第8話:法律は当事者を守れるのか ⑧
これは現代の日本社会における課題なのだが、このような教養は親からのしつけの過程での継承や親の社会経験などから構成されることが多い事で、その家庭では“正しい”とされていることでも違う家庭では“間違っている”といった個人差や家庭差が発生することで、基本となるベクトルが異なってしまうことやこれらの違いを理解させるにも時間をかけて理解を進めていかなくてはいけないことから、このような“社会的教養”を適正に習得出来るように働きかけをすることも大事だと思う。
そのうえ、これらの価値観は育った環境や地域によって異なっていることから、全ての人が同じ価値観で生活しているわけではないため、異なる価値観に触れる際に理解出来ずに自己正当性を主張するということで相手を否定するということも考えられるのだ。
特に地方では“性的マイノリティ当事者”と触れる機会はほとんどないため、当事者と関わった経験がないまま大人となり、社会に出ていくという可能性もあるのだ。
そのため、現在は文部科学省などが主導する形でLGBTなどの性的マイノリティに関する教育指導カリキュラムを作成し、これらのカリキュラムを子どもたちに対して指導して、子どもたちの理解を深めることが期待されているが、どこか疑問を感じる点も多い。
私が感じた疑問としては①地方におけるLGBT理解の地域差や個人差の格差発生による個人定着・②両親など子どもたちが関わる大人の価値観による適正理解・③これらのカリキュラムの一環として当事者交流などの知識のイメージ化が可能なのかなどこれまで地域格差が発生している問題である事から、少しでも個人差を少なく理解を進めるためのメソッドを考えなくてはいけないと思う。
ここからは上記した3つについて考えてみたい。
まず①地方におけるLGBT理解の地域差や個人差の格差発生による個人定着について考えてみたい。
これは都市部と地方部における特定テーマに対する認識齟齬や認識相違が発生している事や閉鎖的な環境である場合には相互理解が進まないことから、都市部と地方部ではスタートラインが異なっているという前提を想定しておかなくてはいけないと思うのだ。
なぜなら、地方の場合は当事者が住んでいる確率というのはかなり低いことや平均年齢が高い地域である場合にはリアルタイムの状況が反映されないことから、これらの学びを進めていくという事に対して十分に理解が進まない可能性や理解出来たとしてもこれらの正誤を確認する機会が少ないことから十分な定着を望めない可能性もあるのだ。
そのため、現在はICT教育など以前に比べると情報習得には問題がないのだが、これらの情報に書かれているのは一例であることから、全ての当事者の方にあてはまるわけではない。
そのうえ、これを子どもたちが知る事でいじめの発生を助長する可能性や地域の感覚で他の地域の人と関わることでトラブルに発展する事も考えられるのだ。
現在はこれらの判断基準が大人でも理解する事が難しいほど多様化している事から、これを子どもたちに教えることで正しく理解出来るかという課題も出てくるのだ。
実際に私も子どもの頃に今思い返すと“当事者だったのかな”と思う人に会ったことを思いだした。
しかし、当時は性的マイノリティなどの知識を学んだことがなかったことから、1つ1つの行動に関して疑問に思っていた事があり、周囲もその人に対して“変な人”や“理解出来ない”といった心ない言葉を書けていた光景を見ていたことから、大人になってこれらの謎が解けて、理由が理解出来るようになるという“成長過程における知識向上”を目指す事を子どもたちが実感出来ると思うと社会における多様性の理解が“コミュニティ・バリアフリー”となっていくことが期待できる部分でもあり、この連鎖が大人や社会に対して正しく波及していくことで、これまでの差別や偏見による当事者評価が良くなり、これまでのような社会的差別や誹謗中傷などを減らしていくことが出来るようになるのだ。
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