第17話 奢り

 ◇◇◇ティーダside◇◇◇

 「まさかこんな事になるなんて……。」

 ティーダの小さな呟きは幸いにして誰の耳にも届かなかった。


 時間は少し遡る。

 この日のティーダはウキウキで仕事にいそしんでいた。

 何故ならば


 今日はタダで酒が飲める♡


 そんなティーダに同僚が話しかける。


 「今日は何か良い事があったの?」

 「え、分かる?今日は晩に食事に誘われてて。」

 「え!?それってもしかしてデートのお誘い?ティーにもついに春の訪れ?」

 「あははは、違う違う。若い冒険者の子が世話になってるからって誘ってくれたのよ。」

 「えーでもそれってティー狙いもあり得るんじゃない?」

 「ナイナイ。あの子は好きな子がいるし、他に手を出すような子じゃないわ。」

 「えー、何だツマンナイ。なら単純にお酒か。」

 「そうよ。人のお金で飲めるお酒って何であんなに美味しいのかしら。」

 「ってあんた、年下の子の奢りなんだから気を使いなさいよね。」

 「大丈夫よ。まとまったお金が入ったばかりだから。」

 「いや、あんた……。まあいい何も言うまいよ。」


 年下の冒険者の奢りで遠慮しないなんて何て駄目な大人なんだろう。


 ティーダは同僚に憐れみの目で見られている事には気づいていなかった。


 そのまま時は経ち終業の時間が近づいた。


 「あ……。」


 ギルドの入り口にヤオが現れた。こっちが気づいた事を察知したヤオは軽く片手をあげた。

 ティーダの仕事が終わり次第に店へと向かう予定なのである。


 イクト君と一緒ではないのね。てっきり一緒に居てるかと思ってた。ならば後はイクト君が来て私の仕事が終わり次第向かえるわね。


 そう思っていると入り口から現れるイクトの姿と……


 「あれは……!?」


 慌てて口を押さえ辺りを見回す。幸いにして誰にも聞かれていないし、誰にも気づかれていないようだ。


 イクトと一緒に現れた者。髪型を変え服装も一般人に見える服装ではあるが見る者が見ればそれが高級品だと分かる装いをしている。


 ユイナ ユータランティア様……。

イクト君は何て人を連れて来てしまったのだろうか。


 さっきまでのお気楽にタダ酒と受かれていた自分を殴りたい。まさかの王女様と食事の席を一緒にする事になるなんて……

 このまま仕事が終わらなければ良いのに……。


 そんなティーダの願いも虚しく

 「おい、ティー。今日はもうあがって良いぞ。」

 「え?ギルマス?」

 「何だ聞こえなかったのか?今日はあがって構わない。だから早く行ってやれ。」


 何て事を言い出すかな?普段そんな事なんて絶対言わないのに何で今日に限って!!


 「しかしお前がな。冒険者に誘われてもそんな嬉しそうにしてた事ないのに。」


 しかももしかしてユイナ様に気づいてない!?ギルドマスターとしてどうなのよ?


