第5話 スカイタワーへ

 カイは、結月、壮星、凛を伴って迎えに来てくれた祖父アリの車に乗ると、暫くお世話になるアリの家へと向かった。

 レイノルドは、実家に一旦帰った後、アリの家でカイ達と合流する事になった。


「アリの家ってオークランドからは随分遠かったよね?」

 サングラスをかけ大きな車を運転するアリに助手席に座ったカイが尋ねた。

 マオリ族の血を持つ祖父アリは、褐色で少し大きな鼻を持ち70代とは感じさせない豊かな頭髪に、Tシャツの袖からのぞかせる上腕筋は逞しく、自慢できる祖父を持つことに、カイは胸を張りたい気分になる。

「いや、今はオークランドに住んでるんじゃ」

「やっぱりそうなんだ。レイ達もアリの家に来るって言ってたからさ、変だなって思ってたんだ」

 カイは納得した面持で前方に停車したブレーキランプの赤い光に目を向ける。

「あ、あれって、もしかしてスカイタワー?! ほら見て、写真と一緒!」

「本当だ! すげっぇ――― カジノがあるんだよな。やってみてぇ」

「未成年の私達はダメだと思うよ。あ、でもニュージーランドってお酒とか飲めるの18歳からだから入れるのかな?」

 凛はそう告げると答えをスマートフォンで探そうとする。

「お酒とかは18歳からだけど、カジノは20歳なんだよな。ドレスコードもあるし、壮星には一生無理だな」

 意味不明な外国語が書かれたTシャツにアロハ柄のショートパンツを履く壮星の装いをカイは一瞥する。

「んだよっ! カイだってランギのお古着てるからカッコいいだけだろ!」

「どっちもどっちよ・・ ねぇ、凛」

 結月は、つまらないカイと壮星の会話を遮ると凜に同意を求める。

「まぁね・・」

「そんな事より、確か、タワーからバンジージャンプができるはずよ」

 興奮気味にオークランド市内を眺める結月は、今にも車窓から飛び出しそうな勢いで会話する。

「マジか・・・」

「バンジーやってみるか?」

「え?」

 アリの簡単な英語で、そう問われた3人は、オークランド中心部に聳え立つスカイタワーを下から見上げた。

「やってみたいけど・・・ こうやって見ると高いよな (汗)」

「ほら、レイノルドと後で会うんでしょ・・ だったら、今はお祖父さんのお家に急いだほうが・・」

 先程までの熱意が冷や汗で急速にさめてしまった3人の目が泳ぐ。

「お前等、もしかして怖いのか? ヘヘヘ」

「べっつに・・ カ・・カイはやったことあるのかよ?!」

 後部座席の結月達に振り返ると若干見下しながら告げるカイに、壮星が口を尖らせながら言い返した。

「もっちろん! スカイタワーじゃないけど、南島にあるバンジージャンプの発祥地で飛んだぞ!」

 カイは自分の鼻を人差し指で触ると誇らしく応えた。

「ねぇ、発祥地って事は、バンジージャンプってニュージーランド生まれってこと?」

 結月が興味深げにカイの座る助手席を掴むと身を乗り出す。

「否、バンジーはバヌアツって国で生まれて、それをヒントに初めて商業化したのがニュージーランドだったはず」

「へぇ~」

 カイ達が話をしている内にいつの間にかアリは車を駐車場に停めていた。

「え? ここってもしかしてスカイタワーの下?」

「・・・」

「いやいやいや、バンジーはしないよ!」

 壮星達は自身の顔前で思い切り手を振ると焦った表情を露にする。


「ウェルカムトゥーニュージーランド! ハハハ」

 日本語で話す結月達の会話が分からないアリだが、ガキ大将のように笑うとエンジンを止めさっさと下車してしまう。

「せっかく来たんだから、とりあえずタワーに昇ってみようぜ」

 カイも満面の笑顔を結月達に向けると一つウィンクをして車のドアを開けた。

「そ、そうよね・・ せっかくだしタワーには昇ってみようよ。ね、壮星君」

「お、おうっ!」

 急いで車を降りた3人は慌ててアリとカイの後を追う。

 

「うぉ~ すっげっぇ~」

 エレベーターを降りた瞬間、飛び出た壮星の大声が、他の観光客の視線を集めたため、恥ずかしさで結月は壮星を睨みつけようとするが、結月自身も視界に入り込んだ景色に目を輝かせる。

