第33話 ユイナの覚悟

 ーー謁見の間にてーー


 「ガストンよ。ご苦労であった。」


 「はっ。ありがたき幸せ。」


 「しかしこの内容。にわかには信じがたいな。」


 「王よ!確かに骨董無形と思われても仕方ないかと存じますが決して嘘ではございません。」


 「誰も信じないとは言っておらん。お主が嘘をつくような人間ではない事は良く知っておる。……宰相よ。どう思う?」


 「そうですな……。敵の狙いが口封じだけならば旅の間に始末するのが道理。それをしなかったとあればこの国自体を狙うのは十分に考えられるかと。」


 「そうであるな。……よし!ユイナも時期に戻るのであるな?」


 「はい。」


 「ならばその時までは市民に知らせずに警戒をするようにしよう。騎士達の巡回を増やし見慣れぬものへの声かけを徹底せよ。」


 「かしこまりました。それでは失礼します。」


 ガストンは踵を返し謁見の間より退室した。


 ガストンの采配により物々しくならない程度に騎士の巡回が増え取り締まりが行われた。



 ◇◇◇ユイナside◇◇◇

 「ユイナ様。明日中にはユータランティア国へ到着します。」


 「そう……わかった。」


 ユイナは食事も喉を通らず覇気もなく、泣いて過ごす事も多い為に目も腫れぼったく、どこか萎れたような印象となってしまっていた。


 「ユイナ様、僭越ながら申し上げます。」


 「何?」


 「このままでよろしいのですか?このままですともうイクト様にお会いになる機会は無くなってしまいますよ?」


 「けど……」


 「城に戻る前に!イクト様と話しておかないと!会う事も出来なくなりますよ!」


 そうだ。ファナの言う通りだ。城にイクトが来る事は出来ない。

 そして私も城を抜け出してイクトに会いに行く勇気はないだろう。

 このままで良いの?ユイナ ユータランティア。


 「良いわけがない!イクトと会えなくなるなんて良いわけがない!ファナ!」


 「まずは食事を。それから髪を整え用意をします!」


 ユイナは鏡を見た。


 「酷い顔。イクトとたった数日すれ違っただけでコレだものね。」


 「そうですよ。このままではユイナ様がイクト欠乏症で死ぬのではと思いましたもの。」


 「そうね。こんなのは私らしくないわよね。」


 「はい。2度とイクト欠乏症にならないようにイクト様としっかりと話をして下さい。」


 「わかったわ。どういう結果になるか不安だけど、このまま何もしないよりかはマシよ!」


 「その意気です!頑張りましょう!そして再びイクト様に惚れてもらうのです!」



 「イクト様。少しよろしいでしょうか?」


 「何かイクトに用ネ?代わりに私が聞くネ。」


 イクトの元へとやってきたファナ。その姿にヤオは敵意を剥き出しで対応する。


 「……イクト様。戻る前にユイナ様と話してもらえませんか?」


 「それは……護衛の依頼の範疇でしょうか?」


 「違います。違いますが、ユイナ ユータランティアとしてではなく、ユイナとしてイクト様と話をしたいそうです。」


 「ユイナとして……。」


 「駄目ヨ。駄目ったら駄目アル。行ったら駄目アル!」


 「イクト様。どうかお話だけでも。」


 ユイナにはユイナの事情があったのだろう。ここ数日で考え出た結果だ。


 「ヤオ……ごめん。きっとユイナに会うのはこれが最後になる。今日を逃せばもう2度と会う事は無い。だからこそ知っておきたいし、それに今の僕が有るのはユイナのおかげだから。お礼は言っておきたい。」


 「……わかったネ。本当は嫌だけど!嫌だけど……仕方ないネ。」


 「ありがとうございます。」


 ファナは深々と頭を下げた。



 ファナに促されるままに馬車へ乗り込む。中ではユイナがドレスで着飾り待っていた。


 「イクト……」


 「ユイナ……綺麗だよ。」


 「ありがとう。」


 ユイナの目は赤く腫れている。おそらく泣いて過ごしていたのだろう。

 そう思うと胸が痛む。


 「イクト、痩せたね。」


 「そう言うユイナだって。」


 「そうね。お互い酷い顔ね。……イクト。もう今さら言い訳をするつもりは無いわ。どういう結果であろうと受け入れる。でもねこれだけは言わせて。私もイクトとの結婚を夢見てた。」


