第18話 チュウか料理
しばらく歩き店に着くとそこにはぼんやりと赤く光る丸い提灯がぶら下がり、扉の上には大きく派手な装飾の看板に彩菜飯店と大きな文字で書かれていた。
「変わった造りのお店ですね。」
「そうネ。この辺りでは珍しいネ。」
普通の店はこじんまりした看板があるだけでこんな主張の激しい店を見る事はない。
「この造りは西方の国の?」
「そうネ。私の故郷であるシャアロンの料理ネ。よく知ってたネ。」
「家業の関係でちょっと。食べた事はないので楽しみね。」
とユイナはニコッと笑った。
店に入ると早めに来たおかげか店内は空いていて直ぐに座席につく事が出来た。
店内にも至る所に提灯がぶら下がり異国情緒を漂わせている。
「まずは飲み物を先に頼むネ。2人は何にするネ?」
そう言いながらメニューを渡す。
「オススメって何ですか?」
「まあ飲みやすい方が良いだろうから桂花陳酒ネ。」
「ってちょっとヤオ!」
「何ネ?ティー。」
「けいかちんしゅ?それってどんな感じですか?」
「甘くて飲みやすいヨ。飲みやすいから飲み過ぎには注意ネ。悪酔いするヨ。」
「2人はまだ未成年よ。」
「え?ティーがそんなのを気にするなんてあり得ないアルよ。」
ヤオが驚きのあまり目を見開いている。
そんなヤオを見ながらティーダは
王族にこんな所でお酒を飲ませるなんて不敬罪で捕まって死刑になるわよ!私はまだ死にたくはないんだからね。
「お茶が無難じゃない?」
「いえ、せっかくなのでけいかちんしゅ?というのを頂いてみます。ね?イクト。」
「え?あ、うん。あ、でもやっぱり僕はお茶にしようかな……。」
「せっかくだから一杯だけ飲んでみようよ。ね?イクト。」
そして酔った勢いで……。せめてキスくらいはしたい。
「うーん、まあそうだね。せっかくだし僕も飲んでみるよ。」
「なら決まりネ。」
それを見計らったかのように店員が来た。
「桂花陳酒のロック2つといつもの2つ。」
「グラスは?」
「いつものネ。」
「はい。分かりました。」
そう答えると店員は奥へ消えて行った。
「来るまでに食べ物どうするか決めるネ。何かリクエストはあるカ?」
「リクエストと言っても何がなんやら……。」
メニューを見ながらイクトが困惑する。
「なら私が適当に頼むネ。それでいいか?」
「はい。お任せします。」
店員が飲み物を運んで来るとヤオが何種類かの注文をオーダーした。
「それじゃ乾杯といくネ。イクトの初討伐を祝して乾杯ネ!」
カチンとグラスを鳴らす。そして皆がそれぞれの飲み物を口に含むと
「甘くて飲みやすい。」
ユイナが口元を押さえながら呟いた。
「だからこそ飲み過ぎて潰れるネ。これでも酒精は強いヨ。」
「そうなんですね。気をつけます。」
とは言え私は王族として粗相の無いように鍛えているので簡単には潰れないけど
そう話している内に次々と料理が運ばれて来る。
「凄く早いですね。」
「そうネ。シャアロン料理は火の魔石を使って一気に調理するから提供が早いのも売りネ。」
「火の魔石を!?」
一般的には普通の魔石を使い魔道具のコンロを作る。ヤオの話しによるとシャアロンでは火の魔石を使ったコンロが普通なのだそうだ。
「流石は火の魔石の産出国ね。」
料理に舌鼓をうちつつもお酒が進む。ヤオもティーダもすでに3杯目だ。
「そう言えばヤオさんはシャアロン出身なんですよね?」
とユイナ。
「そうアルよ。」
「だったらチュウカ料理ってご存じない?趣味で色々な料理を調べているのだけどチュウカ料理だけは見つからないのよ。」
「チュウか料理アルか?何でそんな下卑たものを?」
「下卑たものなのですか?」
「そうアル。知らないアルか?」
「はい。」
「元々はシャアロン料理を中華料理と呼んでいたらしいヨ。これは転移者がその名前で伝えたからネ。」
「転移者が?」
「そうネ。けれどそれが時間が経つにつれて意味合いを変えてしまったネ。」
「意味合いをとは?」
「チュウか料理、キスか料理かって意味に。」
「え!?」
「これはシャアロンのとある店にて行われた行為が原因ネ。その店はいわゆる大人の男性向けの店で店員の女の子が客に問題を出してその正解者にチュウか料理を選ばせたそうネ。」
