第28話
ここで嘘を言っても仕方がない。
私は訳も分からないままに真実を話す。
「この辺りの領主の館です。森を抜けた町の……」
「そこでエスターって娘に買われなかったか?」
またこの話?
私が肯定するとでも思っているのか?
バカらしい。
「いいえ。なにを言っているのです?エスターという女性に覚えはありません。それにお気付きではないようだから話しますが、先程から随分失礼な事を仰っていますよ」
「そりゃ気付いてるさ。でも真実だからしょうがない。あんたはエスターって領主の娘を抱いた。随分可愛がったらしいな。あんたがいなくなってからもずっとあんたの事を想っていたらしいぞ」
そう言えばそんな名前だったかもしれない、と思いながら、私は首を傾げた。
「想い続けて頂いたとは光栄な事ですが、私は歌を歌っただけです。しかも彼女の為にではなく、お集まりになった皆さんの為に歌ったのです」
私の反論はライリーの耳に入らなかったようだった。
表情一つ変える事なく口を開く。
「そのエスターが、数ヶ月前、死んだ」
「え?」
「彼女を起こしに行ったメイドが見付けた。彼女は全裸で、男の欲で体中を汚され死んでいた。恐らく本人は死んだ事に気付いてなかっただろうがな。とても満ち足りたような顔をしてたんだそうだ。絶頂の最中に死ぬなんて、ある意味幸せな逝き方だ」
「それは………言葉がありませんね」
私は頭を振った。
あの時失神したのは気付いていたが、まさか死ぬなんて。
私が帰る時は温かだったので、その後、逝ってしまったのだろう。
可哀想だとは思うが、私も殺そうとしていた訳ではない。
不幸な事故だ。
それにあのまま昇天できたのは、ライリーも言うように幸せだったのではないかとも思う。
今回の教訓は、溜まった欲を一晩のうちに吐くのは間違いだ、という事だ。
残念なのは、この教訓は今後活かす時がない、という事。
シャロンといれば、欲が溜まる事はない。
夜毎、心ゆくまで愛し合うのだ。
溜まる暇などあるはずもない。
もちろん、この場を上手く切り抜けられたとしての話。
目の前に座る男の考え一つに私の今後が掛かっている。
「それで………その娘さんの死が何だというのです?」
「俺はその話を聞いて相手は狼男だと思った。彼女の遺体が見つかったのは満月の翌日だった」
「また狼男ですか?だいたい狼男は、満月の夜は狼に変身するのでしょう?」
私は呆れたような声を出した。
だがライリーは肯定した。
「あいつらは満月の明かりを浴びると変身するんだ。月の光のない所では人の姿のままだ。それに女をヤリ殺す事が出来る人間がそうそういる訳がない。彼女は健康な若い娘だった。普通の男なら相手の様子を見て加減もするだろうし、そもそも相手の体中に欲を吐くなんて複数ならまだしも、一人で出来るはずもない」
「では、大勢だったのでは?その娘さんが大勢を相手に淫らな行為に走っていたのかもしれないではないですか」
「かもしれん。だが、人が増えれば誰かに見付かる危険も増える。一人でって考えた方がすっきりするんだ」
「それはあなたの考えでしょう?」
「ぃや、エスターの家族もそう考えている。メイドや執事もな。まぁ、娘が大勢とヤって死んだってよりは受け入れやすいんだろうが………それだから誰が言いだしたんだか、あんたがその相手だって事になってる」
「は?」
私は目を丸くした。
本当に驚いたのだ。
あの時誰にも見つからなかった自信がある。
満月の日は昼間から感覚が研ぎ澄まされるから。
帰りも細心の注意を払って出た。
なぜ私の名が出たのだろう?
「まぁ、理由は単純だ。エスターが好いた男はあんただし、相手があんただったらエスターは抵抗もせずに体を開いただろうって。そんなとこだ。俺もそう思う」
「………呆れた。そんな理由で私を人殺しにするのですか?狼男と言う?馬鹿げている」
私は席を立った。
「帰ります。リュートを頂いたので失礼な事は出来ないと思い、お話に付き合ってきましたが限界だ。私の事を侮辱するだけして。もう二度と私の前に顔を出さないで下さい」
私はリュートを持って家を出ようと戸に向かった。
「待てよ」
「なんです?」
私は振り向いた。
目の前に革の袋が浮かんでいた。
二つ。
「それ、あんたのだ。俺があんたの懐から出して預かっておいた金貨。中身は抜いてないぜ」
忘れていた!
この男が私の金貨を盗んでいたのか!!
私はライリーを睨みつけた。
彼は杖を私に向けていた。
恐怖はなかった。
あるのは怒り。
「泥棒!あなたの方がよほど狼男のようだ!」
「あんたをシャロンの用心棒にしようと思ったんだよ。今ではその考えを後悔してる」
「私があなたの好きな女の恋人になったからですか?」
「いや。あんたが狼男だからだ」
「まだそんな事を?!」
「今回は見逃してやる。仕事でもないからな。でもこのままシャロンの傍にいるのなら、覚悟しとけよ」
私は革袋を乱暴に掴んだ。
どうにも腹の中が沸き立って仕方なかった。
この男が疫病神に見えて仕方ない。
シャロンとの穏やかな生活が、この男の所為で崩れるのか?
私はシャロンを失うのか?
絶対に嫌だっ!
「いい加減にしろ!シャロンにも二度と話しかけるなっ!!」
私は戸を開けて外に出ると、大きな音を立てて戸を閉めた。
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