第34話 戦場となる

 翌朝目を覚ますとそこにイクトの姿はない。

 ユイナはイクトの温もりの残滓ざんしを求めるかのように布団を抱き寄せた。


 「イクト……」



 イクトは剣を振っていた。一心不乱に真っ直ぐ。


 「イクト。そろそろ止めるネ。そろそろ皆起き出して出発の準備始めるヨ。」


 玉のような汗を拭いながらイクトは思いだす。



 昨夜、ユイナの馬車から出たらそこにはヤオが待っていた。


 「ヤオ……」


 「スッキリしたか?」


 「いや、これはあの、その……」


 「ユイナと話して気持ちの整理は出来たアル?」


 「……はい。」


 そう言うイクトの表情には陰が見える。


 まだ吹っ切れてはないみたいネ。


 「イクト。少し歩くネ。」


 「何処に?」


 「何処でも良いアル。イクトと一緒なら。」


 「……はい。」


 ヤオは気付いている。中で何があったのかを。それでもあえて何も言わないでいてくれているんた……


 ヤオと並んで歩いているとヤオがその手を指を絡めてきた。恋人つなぎというやつだ。

 そして肩にヤオは頭を預ける。


 「イクトは優しいネ。」


 「そうでしょうか?」


 僕はユイナと決別してきたばかりだ。


 「そうヨ。そんなイクトだから皆イクトに惹かれるネ。けど、不安になるネ。」


 「不安?」


 「そうネ。私の想いに応えてくれたのはイクトが優しいからじゃないかって。」


 「それは!?そんな事は!?」


 イクトが言い切る前にその口は塞がれた。


 「今は良いアル。けど絶対に私に夢中にさせてみせるアルよ。」


 その場で果て寝てしまったのだが、イクトは早くに起きヤオを寝床に運ぶと剣を取り出し鍛練に向かおうとした。


 「こんな早くから鍛練に行くとはイクトは若いネ。」


 「起こしてしまいましたか?」


 「大丈夫ヨ。」


 「それじゃちょっと素振りしてきます。」


 「んー、私も行くアル。」


 のそのそと這い出て来てイクトの後を着いて来る。


 「ヤオも鍛練を?」


 「ん?んーん。私は見てるだけ。……あんなに激しくシタからまだあまり体を動かしたくないネ。」


 それを聞いたイクトは思い出したのか耳まで真っ赤だ。

 それからイクトは邪念を払うかのように剣を振りだしたのだ。


 「お?美味しそうな匂いがしてきたヨ。イクト、早く行かないと無くなるアルよ。」


 野営の度にユイナの料理が振る舞われ、ヤオはすっかりそれが気にいっていた。


 「もうこれで最後かと思うと残念ネ。」


 そうだ。ユイナの料理を食べるのはこれが最後なんだ。

 1口掬ってスープを飲む。親しみ馴染んだ味だ。

 

 そう思うと自然とイクトの目からは涙が。

 それを見た騎士が


 「そんな泣く程に美味いか。これからも食べたいなら騎士団に来ないか?お前ほどの腕前だ。歓迎するぜ。」


 「ありがとうございます。考えてみますね。」


 イクトはそう答え感慨深く味を堪能した。


 朝食が終わるといよいよユータランティア国なの向けて出発となる。

 予定では昼過ぎには到着する予定だ。


 僕は1国民であって王族であるユイナとはもう会えないだろう。これが最後だ。


 隣を見るとヤオがイクトに並び歩いている。

 そうだ。僕は1人じゃない。

 ヤオは一緒に旅に出ようと言ってくれた。それも良いかも知れない。

 そしていつか戻ってきてユイナの居る国を冒険者として護る。

 それがユイナに育てて貰った1国民としてのユイナへの恩返しになるんじゃないだろうか?