「はあ!?何ですかそれは!?転移者の文化は大切に保護されるはずです!それがそんな行為で名前を変える事になるなんて!」
「そうネ。本来ならばその行為をした人物は極刑ネ。けど、そうはならなかった。」
「何故です?あり得ないですよ。」
「その行為を行ったのが転移者本人だから。」
「は?」
「本人がチュウか料理を提案しそれが行われたネ。そして中華料理と区別するのにその土地の名前であるシャアロン料理にすると決めたネ。これはシャアロンでは有名な話しヨ。けれど他には恥だとして伝えてないネ。」
「そんな経緯が……。」
「だから厳密に言えばチュウか料理も転移者の文化として保護対象ヨ。そうはなってないけどネ。」
「それにしてもチュウか料理ですか……」
ユイナの視線はイクトの口元に釘付けだ。
「やって……みない?」
「へあ?」
ユイナの発言にイクトは驚きの声をあげた。
「ねえ?イクトは興味ない?」
「いや、それは……」
自然とユイナの唇へと視線がいってしまいそうになり慌て視線を逸らすがそこには期待の眼差しでイクトを見つめるヤオとティーダの姿。
「あー、いや、興味と言うか何て言うかそのー、あの、あれ、やっぱ駄目でしょ?そんな口づけをそんな簡単に」
「それじゃやってみるネ。」
言い訳を始めたイクトに有無を言わせずに始めようとするヤオ。
「けどこの場合はどうする?イクト君に問題を出してもらって私らが答える?」
「それしかないアル。そうしないとイクトだけが答える事になるネ。」
「それだとイクトだと無難に料理を選ぶわね。」
「それじゃ面白くないアル。ここは私らが回答するネ。だからイクト、問題だすネ。」
「え?いや、あの……」
「何でも構いませんよ?」
「そうよ、イクト。軽い気持ちで出せば良いんだから。」
イクトの出す問題。これは幼馴染みの私には有利なはず!イクトとのキスは私が頂くわ!
「やっぱりやめとかないかな?こういうのは良くないよ?」
「そうかしら?転移者様が伝えた文化の1つ。それがこんな気軽に体験できるなんてなかなか無いわよ?」
「え、そうかな?」
「そうアルね。転移者が伝えたとされるこのシャアロン料理もこの辺りではこの店だけネ。なかなか体験する機会は貴重アル。」
「そうですよ。それにイクト君は若い。今の内に色々な事を経験しておかないと。」
「それにイクトは問題を出すだけ。それで体験できるのよ?」
私とのキスを
「そうなのかな?うーん、それじゃ問題を出すね……僕の今のランクは?」
「Fランク!」
「ティーさん、正解!」
「やったー!」
って違ーう!ノリと勢いで答えちゃったけどこれ答えたら駄目なヤツ!
ああ!ユイナ様の目が恐い!こっちを見てる目が恐いの!
「正解者以外が一斉にチュウか料理って聞くアル。せーの」
「「「チュウか料理?」」」
ヤオの大きな声に隠れて恥ずかしそうなイクトの声に小さな声だがどこか怨念のこもった声のユイナ。
「え~と、……料理?」
「料理!?こういう場面でティーが料理を選ぶアルか?あり得ないアル。」
「そんな事ないわよ!私だって相手は選びます!」
「あ、そうですよね。僕なんかじゃ……」
「って違う。違うのよ。イクト君が嫌とかじゃなくて」
「ならチュウにするネ?」
「あーもう!料理ったら料理!さすがにイクト君の年齢をね?考えるとね?歳の差が……。」
「そんなに離れてます?僕はてっきりティーさんは二十歳くらいかと思ってました。」
あーもう!何て嬉しい事を言ってくれるかな?もう本当、ユイナ様がいなければチュウを選らんじゃうよ。
「ふーん、まあ良いアル。ならイクト。ティーに料理を食べさせてあげるネ。」
「え?」
「あーん、とするネ。」
「ああ、なるほど。それくらいなら。ティーさん、どれにします?」
「イクトが選ぶヨ。」
「それじゃあこれで。」
イクトは1口大の甘酢のかかった肉団子を選びフォークで刺すと
「それじゃティーさん、あーん……」
その言葉にティーダは素直に口を開けてイクトの手により口にモノをいれる。
これくらいの役得なら許されるよね?ユイナ様の圧を感じるけど、これくらいならまだ……
って役得って何!?私もイクト君をそんな目で見てるって事?