 「うん。そうだね。今までのユイナが僕にしてくれた事を考えるとそうなのだろうとは思った。」


 「ねえ、イクト。ごめんね。」


 「僕の方こそごめん。」


 「何が駄目だったのかな?どうしたら良かったのだろう?」


 「分からないよ。もし前から知っていても僕は身分の壁を越えられない。」


 「そうね。そうならないように言わなかったのだもの。」


 「ごめん。平民の僕には王族の壁は高すぎる。」


 「そうよね。イクトは頑張ってくれたわ。何も言わない私に不信感も持たずに信じて努力してくれたもの。」


 「けれど結局は僕にはどうする事もできなかった。」


 「私を連れて逃げて。」


 「……駄目だよ。王族を連れて逃げるなんて僕には出来ない。」


 「うん、知ってる。これは最後の手段として私が考えていた事。イクトがそれを出来ない事は分かっていたわ。」


 「ごめん。」


 「ううん、私こそごめんね。今まで付き合わせて。」


 「そんな事ないよ。ユイナがいたから僕は頑張ってこれた。ユイナのおかげで今の強さを手にしたんだ。……今までありがとう。」


 「うん!」


 ユイナの目から涙が溢れる。そのユイナをイクトは抱きしめた。

 イクトの胸の中でユイナは言う。


 「イクト。最後にお願い聞いて欲しい……」


 「僕で出来る事なら。」


 「私に……私にイクトの証を残して。」


 「証?」


 「私の初めてをイクトがもらって……」


 そう言いユイナはドレスをはだけさせ、その胸を露出させた。


 「ユイナ……」


 「イクト……」


 2人の顔が近づき唇がふれ合う。最初は優しく。段々と激しくキスをした。


 「イクト……好きよ」




 ーーーーーーーーーー

 「ファナアルか?」


 馬車の外ではヤオが聞き耳を立てていた。そこに現れた気配。

 ヤオの前には剣を携えたファナの姿。


 「物騒アルな。」


 「あなたを相手する可能性があるので。」


 「そうアルか。」


 「しかし意外ですね。」


 「何がアル?」


 「てっきり乗り込むかと思ってましたが乗り込まないので。」


 「そうネ。乗り込むつもりだったヨ。けれど別れの覚悟を決めた想い出作りを邪魔する程野暮な事は出来ないアルよ。」


 「そうでしたか。」


 「それよりもファナは構わないアルか?王族であるユイナの婚前交渉。問題にならないのか?」


 「問題ありません。私はユイナ様の望みを叶えるのであって、そこに王族うんぬんは関係無いのです。」


 「そうアルか。なら良いアル。」


 「……イクト様の隣にあなたが居てくれて良かった。」


 「何ネ?いきなり。」


 「私はユイナ様に忠誠を誓った身。こんな時はどうしてもユイナ様を優先します。」


 「ふーん。」


 「だからといってイクト様を気にしない訳ではありません。イクト様がユイナ様同様に日々やつれていっているのも知ってました。でもあんな状態のユイナ様から離れる事は私には出来ない。……あなたが、ヤオがイクト様の心をを守ってくれて助かりました。」


 「別にそれほどの事じゃないアル。」


 「いいえ、あなたがいなければイクト様の心はきっと壊れてしまっていた。……本当にありがとう。」


 「私は私のしたいようにしただけアル。礼を言われるような事じゃないネ。」


 「そうですか。しかしこれも意外でしたが。」


 「これ?」


 「はい。ヤオがイクト様に対して好意を持っているのは知ってました。しかしそれをイクト様に伝える真似はしないものだと思ってましたので。」


 「それは……その通りネ。元々イクトに対して言うように好意を持てたネ。けど師弟の関係からはみ出るつもりはなかたヨ。」


 「そうですね。それは見ていて分かりました。」


 「やっぱりバレてたアルか。そんな気はしてたアル。」


 「それが何故?」


 「今のイクトを見ていられなかったアル。ひび割れたガラスのように今にも壊れてしまいそうなイクトを。守って癒して挙げないと。そう思たネ。」


 「おかげで助かりました。」


 「……イクトがどう決断するかは分からないアル。けどもう自分に素直になるネ。イクトは譲らないネ。私のモノにするアルよ。」


 それを聞いてファナは優しく微笑んだ。


 「イクト様をお願いします。」


 「まだ分からないネ。」


 「分かります。だって長年ユイナ様にイクト様の事。をずっと見守り続けてきたんですもの。イクト様がどう決断するかはもう分かってます。」


 「そういうもんネ?」


 「ええ、そういうものです。どうかイクト様の事、よろしく頼みます。」


 「……分かったネ。」


 「はい。では……」


 そう言うとファナは去って行った。

 馬車の中からは甘ったるい声が漏れ聞こえていた。

 それがヤオには何故か切なくて悲しい声に聞こえていた。

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