 スカイタワーの展望台からはオークランド市を一望できる大パノラマが広がっており、青い空と海に囲まれた街が結月達の心を掴んだ。

海闊天空かいかつてんくう

「何、壮星難しい言葉使って、レイノルドみたい。でも、本当に綺麗!」 

「良いお天気で、街とのコントラストが素敵」

 3人は早足になると展望台のガラスに張り付いた。

「スカイウォークって、もしかしてここから外に出て歩くの?」

「だなぁ~」

 3人はガラス越しに恐る恐る眼下を眺める。

「・・・」

 恐怖から固まってしまった結月達の背後に、誰かがまわるとワっと彼等の背を押した。

「キャーっ!」

「うぎょーーっ!」

「お祖父さんっ!」

「アハハハ」

 アリは楽し気にお腹をおさえながら皆を手招きで呼ぶと、その先には自分の足元をじっと眺めるカイが居た。

 スカイタワーの展望台にも他国の高層ビルのように、その高さを確認できるよう一部足元を透明な床にしており、眼下を見下ろせるのだ。


「うひょ~ やっぱ高いなぁ」

 壮星達が透明床に乗ると足元に違った景色が広がっていた。

 高さで緊張しながらも楽しそうにはしゃぐカイ達を見守っていたアリだったが、何者かの視線に気づくと辺りを見渡す。そこには、結月達と同様に展望台に訪れた観光客で賑わっているだけだったが、アリは奇妙な胸騒ぎに眉をひそめた。


 カイ達はスカイタワーを後にすると、アリの家に向って車を走らせていた。

「アリ・・・ もしかして、高級住宅街に引っ越したの?」

「それ、俺も思ってた・・ どの家もめっちゃ大きいんだけど!」

「だよね~ 門とかあって、お城みたい」

「こんなに大きなお屋敷があるのに、見て牛がいる! あれって牧場?」

「え? 凛、どこどこ・・」

 壮星と結月は凛の指差した方を凝視すると大きな牛が何頭も草を食べている姿が目に入る。

「あんな立派なお屋敷の後ろに・・・ デカイ牛って・・・ フェンスが壊されたりしないのかなぁ・・・ってか放し飼いじゃん。怖い」

「そっか、放牧って日本じゃ珍しいか。庭の木々をフェンスからはみ出さないように手入れをしていないと、フェンス越しに牛が葉っぱを食べるって、レイが言ってたな」

「へぇ―――」

「ニュージーランドって住宅街でも必ず公園として大きな土地を確保してて、でも草狩りとか大変だから牧草地として貸してるって聞いた」

「へぇ―――」

「皆走ったり、犬の散歩したり・・ 犬も放し飼いOKのとこが多い」

「へぇ―――」

「羊じゃないんだ」

「羊もいるよ。でも羊が居ると犬は立ち入り禁止。襲われたらダメだからさ」

「へぇーーー」

 カイが結月達に住宅街の裏話をしている合間に、アリが大きな門前に車を停める。すると自動でその門が静かに開いた。

「ウォ――、すげっぇ―― 門の向こうは異世界でメイドが居たりして!」

「アリお祖父さんってもしかしてお金持ちなの?」

 カイも初めてやって来るアリの新居に声がでないまま車を運転するアリを見つめた。


 アリの家に到着したカイ達が車から飛び降りると、BBQの美味しい香りが皆の食欲をそそる。アリの家からは、まるでパーティ会場のような大人数の声が零れ出ており、それを聞いたカイ達は戸惑いの表情を隠せずにいた。

「もしかして、カイの歓迎会とか?」

「ま・・っさか!」

「ハハハ、随分と集まってるみたいだな」

 アリは、そう呟くと車のトランクから皆のスーツケースを下ろしはじめる。

「アリ、ごめん。俺達も手伝うよ!」

 それぞれ自分達のスーツケースをアリから受取るとゴロゴロと車輪がまわる音が響く。

「アリ、随分人が集まってるみたいだけど・・」

「あ、ああ、カイの従姉兄たちもいるが、今夜はファイナルだからね」

「ファイナル? ・・・あ、もしかしてオールブラックス!」

 頭に答えが浮かんだカイは自信ありげに応えた。

「ヤップ!」

「え? オールブラックスってもしかして、ラグビー?」

「ハカで有名よね」

「そうそう、ニュージーランド人は皆クレイジーファンだからさ」

「なになに? 観戦に沢山の人がお祖父ちゃんの所に集まってるっての?」

「そうそう。でっかいスクリーンで皆で盛り上がるってやつだよ」

「国民のスポーツだもんね」

「さぁ、カモン! 家に入ろう」

 アリは、話し込む結月達に振り返ると一つウィンクをした。


「アリ、何?」

 玄関のドアを開け結月達を招き入れたアリに肩を叩かれたカイはアリへと視線を移す。

「到着早々悪いんだが、大事な話がある」

 いつになく真顔でアリに話掛けられたカイはただコクリと頭を縦に振った。

 

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