 強い決意を胸に上を向き歩いて行く。

 ユイナとの旅の最後を。1歩、また1歩を大切に歩いて行く。



 ーーーーーーーーーー

 その頃ユータランティア国では


 「急げ!」


 「魔導士隊はいつでも防壁を張れるように準備を!」


 「王よ!せめて中にお入り下さい!」


 「馬鹿な事を言うな。俺が前に出ずしてどうする?」


 「しかし!」


 「普段はしがない王をやっているが俺は救国の英雄ユータランティアだ!前に出ず後ろで構えるような奴は英雄とは言わん!」


 その言葉に感銘を受け兵士は頭を下げる。


 「くそっ!それにしても何だってこんな所に……せめてもの救いはユイナの進言から警戒態勢をとっていた事か。」


 いや、もしかしたらアレこそが敵の進軍なのかも知れない。


 まだ遠くなのだが、その存在は驚異を感じるのに十分な存在感があった。


 「翼龍リントブルムめ。」


 翼龍は遥か上空を旋回しまるでこちらの様子を伺っているかのようだった。


 「何がしたいのか分からん。通り過ぎるだけなら問題ないのだが。」


 そう言った時だ。翼龍が急降下を始めた。


 「防護魔法展開!」


 その声に魔導士が上空にバリアを形成する。

 それを見たからか翼龍は急降下を止め水平飛行に移った。


 「ん?何か落としたぞ?」


 「背中から何か飛び降りたようにも見えましたが?」


 「遠すぎてよく分からん。誰か確認に向かわせろ!」


 騎士達が伝令を出すその前に


 ドンッ


 鈍い音と共に火柱が上がった。


 「何事だ!」


 「分かりません。」


 「魔術による炎だろう。どちらにせよ敵だ!騎士団よ!出陣だ!」


 敵は翼龍を使役している?ドラゴンテイマーなんて伝説上の存在がいるとでも言うのか!?


 そうしている間にも街の中では次々と被害が拡がる。


 「くそっ、翼龍の警戒も必要なのに!敵は何人だ!」


 「伝令!街の中で魔物が出現!その数不明。増え続けているそうです!」


 「赤い石ってやつか?ユイナの手紙にあったやつならスタンピート級の数が発生する。魔術士団!翼龍の警戒を続けろ!俺は討って出る!」


 「お父様!?」


 「ここの指揮はフィオナ。お前に任せた。」


 第2王女であるフィオナは国王の言葉に狼狽えた。


 「え!?私よりも姉様の方が……」


 「鉄壁の聖女である防護魔法に特化したお前が翼龍から守るんだ。それからキーナ!お前は俺に着いて来い!怪我人が多く出る筈だ。癒しの聖女の力が必要になる。」


 「あー、まあそう言う事なら。けど全体の指揮なんて無理だからね。」


 「構わん!翼龍にだけに集中しろ。どうせ空を飛んでいる相手だ。防御以外に手はない。」


 「オッケー、なら魔法士団!いつでも防壁を張れるように構えろ!」


 「他の者は魔物の群れに対処だ!今回は魔法士団は翼龍の対処でいない!騎士団のみの力だ!だからこそ!騎士団の力を見せてやれ!行くぞ!我に続け!」


 そう言うと国王は颯爽と飛び出して行った。


 「それじゃーフィオナ。私も行って来るねぇ。」


 騎士達が慌ただしく駆けて行く中、第1王女であるキーナがどこか間延びした声でフィオナに声をかけた。


 「姉様も気をつけて。」


 「はいー、頑張りますぅ。」 


 キーナはトテトテと歩くと護衛騎士に囲まれ馬に乗せられ出発した。



 街はすでに魔物で溢れかえっていた。

国王自らが先陣を切って進む。


 「発生源を見つけろ!必ずやある筈だ!」


 そう言いながらも魔物を次々と切り伏せる。

 その背後ではキーナが怪我人の治療にあたっていた。


 「怪我人はこちらへ!無事な人は城へ避難して下さい!」


 空には翼龍がいる。フィオナの防壁も全てを防ぐ事は出来ないだろう。ならばフィオナの居る場所こそが唯一の安全圏と言える。


 先程ののんびりした口調とは変わってキーナが鋭く的確な指示を出す。

 普段はのんびりとした口調で話していて聞く者に穏やかな印象を与えているのだが、ユイナの姉だけあっていざという場面ではその性格は激しい。


 「キーナ様!」


 兵士が他の兵士に肩を貸しキーナの元を訪れた。


 「あら、腕が折れてるわね。ちょっと痛いけど我慢してね。」


 ゴキッ


 「っ!?」


 折れて曲がった腕を無理やりに真っ直ぐにのばすと腕の折れた兵士は声にならない悲鳴を上げるがお構い無しだ。


 「回復施術パナケイア


 柔らかな光が兵士を包むと折れていた筈の腕が


 「動く。」


 「さ、これで大丈夫。早く戦っておいで。大丈夫。死なない限りは治せるから。」


 そう言ってニッコリと笑う。

 その笑顔に恐いものを感じながらも兵士は戦いの場へと向かった。

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