 「イクトだっけ?ああいうのが好みだったのか。ヤオも一緒らしいけど頑張れよ。応援してるぞ。」


 死にます。そんな事をしたら間違いなく私は死にます。殺されます。私はまだ死にたくないです。


 「さ、後は他の連中に任せて行って来い!」


 そう言って背中を押し出された。


 「あ、はい~。それじゃお先に失礼しますぅ。」


 そう言いながらボソッと

 「まさかこんな事になるなんて……。」

 ティーダの小さな呟きは幸いにして誰の耳にも届かなかった。


 普段見る事もないような笑顔のギルマスの手前、何とか勇気を振り絞ってイクトの元へと向かう。


 するとそこでは笑顔だが目の笑っていないユイナの姿と、どこかギスギスした雰囲気のヤオが待っていた。


 「ティーさん。もうあがって大丈夫なんですか?」

 「あ、はい。ギルマスから行って来いと言われたので大丈夫です。」

 「何か顔色悪くないですか?大丈夫です?」

 「あはは、大丈夫。ちょっと緊張しちゃって……。」

 「緊張?」

 「こう見えて私人見知りなんです。」


 ギルドの受付がそんな訳ないだろ。

と自分でも思ったがそれを貫き通す。


 「そちらの方もご一緒にですよね?」 

 「ああ、はい。彼女は僕の幼馴染みのユイナ。人数が多い方が良いかなって思ったのですがそれは申し訳ない事をしました。」


 嗚呼ああ!やっぱり行くのね?ユイナ様も行くのね?ここまで見送りで去る訳ではないのね?


 「いえいえ大丈夫ですよ。」

 「初めまして。ユイナと言います。」

 「初めまして。ティーダと申します。とてもお綺麗な方ですね。」

 「ありがとうございます。そう言うティーダさんもとても可愛らしいですね。」


 笑顔なのに目が笑ってない!怖い怖い怖い怖い!きっとイクト君と食事に行く事を怒っているに違いない。


 そうだ!届け!私の想い!


 (私が行くのはイクト君とヤオを2人きりで行かせない為であって決してやましい気持ちでは!)


 必死に目で訴えかける。


 (本当にそうかしら?)

 (本当です!ユイナ様の事情を知る私がイクト君にどうこうする訳がないじゃないですか!)

 (分かりました。それを信じましょう。)


 この間約2秒

 ユイナがニッコリと笑い

 「ティーダさんとは仲良く出来そうね。」


 通じた!私の想いが通じたのね!さっきまでの恐さが消えた!


 「ティーと呼んで下さい。親しい人はそう呼びます。」

 「そう?ならティーさん。私の事はユイナと呼んで欲しいわ。」


 (決して様をつけないように!)


 「分かりました。ユイナさん。」


 内心は冷や汗まみれのティーダだが1番の懸念材料が解消されてほっとした。

 

 そのやりとりを見ていたイクトが

 「お互い挨拶も済みましたし行きましょうか。それでティーさんかヤオさん。オススメのお店って有ります?僕達はまだ未成年だからお酒の美味しいお店とか分からないんですよ。」

 「あー、そうね。それなら……」


 問われたティーダは何気に答えてしまい後悔をする。


 しまった!ユイナ様を連れて行くのに相応しい店ってどこ!?

 変装して隠しているとは言え王族。ヘタな店には行けない。かと言って高級店に行くとイクト君の奢りなのにと思われる。

 これはもしかして……詰んだ?


 「何を悩んでいるアルか?ティーの行きつけの“バッカス”に行くものと思ってたヨ。」

 「いやいやいやいや、あそこは駄目でしょ。」


 あんな呑兵衛のんべえだらけのガラの悪い店に王族を連れていける訳がない。


 「何故アルか?」

 「いや、それはえーと……そう!今日はイクト君達がいるのよ?あそこは騒がしすぎるわ。」

 「そうアルか?ティーならバッカス1択だと思たアル。」

 「失礼ね。私だって他の所にも行くわよ。」

 「そうだったアルか。それは知らなかったネ。」


 とは言え私じゃ色んなしがらみで店を選ぶなんて出来ない。ここは


 「ヤオはどこが良いと思う?」

 「そうネ……。確かに少し落ちついた店の方が良いアルね。2人はどんなものでもが食べたいアルか?」

 「僕はどうせなら変わった物とか食べてみたいかな。値段もある程度高い店でも構いません。」

 「私は何でも構いません。」

 「それならそうネ……。私の郷土料理を出してくれる店“彩菜飯店”なんてどうアルか?」

 「良いね!そこにしましょう。そうしましょう!」


 あそこならば値段もそこそこだし、雰囲気も悪くない。ナイス選択だわ!


 「どんな所へ行くのか楽しみだわ。」


 とユイナは純粋な興味からそう言ったのだがティーダには死刑宣告であるかのように聞こえていた。

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