いやいや、違う違う。そんな訳ない。ないはずだ……。
「どうしました?ティーさん。」
「え?ああ、ごめん。何でもないわ。」
そう言いながら目の前につきだされた肉団子を一口で頬張った。
「うん!イクト君に食べさせてもらうと余計に美味しいわね。」
「そうですか。それは良かった。」
そう言って微笑むイクト。それを見てはキュンと来るのと、背後からの視線の圧を感じて寒気が同時に来た。
ユイナ様、恐いです……。
「さあ、仕切り直しアル。イクト、次の問題だすネ。」
「え?」
「1問だけで終わる訳ないネ。まだまだやるアル。」
「そうなんですね……てっきり終わるかと……。」
「駄目アル。負けたまま終われないアル。」
「それはヤオさんの勝手じゃ……」
「やるわよ!イクト!」
「ユイナまで……」
ユイナは僕が他の人とキスをする事になっても何とも思わないのかな……
「次こそ負けないんだから!」
積極的な2人と勝った事で消極的なティーダの温度差が激しいが、勢いに押され
「それでは問題。初の討伐依頼。何討を伐「ゴブリンネ!」」
イクトが言い終わる前にヤオが叫んだ。
「ヤオさん、正解です!」
「ッダラッシャーオラー」
謎の奇声をあげながらガッツポーズのヤオ。そんなヤオを絶望の眼差しで見つめるユイナ。
「それじゃせーの!」
「「「チュウか料理?」」」
「もちろん!チュ……」
ちょっと待つアル。師弟の関係で弟子にチュウってどうアル?今更ながらマズイ気がしてきたネ。
「いや、……料理ネ。」
「料理ですね!どれが食べたいです?」
「……ティーと同じヤツネ。」
「肉団子ですね。」
イクトは肉団子をフォークで刺すとヤオの元へと移動する。
「はい。ヤオさん。あーん……」
つきだされた肉団子を1口で頬張るとティーダが冷ややかな目線をなげかけ
「あんな事を言ってながら日和ましたね?」
その言葉に肉団子を何とか飲み込んでから
「流石に弟子とするのは気が引「次です!次こそは!」
ヤオの言葉を遮りユイナが叫ぶ。
「いや、もう終わりにしようよ?」
それに対してイクトがたしなめるように終わりを提案するが
「嫌よ。私だけ勝ってないなんて嫌だもん!」
ぷーっと頬を膨らましユイナが言うと
くっ!ユイナが可愛すぎる!直視出来ない!
思わず顔を背け
「それじゃ次の問題。」
「ちょっと、イクト君?終わらそうとしてたんじゃないの?」
「そうネ。急にやる気になってどうしたアル?」
言える訳がない。ユイナが可愛すぎるからだって。となれば問題を早く言って進めてしまおう。
「僕の戦闘スタイルは何でしょう?」
「魔法剣士!」
「え?魔法使いじゃないの?」
「格闘家(希望)アル。」
「ユイナ正解!」
「やったあ!」
大喜びではしゃぐユイナ。
「これで全員が1回ずつの勝利アルな。」
「そうね。これで公平よね。」
そうですよね?ユイナ様!
