第27話


ライリーはテーブルの上に杖を置いた。

私はそれを目の端に留める。


「獲物の名はディーンって言うんだが、そいつ、今から15、6年ほど前に男の子を連れて歩いていたそうなんだよ」


私は首を傾げた。

そうするしかなかった。

願わくば、どこかに隙を見付けられますように。

そう願いながら問う以外、私に出来る事はなかった。


「男の子………息子ですか?」

「ぃや、どうやら拾った子のようだ。ディーンはその子にリュートを教えていた。2、3年しか一緒にいなかったようだが、俺はその子が気になってなぁ」

「なぜ?」

「狼男が世話をするのは同族だけだから。つまり、その子は狼男だって事だ」


私はわざと苦笑した。


「やけにはっきりと言いますね。私は狼男の事はあまり知らないが、変わり者だったというその男が普通の人を連れて歩いた可能性もあるでしょうに」

「それはない。己の正体を知られるような事を、己からするようなバカはいない。狼男の事を良く知ってる俺でなくても分かる事だ」


私は、それもそうですねぇ、と同意するしかなかった。


「それで……その男の子が気になったあなたはどうなさったのですか?」

「そりゃ、もちろん探したさ。でも見付からなかった。時が立ち過ぎていたし、名前も顔も分からないのだから探しようもなかった」


ライリーはお手上げだ、とでもいうように肩を竦め、両手を広げた。

私は内心ホッとして、それでもそれを気取られないように表情に気を付ける。


「それは残念で……」

「でも、手がかりはある」

「え?」


私は私の言葉に被せられたライリーの言葉に驚いた。


手がかり?

名も顔も分からない、と言ったのに。


ライリーは、にやっと口元を歪めた。


「その子はリュートを弾く。相当の腕前だそうだ。歌も上手い。当時12、3才のように見えたというから、今の年は30前後。さらに………」


ライリーは私の目の前で指折りながらその手がかりを話す。

私はその指を見ながら、この男は私をどうするつもりなのかという事だけを考えていた。


「狼男の常として、女をたぶらかす能力に長けている………ぃや、とろかすのか」


ライリーは折った指を引っ込めて、テーブルの上に置いた。

すぐ傍に杖がある。


魔法で殺される時、どう感じるのだろう?


痛いのだろうか?

苦しいのだろうか?


ほんの半年前までは死にたい、と思っていたのに、今は生きたくて堪らない。

シャロンの傍で残りの人生を過ごしたい。


でもそれは。

この男がいる限り叶わないのだ。


一瞬。


本当に一瞬だけ。


殺そう、と思った。


だが、あの杖の前では動けない。

こうしてリュートを抱え、目の前に座る男の口からなにが飛び出るのかを待つだけ。

シャロンの柔らかな笑顔が目の前をよぎる。


シャロン、今すぐ君と愛し合いたい。


その瞬間、私には大きな切り札がある事を思いだした。


「つまり、俺は女にもてる吟遊詩人を片っ端から当たればいいんだ。あんたみたいな吟遊詩人をな」


私は目に笑みを浮かべた。


「それで……あなたの目に私はどう映ったのでしょうか?」


ライリーは肩を竦めた。


「さぁ………狼男は見た目じゃ分からん。ただ、ぴったりだ、と。正直に言えば、あんたしかいない、と。そう思う」

「これは困りましたね。私はこの数カ月シャロンと共に暮らしていますが、私は彼女を襲ってはいませんよ」

「らしいな。そこだけが解せない」

「だけ、ですか?」


私は問い返した。

それだけで十分なはずなのに。


普通の人は……魔法使いも“狼男は人を愛さない“と思っている。

狼男は残忍で、自己愛だけで生きている、と。

だから人から色んな物を……物や命だけでなく噛む事によりその人の運命さえも平気で奪うのだ、と。

そう思っているからだ。


そうであるならば、私がシャロンを襲う事なく愛情を持って接している事実だけで、全ての疑惑は払拭されるはず。

だがこの男はそれでも私を狼男だと言う。


何故だろう?


変身した姿を見た訳でもないのに、一体何処に根拠が?


「あぁ、だけ、だ。あんた、この村に来る前、何処で仕事した?」

「ここに来る前?そんな事を話す必要が?」


私は意味が分からず顔を顰める。

が、ライリーは真面目な顔をして頷いた。

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