22. 【ロークスユルム】めでたしめでた……しぃ!?!?

「ということで、この大軍を生み出す魔道具をお渡ししておきますので、彼らが戦争したがった時には使ってあげてください」

「な……な……なんということだ」


 ホワイトは洞窟村の村長キノコをつれて、戦争を遠く離れた所から観察していた。


 稲穂軍の正体は、ホワイトが『沢山穴が開いた小さめの球体型の魔道具』を使って生み出した魔法生物。


 クロ学園長が大量の魔法生物を生成していたのをヒントに、だったら人間っぽい軍隊を魔法で生み出して、ロークスユルム軍の相手をしてもらえば良いではないかと思ったのだ。


 迎撃戦が好きならば、他国に攻め入る必要はない。

 自国の中で勝手に戦争してくれれば他国は安心安全だ。


 ただしそれだけだとロークスユルム王国は変わらず、洞窟村に住んでいる人達のような不幸な人が生まれてしまうし、ロークスユルム王国側の死者や負傷者もなるべく出したくない。


「戦争以外の争い方を提示したらどうかと思ったら、思った以上にノッてくれてますね。これならいけるかも」


 命の奪い合いではなく、力比べ。

 もし彼らがそれで満足するようであれば、徐々に争いの方向性を変えて行くのはどうだろうか。


『はっはっはっ、その程度か』

『くっそー!次は絶対勝つ!』

『俺にもやらせろ!』

『俺が敵を討ってやる!』


 現地では誘いに乗った男達が戦争そっちのけで力比べをしている場所が何か所も生まれている。

 その新たな娯楽が周囲を巻き込むように広がっている。


『何をやってる!くだらないことをやってないで戦え!』

『うるさい!だったらお前がやってみろよ!』

『そうだそうだ!どうせ負けるからやりたくないとでも思ってるんだろ!』

『な……!良いだろう。だったら俺がぶっ倒してやるよ!』


 煽られるとついカッとなってしまう性格の男が多いのか、命のやりとりにしか興味がなく相手の誘いを断るタイプの人間もまた、敵と仲間の双方に煽られて新たな娯楽の虜になってしまう。


「命のやりとりと比べたら楽しさは小さいかもしれません。ですが、だからと言って勝負を挑まれたら無視できる方々でもない。今しばらくはこの方法を続けて徐々に新しい戦い方に遷移出来れば良いですね」


 いきなり戦争を止めて力比べだけをやりましょうと言っても不満しか出て来ないだろう。

 それほどに、感覚がひりひりする命のやりとりという快楽は中毒性がある。

 だからいきなりそれをゼロにするのではなく、徐々にその快楽を他の方向にも向けられるようにする。


 そうして長い時間をかけて、少しずつ国の意識を変えていけたら良いのではないか。


 今の戦場の様子を見ると、変化の可能性は決してゼロではないように見える。


「なんてお方だ。こんなとんでもないアイデアを思いつき、実現してしまうとは。しかも大量の兵士を生み出すだなんて魔道具をこんなにも早く作るとは。これがホワイト・ライスか」

「いやいやいや、いくらなんでもこんなに早く魔道具を作れませんよ。丁度別の用途で使えないかなってプロトタイプを作成してたので、それを改良しただけですって」


 街灯が魔道具で作られているように、この世界では魔道具がそこそこ普及している。

 ホワイトは魔道具の作り方についても師から叩き込まれていた。


 今回の魔道具はホワイトが言う通り、元々別の用途で作ろうとしていた物だった。

 魔法学園の生徒の訓練相手として大量の兵士や魔物を用意すれば役立つのではないかと考えていたのだ。それを少し調整して、相手を煽って力比べを誘ってくるような兵士を生み出すようにしたのだった。


「(こんな魔道具があったら他国へ侵略し放題だ。彼ならそんなことはしないだろうが、もしかすると彼は世界を滅ぼす程の力を持っているのかもしれないな。真っ当な感性の持ち主で本当に良かった)」


 魔力をこめるだけで大量の強靭な兵士が生まれる魔道具など、戦争に使えと言っているようなものだ。自国民を誰一人傷つけることなく相手を打ち倒すことが出来、魔力さえこめれば何度でも蘇るのだ。こんなに恐ろしい道具は無い。

 ホワイトが悪人であったならば、この世界はとっくに大混乱に陥っていてもおかしくないと分かり、キノコ村長は冷や水を浴びせられたかのような思いであった。


 そんな村長の内心を知ってか知らずか、ホワイトは魔道具についての注意事項を説明する。


「これを使うには全ての属性の魔力を出来るだけたくさん注入してください。洞窟村には人員が揃っていましたので大丈夫でしょう。それとこの国の中でしか使えないですので、外で使わないよう注意してくださいね」