「さてそれじゃいくアル。せーの」
「「「チュウか料理?」」」
「チュウ!」
ユイナは迷う事なく答えた。それを聞いたイクトは顔を真っ赤にしティーダは狼狽え、ヤオは殺気立つ。
「この流れでチュウはないネ!ここは3人目も料理の流れアル!」
「あら?公平なるゲームでしょう?それの報酬でどちらを選ぼうと私の自由でしょ?」
「そうアルがここは空気を読む所ネ。」
「空気を読むならここはもちろんチュウでしょう。イクトもしたいよね?」
「あぅ、僕はその……。」
もちろんしたい。けれどやっぱりそれは時と場所を考えてしたい。ユイナがチュウを選んでくれたのは嬉しいし、それってつまり……とは思う。
「イクトもどうやって断るか困ってるネ!」
「そうなの?イクト?」
ちょこんと首を傾げてみせるユイナにドギマギしながら
「違う、そうじゃないんだ。僕ももちろんしたい!けれどそれってもっと大事にしたいっていうか、その……」
テンパったイクトが近くのグラスを手に取ると
「あ、それは…」
一気に中身を飲み干した。
「あ?」
イクトの視界が急にグルグルと回りだしまともに立っていられない。
「あちゃー、私のお酒を飲んでしまったネ。私のお酒は老酒と言って度数が高いネ。それをあんな飲み方すれば……」
言っている内にイクトが倒れ込む。それを片手で受け止め椅子へと座らせイクトの様子を伺うと
「これは駄目ネ。もうべろんべろんネ。……家まで連れて帰るネ。」
「お持ち帰り!?そんな事はさせません!」
「誰が私の家へ行く言うた!もちろんイクトの家ネ。」
「あ、そうよね。」
そこへいつの間にか姿を消していたティーダが
「イクト君お水飲める?なるべくお水飲んで薄めた方が良いから……。」
手慣れた様子で介護を始めた。それを横目に
「会計を済ませてくるネ。」
そう言ってヤオは席を離れた。
「……ユイナ様。残念ながら今日はここまでです。」
「そうね。分かってるわ。私もいい加減戻らないとマズイだろうし。」
そう言いティーダに金貨を2枚渡した。
「これで足りるかしら?」
「多すぎます。」
「余ったらイクトを送った後に飲み直しにでも行って頂戴。……その方が私も安心出来るから。」
「ああ、なるほど。ってユイナ様は?」
「私は……」
するとそこへヤオが戻って来た。
「それじゃイクトの部屋へ行くネ。」
ヤオがイクトを担ぎ上げた。
「よろしくね。」
「ん?来ないアルか?」
「行きたいのもやまやまなんだけど、そろそろ帰らないといけないの。」
「そうアルか。仕方ないネ。それじゃまた今度改めて飲みに行くネ。」
「え……?」
「嫌アルか?」
「ううん、そんな事ない。……けど良いの?」
「もちろんアル。これも何かの縁ネ。それに……」
ヤオの視線がイクトに向けられる。
「イクトとの付き合いは長くなる予感がするネ。だからアンタとも、ネ。」
「ユイナって呼んで。」
「分かった。ユイナ。私の事はヤオと呼ぶネ。」
「ありがとう。ヤオ。これからよろしくね。」
「ああ、こちらこそよろしくアル。ユイナ。」
「それじゃ私はそろそろ行くわ。……イクトをよろしく。」
「任せるアル。」
「酔ったイクトにイタズラしたら駄目だからね!」
「バッ!バカ!しないアルよ。師匠が弟子にそんな真似……。」
「ふふっ、……ティー、あなたも私の事をユイナって呼んでね。」
「分かりました。ユイナ。」
こういった非公式な場面ではそう呼べとの事ですね。
「その、今日は楽しかったわ。その、次も楽しみにしてる。」
「ユイナがデレたアル!」
「な!?違うわよ。……そんなにツンツンしてた?」
「まあ警戒されてる感はあったネ。それが素なら結構好きになれるかもアル。」
「っ!」
その言葉にユイナは顔を真っ赤にした。
「さて、いい加減イクトを休ませないと駄目アルな。」
「うん、イクトをよろしくね。」
「任せろアル。」
「寝てるイクトにイタズラしちゃ駄目なんだからね!絶対よ!」
「分かった。分かったアルよ。」
「それじゃまたね。」
「ああ、また。」
3人は笑顔で別れたのであった。
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