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 隣の女子が立ち上がり、ハンカチで涙を拭いてあげた。「林さんは友だちだよ。決まってんじゃん」

「そうだよ。今日から一緒に帰ろ」別の女子が応じた。

「せんせー」ボクは後先も考えず立ち上がっていた。林の勇気に応えなければ。「ボクは金子と同じ店で働きました。もし金子に処分が下るなら、ボクも同じ処分を受けるべきです」

「ワタシは」雪ちゃんが立つ。「薬草で痩せました。違法薬物に違いありません。カクセー剤かも。処分してくださいッ」

 なに言ってんだよ。ダイエット関係ねーじゃん。

「オレは──」今度は辰則だ。「年齢ごまかしてポルノサイト見てます。処分してください」

「オレも見てる」背後で一人立ち上がる。

「流美が処分されるなら、アタシも処分してください。これから悪いことしますから!」

「処分あったら、オレぐれるぞ」

「ワタシも」

「エンコーしてやる」

「ワンコのビスケット取り上げて味見しました」

「わんわん」

 教室は、にわか告解室の様相を呈した。

「静かにしろ!」桜木先生が怒鳴った。

 ダミ声に喧騒が止む。

「みんなの気持はわかった。だがな、社会にはルールというものがある」

「体面を保つためのルールですか。そんなの、オトナが勝手に決めたルールだ。オトナは都合の悪い事は隠して、無かった事にするじゃないですか」後には退けない。

 先生はため息をつく。「麻緒、座れ。みんなも座りなさい」

 ガタガタ席に戻る音が収まると、先生は顔を上向けて話し始めた。「石打ちの刑を受けようとする女性を前に、キリストさんはこう言った。あなた方の中で罪の無い者だけが、この人に石を投げなさい――と。すると、手にした石を捨てて、みんな立ち去ったそうだ。……たしかに、そのとおりだよな」

 先生は上を見ている。上には煤けた天井ボードがあるだけ。神さまは居ない。涙がこぼれるのをこらえているのだ。

 ふう。何かを振り切るように肩から力を抜いた。戻した両目はやはり潤んでいた。

「金子、お母さんの具合はどうだ?」

「普通に仕事出てます 。あまり弱音を吐かない人だから」

「娘と同じだな」目尻にやさしいシワを刻んだ。「オマエのすばらしい友だちほどじゃないが、先生も事情はわかっているつもりだ。金子はここに残れ。オレが一人で行く。悪いようにはしない」

 どよめきが起こった。

「かっけぇ」

「がんばって」

「男、桜木!」大むこうから声が掛かる。

 先生は手を上げて応え、教室を出た。

 分厚い背中に桜吹雪が舞って見えた。

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