「もちろんです!」

「(別に戦争に使うかもだなんて疑っているわけじゃないんだけどな)」


 本当に単に使い方を説明しただけなのだが、クギを指したかのように受け取られてしまったらしい。

 キノコ村長の顔がとんでもなく青褪めていた。


「あ、あの、これってもしかして他の国にも似たような物があるのでしょうか?」

「ああ、それは心配いりません。これは私にしか作れないものですので」

「そ、そうですか……」


 確かにキノコ村長が懸念する通り、世界中でこの魔道具が作られたとなれば戦争し放題だ。

 しかし今現在そうなっていないのは、作れるのがホワイトだけだから。


「(この魔道具は星属性の魔力を核としているから他の人は真似して作れないんだよね」


 それはつまりホワイトならばこの魔道具を使って他国を個人で攻めることが出来るということだが、そもそもこんな魔道具を使わなくても攻める手段などいくらでも持っているため、わざわざ使う必要が無いのであった。


「(せめて出現時間がもっと長ければ、国中に配置して魔物対策とか出来るんだけどなぁ)」


 今のところ長くて一時間程度しかもたないため、訓練以外に使い道が思いつかないのであった。


「ということでしばらくはこれを使ってみて下さい。時々メンテナンスに来ますので、力比べがあまり浸透してないとか、何かあればその時に教えてくださいね」

「は……はい。ありがとうございました!」

「いえいえ、お気になさらず……あ゛」

「ど、どうしました?」


 これでホワイトの仕事は終わりだと安心しようとしたのも束の間、嫌なものを見つけてしまってホワイトは思わず顔をしかめてしまった。


「すいません村長。少しの間、物陰に隠れていてもらえませんか?」

「はぁ……」

「ちょっとめんどうな人がこっちにやってきまして」


 遠く遠く離れた戦場から、一人が物凄い勢いでこちらに向かってやってきたのだ。


「みいいいつうううけええええたああああぞおおおお!」


 その人物はニクギュウ国王。

 楽しい楽しい戦争を放り投げてなおホワイトに執着するとは、余程気に入られたのだろう。


「どうしてこうなった」


 猛烈なアピールをしたわけでもないのに一方的に絡まれて迷惑千万だ。

 このまま魔道具をキノコ村長に渡して国外に逃げても良いのだが、ニクギュウはそれでも追って来そうな気がする。


「ここでなんとかするしかないかぁ」


 サンベールに迷惑をかけないためにも、これ以上付きまとわないようにしてもらわなければ。


「でもどうしよう」


 勝ってしまったら国王の座を譲られてしまうかもしれない。

 だからずっと逃げていたのだが、ここでホワイトは大事なことに気がついた。


「あれ?戦場から離れてるってことは、次の王は別の人になるんじゃ」


 戦争で一番活躍した人物が王になるのであれば、戦場から離れてホワイトに挑みに来ているニクギュウは脱落したようなものではないか。すでにかなりの稲穂兵を倒しているのかもしれないが、まだまだ稲穂兵は大量に残っているため、他の実力者がすぐにトップに躍り出てしまうだろう。


「つまり今なら倒しても大丈夫?」


 そうと分かれば話は簡単だ。

 遠慮なくニクギュウをぶっ倒して、戦争が終わるまで気絶してもらおう。


「ふっふっふっ、これでもうウザイのは終わりだ!」


 リング・コマンドを出現させ、どの属性魔法で倒してやろうかと考える。

 今ならここに辿り着く前に遠距離攻撃で潰せるだろう。


「よし決めた。雷属性で痺れさせてから……!?」


 その瞬間、ホワイトの表情が一変した。

 どう料理してやろうかとワクワクしているような笑みから、危機感溢れる真剣なものへと。


「これはまさか!」


 すぐ近くの何もない空間で魔力が異常な程に激しくうねり出したのだ。

 しかもそれは遠く離れた戦場で発散された魔力を引きこみ、濃密で巨大なものへと変貌する。


 魔物が出現する兆候だった。

 それもただの兆候ではない、とてつもなく強大な魔物が出現する兆候。


「戦場だけじゃない。この国に満ちた魔力を全て集める気か!?」


 それほどの規模の魔力を使い、魔物が出現するなど聞いたことも無い。

 ホワイトですら知らない現象だった。


「キノコ村長!逃げてください!出来るだけ遠くに!」

「え?」

「早く!」

「は、はい!」


 魔道具を抱えた村長は良く分からないままに走り出す。

 万が一にでもホワイトが苦戦するような相手だったら、キノコ村長の存在が枷となってしまうかもしれないからだ。


「ニクギュウ国王にも逃げてもらいたいけど、無理だろうなぁ」


 強い魔物が出現すると知ったら、喜び勇んで立ち向かいそうだ。

 かといって目の前で死なせるわけにもいかず、逃げろと説得なんか出来る気もしない。


「なんて罰ゲームだ!」


 だがそれでもやるしかない。


「というか魔物に気付いたあっちの人達もこっちに来ちゃうんじゃないだろうな!」


 だがそれでもやるしかない。


 あまりに面倒な状況にクラクラするホワイトの前に、魔力のうねりは最高潮に達し、まだ魔物が出現していないにも関わらず、空間の歪みという形でその異常が目視出来るほどになった。


「いやこれマジでヤバいかも」

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