第4話 到着
カイとレイノルドは、彼等のニュージーランド行きへの便乗に成功したカイの従姉弟の結月と壮星、そして壮星の彼女の凛を伴ってニュージーランドの中で最も栄えている都市オークランドにある国際空港に到着していた。
「私初めての飛行機だったけど楽しかった!」
「うん、俺は凛が居てくれれば何処でも楽しい!」
「壮星、どの口がそんな事言うのよ。キモい」
結月は背筋が凍るような素振りを見せる。
「姉ちゃん、キモいって、酷いなぁ」
カイとレイノルドの背後を歩く結月達は長旅の疲れも忘れ、初めての海外旅行に浮足立っていた。
化粧品や酒類が綺麗に陳列された免税店に興味津々の結月達だったが、熟知した通路を迷う事なく突き進むレイノルドとカイを、見逃さないよう時折駆け足になりながら追いかける。
「エアーニュージー、噂で快適って聞いてたけど本当だったね。機内食やお菓子も美味しかったし。アイスクリームが最高だったわ」
「だね~ それにあのセーフティービデオっての? 超うけた」
「そうそう、エアーニュージーっていつもセーフティービデオに凝っててさ、ラグビーバージョンとか探検バージョンとかあって面白いんだよ」
結月達の会話に時折レイノルドが相槌を打つ。
「へぇ~ 他のも見て見たいなぁ~」
「レイノルドはよく利用しているもんね」
そう告げる結月に振り返ったレイノルドはウィンクをした。
カイ達5人は、入国審査を無事に終えターンテーブルからスーツケースを取ると、最終地点である検疫検査の列に並ぶ。
農業国で自然豊かなニュージーランドは、それ等に被害が及ばぬよう外国からの害虫等の侵入を未然に防ぐため厳しい検疫体制を取っている。それらは旅行者であっても対象となり、食品の持ち込みだけでなく、アウトドアで使用した靴や木製製品に至るまでニュージーランド国内に持ち込むのであれば申告が必要となる。また、オークランド空港では申告をした後でも全ての荷物がX線にかけられ最終チェックが行われるため、検疫ではいつも長蛇の列が出来る。
「お菓子とかは全部申告用紙に記入してたよな。凛、機内で林檎食べてたけど、もうフルーツとか持ってないよな」
「え? 果物とかは申告してもダメなの?」
「ああ。加工食品は比較的大丈夫だけど、生鮮食品っていうの? そう言うのは持ち込み禁止。それに蜂蜜や蜂蜜を使ったジャムとかも。ほら、あちこちにゴミ箱があるだろ。何かまだ持ってるならそこに捨てろよ」
「はーい」
良い返事をした結月達は手提げバックやポケットに手を入れた。
「ここは農産物の輸出がメインの国だからさ、協力しようぜ」
「僕のダディなんて、こうやってバイオセキュリティに並ぶのが嫌で、食べる物とか持って来なかったのに、ポケットに入れてたチョコで注意されてた」
「えええっ」
「1個だけだったし、ラッキーにも怒られただけで済んだけど、本当だったら400ドルの罰金だって言われてたよ」
「うわ~って、私もポケットにガム入れてた!」
結月は慌ててポケットからガムを取り出した。
「そろそろ順番だよ」
レイノルドが声を掛けると皆の表情が緊張で強張る。
5人は揃って検疫審査を済ませるとスーツケースや手荷物をX線に通す。
「ねぇ~さっきから思ってたんだけど、この空港暖房効きすぎじゃない?」
結月はそう言うと、手をうちわ替わりに顔を扇ぎながら、自分のスーツケースが検査されているのを神妙な面持ちで見つめた。
「そりゃ姉ちゃん、ここは夏だからね。なんでまだ冬服着てんだよ」
X線検査を終えた手荷物を自分の肩に掛ける壮星はいつの間にか半袖姿になっている。
「え? あ、そうだった。季節が日本とは逆だったわ」
「結月、夏だから泳ぐって言って水着を入れてたじゃない」
少し困ったような様相で結月を見つめる凜に対して、結月は自分の頭上に手を置くと舌を出した。
無事バイオセキュリティ検査終えた一同は出口のドアを抜ける。
「やったっ! ニュージーランドだぁ~!」
壮星は瞳を輝かせながら到着ロビーを見渡すと、そこには、家族や友人を待つ沢山の笑顔と、名前が書かれたプラカードを持った出迎えの人々で溢れかえっていた。
「ヘイ! カイ!」
スーツケースを引きずりながら出て来たカイに大きな呼び声が届く。
「アリ!」
カイは彼を迎えに来てくれた祖父アリの元に駆け寄ると思い切り抱き付いた。
すると今まで堪えていた涙が流れ出た。そんなカイの頭をアリは優しく撫でる。
父親が行方不明になって以来、カイは彼の無事を信じる事で自身を持ち堪えさせ、感傷的にならないように懸命に耐え続けていた。冷たくなった父と対面しても現実だと受け止められず、どこか他人事のようで葬儀の時でさえ涙しなかったのだ。
数年振りとはいえ血縁である祖父の顔を見た途端、一気に今まで張り詰めていた緊張感が緩んでしまう。
「アリ ・・ごめん。俺・・」
「ノーウォーリー(大丈夫)カイ、おかえり」
アリの優しい言葉にカイは、長い悪夢から覚めたように久し振りの安堵感に包まれる。
「アリ、ただいま」
カイは涙を右手の甲で拭いながら顔を上げると、祖父の傍らに見知った顔を見付けた。
「ジェイコブ、セラ」
「Kia Ora (マオリ語でHello) カイ」
レイノルドの両親が憂いな表情でカイに声を掛けた。
「Are you OK?」
カイは涙で濡れていた頬を拭うと頑張って笑顔を取り戻す。
「Yup, I’m good. Thanks」#これ以降の会話は英語だと想像してください。
健気なカイにジェイコブが優しく微笑むとそっとカイの肩を叩く。すると、彼の隣に立って居たセラが居ても立ってもいられない様子でカイを抱き締めた。
「私達にも頼っていいからね」
「うん、ありがとう」
レイノルドは母親似だと、改めて思わせる温かな微笑みがカイの心に染みる。
「俺達の息子のお出ましだ」
ジェイコブは嬉しそうに告げると、視線をレイノルドに移し、セラもカイを抱いていた腕を解くと、レイノルドが彼女の頬に軽くキスをした。
「レノー フライトはどうだった?」
「迎えに来てくれて有難う、マム&ダッド。皆と一緒だったからね。凄く楽しかったよ」
結月達とは既に面識のあるアリ達は彼等との再会を喜ぶと、皆の笑顔でその場がパアッと明るくなった気がして、カイの頬も緩む。
「ニュージーランドに来て良かったね」
祖父との再開で少しだけ彼自身を取り戻したカイに、結月達の心が軽くなった。
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