第32話 心の傷

 村での出来事を報告するだめにヒュストブルクへ騎士を派遣する事となり人数が減ってしまったがその後の旅路は順調だったのだがイクトとユイナの問題は解決の兆しもなく旅を続けていたのだった。


 「このまま言わないでいるのも問題あるよな……。」


 イクトは出会った老人の事を誰にも話していない。

 あの状況で変な老人に会ったと言って誰が信じると言うのか。


 「けど、ユイナならちゃんと聞いてくれるだろう……。」


 敵だと明確に名乗り更には殺す為の準備をすると言っていた。

 

 いつか必ずやって来る。


 それがいつかは分からないがそんな予感をイクトは感じていた。



 イクトはヤオと共にユイナの馬車を訪れ扉をノックする。

 少しの間を置いてから


 「はい……」


 返事がきたので扉を開けると


 「え!?イクト!?」


 中ではユイナが今までは見た事もない様子で慌てていた。


 「どうされましたか?」


 少し警戒をした様子でファナが聞いてきたので、


 「少し話しがあってね。」


 「それは何のけ」


 「村での戦闘の事です。」


 ファナが言い終わる前にイクトは答えた。


 「何か問題でも?」


 「少し気になる事があったので。」


 「気になる事ですか?」


 ファナはヤオの方を見てみた


 「私も知らないアル。聞いて欲しい事があるから一緒に来て欲しい言われたアルよ。」


 ファナは疑問に思いながらもイクトとヤオを招き入れた。

 中は存外広く、テーブルや椅子。そしてベッドやキッチンまで備え付けて有りこの馬車の性能の高さが思い知らされる。


 イクトとヤオは促されるまま椅子に腰かけ、その対面にユイナとファナが座る。

 が、ユイナはどこか居心地が悪そうにソワソワしていた。


 「それで話しとは?」


 そんなユイナの様子からファナが取り仕切り話しだす。


 「報告が遅くなった事をお詫びします。戦闘中の事なのですが謎の老人に遭遇しました。」


 「謎の老人?村人ではなくて?」


 「はい。その老人は男が飲み込んだ赤い石の事だと思うんですが、それを人造ダンジョンコアと呼び私の研究成果だと言っていました。」


 「人造……ダンジョンコア……」


 「そんなまさか……ダンジョンコアを造ったと?」


 「魔物を生み出すしか出来ないけれど。とは言っていましたが。」


 それだけでも十分な脅威だと言える。アレをその男は再度引き起こせると言うのか?


