙に浮かぶカイの足を掴む事ができず、アリと共に駆け足で追いかけるが、カイは巨大ポウナウ石に吸い込まれると姿を消した。

「カイっ!」

「カイっ!」

 アリとレイノルドは、巨大石を力任せに叩こうとするが、驚くほどの冷たさに思わず後退りをしてしまう。

「こんなに冷たいとは。本物のポウナウだと言うのか・・・」

 アリは信じられない思いで拳を強く握った。


「マウイ様、この時をお待ちしておりました」

 優しい声にカイは目を開ける。

 視覚に飛び込んできたのは深い緑色の世界で、何故か瞬時に自分はポウナウ石の中にいるのだと覚るが不思議と恐怖は感じられず、ぼんやりと空気を眺めた。

「カイ」

 愛おしい声で自分の名を呼ばれたカイは、飛び上がると必死に声の持主を探すが、影一つ見付けられず肩を落とすと目頭が熱くなる。

「父さん」

「父さんっ!」

 不思議と父親の気配を近くに感じ、もう一度義海の姿を探すカイだが、ふと胸元で優しく光るポウナウ石に意識がうつる。

「父さん?」

 カイの呼び掛けに応えるようにポウナウ石がフワリと浮かび上がるとカイの目線の高さで止まった。

「カイ・・・ 少しだけお前と話す事を許された」

 そう告げた途端、大好きな父親の姿がぼんやりと浮かび上がる。

「父さんっ! 父さんっ!」

 カイはやっと出会えた父親に抱き付こうと両腕を伸ばすが、義海の肉体はそこには無く、ただぼんやりした光の中に彼の姿が映し出されているだけであった。

「父さん・・・」

 父親の死はやはり現実だったのだと思い知らされる。喉の奥に何かが詰まったような息苦しさを覚え、喉元を右手で押さえると視界がどんどんと歪んでいく。

「カイ・・ ドジな父さんでごめんな。さよならも言わずに居なくなって、本当にごめん」

 いつもの優しい父の口調に急いで涙を両手で拭った。

「父さんっ! 謝らなくていいから、俺も連れて行ってくれよ。独りは嫌だよ!」

 息子の訴えに義海は苦しい面持を浮かべる。

「カイ、時間がないっ! しっかり聞くんだよ」

「嫌だっ! 聞きたくないっ! さっさと生贄になって父さんの所に行くっ!」

「カイ・・ そんな事を言わないでくれ。アリからお前がマウイ神の器だって聞いたんだね。お前に与えたこのポウナウ石はTIKIと呼ばれて、お前の母さんがカイに残した物だ」

「母さん?」

 フワリと浮かぶ義海がコクリと頷くと温かい笑顔をつくる。

「このTIKIが必ず他のポウナウ石のありかを教えてくれる。全部で4つあるはずだ。それらは南十字星を描くようにニュージーランド全土に散らばっている」

「南十字星」

「そうだ。全てを見つけ出した時、マウイ神の魂を呼び起こす儀式を行うことになる。方法はマウイ神の僕達が教えてくれるだろう」

「僕?」

「ああ。全てはマウイ神を甦らせるためだ・・ だがなカイっ! お前が背負う事はないっ! 生贄なんかになるなっ! いいかっ! 父さんが調べた全てをアリに託した。だからきっと・・・」

「こらこらっ! 何を勝手に喋ってんのや! もうおしまい! お別れさせてくれって言うから許したら、これやわ。人間てのは、相変わらず図々しいなぁ」

 先程、幻聴だと思っていた声の主が突然カイの前に姿を現す。

「うわっ!」

「ちょっと、うわって。失礼やねぇ! あんたがマウイ様の器やなかったら、張り倒してるわ」

 突如カイの前に現れた女性は、銀の長い髪を尖った耳にかけ、大きな金緑色の瞳をカイに向けると腕組をする。

 カイの頭上でふわりと浮遊する女性は綺麗な草花と羽でできたドレスを纏っており、明らかに人間とは違った風貌だが不思議と同じ言語を話した。

「あの・・ どなたですか?」

 恐る恐る言葉を吐いたカイの目の高さまで降り立つとカイの顔を覗き込んだ。

「ま、マウイ様の器としては合格やわ」

 ぼそりとだが、カイに聞こえるように呟く。

「うちのポウナウ石はKORU 森を司るウルタプ。マウイ神様に一番愛されている僕」

 背筋を伸ばし誇り高く自分の名を告げると、また長い銀髪を大きな耳に掛け可愛くウィンクをした。

「その耳・・・」

 カイはウルタプの尖った耳に興味を示すと目を細めた。

「何や」

「ウルタプさんって飛べるみたいだし、もしかしてエルフ?」

「エ・・フ? 何やそれ。うちの話聞いてなかったんか?! うちのポウナウ石はKORU。森の長や」

 先程とは違い不満気に語るウルタプは彼女の大きな両耳に付いた渦巻型のポウナウ石をカイに見せる。

「KORU? 俺のはTIKIって教えて貰った。色んな形があるんだなぁ~」

 ウルタプは、彼女に会えた感動よりもポウナウ石に興味を示すカイに不満を露にすると口を膨らませた。

「そう、あんたのはTIKI。代々受け継がれるポウナウ石や。マウイ様の器やのに、そんなんも知らんのかいな。」

「あの・・ 森の長さん?」

 存在を忘れられた義海が怖々ウルタプに声を掛けた。

「何や?! あ、アンタの事、忘れてたわ。あんたの息子が無礼なんや。どういう教育してんのやっ! マウイ様の器やなかったら、引っ叩いてるで」

「あ、申し訳ありません」

 義海は叱られた子供のように直立不動の姿勢をとると深く頭を下げる。

「あああ、そうやった。あんたが余計なことを言うから。さよならはもう済んだんか?」

「あ、はい。お蔭様で・・・」

「うちに、めいいっぱい感謝し」

「ありがとうございます」

「父さん・・・」

 ウルタプと父親との会話から彼との別れが近づいたのだと察知すると、一気に寂しさが込みあげ父を掴もうと手を伸ばす。

「父さん・・ 行かないで。ヤだよっ!」

「カイ・・ すまんな。俺は死んじまったからな」

「自殺じゃないよね。アリが誰かに殺されたって」

「ああ。カイ、お前も十分に気を付けるんだぞ。このウルタプ様はじめマウイ神の僕の方々に忠実でな」

 まだ話足りない様相の義海だが徐々にその姿が薄くなっていく。

「父さんっ! 父さんっ!」

「カイに会えてよかった。息子でいてくれてありがとう」

 別れを覚悟した義海は満面の笑みを浮かべるとカイの顔を包むように両手を伸ばした。掴む事のできない父親の手にカイは自分の手を重ねる。

 父親の温もりが伝わるようで心が更に苦しくなると涙が留めなく溢れ出し、無意識に一瞬目を閉じてしまう。

 慌てて瞼を上げた時には愛する父親の姿は消えており、ウルタプが居心地の悪い様相で髪を弄っているだけだった。

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