 「そして生き延びられるとマズイようで切り札を用意する。とも……。」


 あの村から出てもうだいぶ経過している。その切り札を用意するのにどれだけ時間がかかるかは分からないがすでにユータランティア国の近くに来ているのだ。


 「その男はどうしたの?」


 「それがまるで何も居なかったかのように姿を消してしまったので……男が何者だったのかも全然分かりません。」


 「そう……。」


 村でアレを起こすような男だ。もしかすればユータランティア国をも滅ぼす気でいるのかも知れない。だとすれば


 「私達がユータランティア国に着いた時。そこを狙っているのかも知れませんね。」


 「それって……」


 「そう、ユータランティア国を滅ぼすつもりなのかも……」


 「ちょちょい!待つアル。話しが大き過ぎるネ。それに国を滅ぼすって何アルか?そんなたいそれた事が出来るとは思えないアル。」


 「その男が本当に人造ダンジョンコアを造ったならばまだ他にもあると考えても良いでしょう。あの魔物を吐き出し続けた男のような存在が複数現れるだけで国は大打撃です。」


 「それは……確かにそうアルね。」


 「ユイナ様、王に先触れを出しましょう。」


 「え!?いや、うん。そうね。」


 イクトを見つめていたユイナ。話しも聞いてはいたのだが心ここに有らずなのであった。


 「その可能性が有るって程度だとしてもいざ起きた時に準備をしているのとしついないのでは大きな差よね。」


 何とかそれを取り繕い発言する。


 「問題は誰が行くか。」


 「国王に会うとなるとそれなりの人物じゃないと取り次いで貰えないですね。」


 「冒険者である私やイクトは問題外ネ。」


 「私が行くわ。イクト、護衛してくれる?」


 これで2人きりで旅する事が……。


 「却下です。」


 すかさずファナ。


 「ユイナ様が護衛だけを残して先に戻るなんて緊急時以外あり得ません。ここはガストン様しかないですね。」


 「けどガストンだけが戻ってもお父様には会えないわよ?」


 「ユイナ様の書状を持てば大丈夫でしょう。」


 「う……確かにそうね。」


 イクトとの2人旅が……

 って違う違う。それよりも今はイクトとの関係を元に戻す事の方が重要よ。

 それが証拠にイクトは私の事を全然見てはくれないもの。


 「ただ、私の書状だけじゃ弱いわね。せめてその赤い石があれば良かったのだけど。」


 男が飲み込んだ赤い石は結局見つからなかった。力を使い果たすと消えてしまうのか、それとも単に見つけられなかっただけなのかは分からない。


 「そうですね。けど何もしないよりかは。」


 「そうね。そうしましょう。私は書状を書くわ。ファナ。ガストンを呼んで来てくれる?」


 「かしこまりました。」


 先程の内容を話すとガストンは快く先触れを引き受けた。


 「あの時にそのような事があったとは……。その老人は何者でしょうな?」


 「タイミングを見ればヒュストブルクの者の可能性もあると思うけど、」


 「ヒュストブルクの?ああ、確かにカスウェル様とユイナ様の婚約を良しとしない勢力があるやも知れませんな。」


 ガストンはああ言ってるけど、カスウェル本人なのよね。きっとあの晩の事を覚えていてその証拠を消したいのだと思うわ。


 「大国ですものね。様々な派閥もあるでしょう。」


 「そうですな。それではしかと承りました。」


 ガストンは一礼をすると足早に出て行き1足先にユータランティア国へと向かった。


 「……あのね、イクト。」


 「何でございましょう?ユイナ姫。」


 イクトの物言いにショックを受けるユイナ。


 「ごめんなさい。騙すつもりじゃなかったの。ただ……」


 「大丈夫です。ユイナ様には大変良くして頂きました。なのにそれを、ユイナ様の身分を怨むなど愚かしい事です。」


 そう言うイクトの顔はまるで苦虫を噛み潰したようだ。

 イクトの気持ちが痛い程よく分かる。


 心が痛いね。無理しているのがよく分かるよ。気持ちに整理をつけようとしているのだね。

 今すぐに抱きしめたい。

 「そんな必要はないんだよ。」

 そう言って抱きしめてあげたい。


 けれどそれも拒絶されてしまいそうで恐い。イクトの目がいつもの慈愛に満ちた目ではなく、どこか遠くを見てこっちの事を見ていない。

 そんな目をしている。

 目の前に居るのに私の事はきっと見ていない。


 自然と涙が溢れてきた。


 「ごめんなさい。」


 それだけを言うので精一杯だった。


 そんな様子を見ていたファナ。


 「申し訳ありません。とりあえず何かあれば呼びます。お引き取りを。」


 「はい……。」


 イクトとヤオは馬車から出て行く。


 中に残されたユイナとファナ。


 「……辛いわね。はっきりと拒絶されたらと思うと言葉が出てこないわ。」


 「ユイナ様……」


 「どうすれば良いのかしら……。元に、元の関係に戻りたいよ……」




 「イクト、らしくないアルよ。」


 「そうですね。僕もそう思います。」


 「私から見ていた印象だけど、ユイナもイクトの事を好きネ。」


 「僕もそう思います。」


 「だったらあんな態度はないアル。」


 「だけど、越えられない壁……身分の壁は消えません。」


 「それはそうアルが……」


 「ここでしっかりと気持ちを整理しないと。僕もユイナも現実を受け入れないと駄目なんです。」


 イクトのその表情は今にも壊れてしまいそうに儚げで思わずヤオは


 「イクト。……戻ったら一緒に旅に出るアル。別に戻る必要もないし、なんなら一緒に何処か別の街で暮らすアルよ。」


 「え……。そうですね。それも良いかも知れませんね。」


 イクトの心の傷を私が癒して埋めてあげたいネ。


 「私は……私ならずっと一緒にいてあげられるヨ。」


 もうこの想いは止められないアル。

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