14. まったく余計なことをしないでくださいよ

「体が足りない……」


 サンベール魔法学園の自室にて、ホワイトは頭を抱えて悩んでいた。


「サンベール周辺国の調査、サンベール国内の魔物退治、ここでの授業、生徒達との交流、リング・コマンドの普及、クラウトレウス王国の状況も調べておきたいし……ああもう、やるべきことが多すぎる!」


 これらが一か所に留まり対処可能なものならまだしも、現地に赴かなければ分からないことも多々あるのだ。特にサンベール周辺国の調査と、国内の魔物退治はホワイトが直接動かなければならない。

 しかし隣国潜入中にサンベール国内に魔物が出現してトンボ帰りなんてことになったら被害が出る前に間に合うかどうか分からないし、慌てて派手に動いて戻ったら隣国に再潜入するのも難しくなってしまうだろう。


「だからといってここで魔物を倒しきるのを待ってたら間に合わなくなるかもしれないしなぁ」


 すぐにでも戦争が始まりそうな雰囲気があると国王は言っていた。

 いつ出現するかも分からない魔物を待っているだなんて悠長なことは出来ない。


「それに学園の方も疎かに出来ないし、リング・コマンドを広めて魔法を使ってもらわなきゃならないし……はぁ」


 物事に優先度を設けようとも、いずれもそれなりに高いため選別するのも難しいのであった。


「よし、決めた!」


 悩みに悩み、どうやら方針を決めたらしい。

 そしてホワイトは学園長室に向かった。


「ということで、この子をしばらくここに置いて下さい」

「ひい!ど、どど、どういうことじゃ!?」


 クロ学園長がビビっているのは、ホワイトの隣にいる生物のせいだ。


 ホワイトと同じくらいの高さの巨大な狼。

 銀色の毛並みはさらさらふわふわで、触ったら間違いなく天にも昇る気持ち良さだろう。

 いきなり学園長室にやってきたかと思えば、巨大な魔物にも見える獣を紹介されたのだから恐れても仕方のないことだろう。しかもホワイトが連れているのだ、どう考えてもそこらの魔物よりも強いはずだ。


「安心してください。フェンは良い子ですよ。それに私と意識が繋がってますので、いざという時は遠隔で動きをコントロールできますし」

「ほ……ほう。ワシの魔法生物とは雰囲気が違うようじゃが、それも貴殿の魔法か?」

「はい」


 魔鳥と同じく、星造魔法で生み出した星座生物である。

 実体化させてあるので、本物の生物であるかのような質感だ。


「私がここを離れている間は、フェンに授業をしてもらおうと思ってます」

「授業じゃと?」

「ええ、流石に講義は難しいですが、実技なら可能ですよ」

「ほう、なるほどのぅ……」


 つまりは魔法を使った戦闘訓練にフェンを利用して良いということだ。

 ホワイトが生み出した星座生物ということもあり、かなり強いのだろう。


「手加減も出来ますし、相手の弱点を指摘してあげることも出来ますし、十分教師役をこなしてくれます」

「なんじゃと。便利じゃのう」


 後でこの魔法を教えて貰えないかと思う学園長であったが、残念ながら超レアな『星属性』魔力を持つホワイトのオリジナル魔法であるため、他人は使えない。後でその話を知りがっかりするのであった。


「普段は学園内で好きにさせておきます。たいてい木陰で寝ていると思いますが、好きに触れ合ってくれて構いませんよ」

「触らせても良いのか?」

「ええ、小さなお子さんとかがいれば乗せてあげても平気です。流石にここの生徒達だと重くて嫌がられると思いますがね」


 気性は大人しく、面倒見が良く、教え方が上手で強い。

 そのような性格をイメージして生み出したのだった。


「それでどうでしょうか」

「構わんよ。学園中に周知しておこう」


 最初の頃は恐る恐る、慣れてきたら大人気になるのだろうなと学園長は確信していた。

 その前にフサフサを独り占めしなければと思う大人げない学園長であった。


「じゃが、その子を用意するということは、しばらくここを離れる予定かね」

「はい。ロークスユルムに行こうかと」

「なるほど。戦争を止めに行くんじゃな」

「あそこが大戦のきっかけになりそうですからね」


 現在、サンベール王国へ戦争を仕掛ける気配がある国の中で、最も早く戦端を開こうとしているのが、サンベール王国北東部に位置するロークスユルム王国だ。

 ホワイトはフェンに学園を任せ、その戦争を止めるためにロークスユルムに潜入しようとしていた。


「ひとたび戦が起きれば、周辺国は合わせるようにして蜂起するじゃろう。確かに貴殿の言うとおり大戦のきっかけとなりかねん」

「なのでちょっとばかり殴り込みに行ってきます」

「ふぉっふぉっふぉっ、物騒じゃのう。じゃがあの国はそのくらいせんと止まらんじゃろう」

「戦争大好き国家だなんて迷惑な話ですよね」

「全くじゃ」


 ロークスユルム王国は帝国式のように周辺国家を吸収して大きくなろうとするのではなく、単に戦好きで周辺国家に何度もちょっかいをかける大迷惑な国だった。サンベールもこれまで幾度となくケンカを吹っ掛けられた。

 強くは無いためサンベール王国は大した被害なく無く追い返せていたが、今回は他の国からも攻められそうな状況であるため大軍を送るという訳にはいかない。負けることはないだろうが被害はこれまでより遥かに大きく、しかもそのタイミングに合わせ他の国々も攻め入り大混乱となることが想定出来る。


「ついでに今後は大人しくするよう話し合い・・・・もしてきますね」

「ふぉっふぉっふぉっ、それは良い。是非に頼む」


 単に今回の戦争を止めるだけなら、国境付近で強力な魔法生物でも出現させて脅かして帰らせれば良い。でもそれだとまたいつか攻めてくるだろうし、他の国に向かうかもしれない。

 それゆえホワイトは根本的に解決してやろうと考えたのであった。


「じゃが心配じゃのう。その間にサンベールに魔物が現れるかも知れん。最近出現したばかりだからしばらくは大丈夫じゃと思うが……」

「その点もご安心ください。フェンがいますから」

「そこまで強いのか。じゃがその子も魔法生物の一種なのじゃろう。魔法師殺しが連続で出現したとなると、次もその可能性があるじゃろう。それでも倒せるのかのう?」

「無理だったとしても引きつけることは出来ます。その間に私が戻ってきますよ」

「ふぉっふぉっふぉっ、なるほどそれなら安心じゃな」


 そもそも次もまた魔法師殺しが出現するとは限らない。

 もしも魔法が効く相手だったのならば、学園長をはじめとした魔法学園の教職員の力で退治できるだろう。フェンはそれがダメだった場合の保険なのだ。


「それじゃあ行ってきますね」

「ちょっと待つのじゃ」

「何か?」


 早速、国潰し、もとい、戦争を止める旅に出ようと思ったホワイトだが、学園長に呼び止められた。


「こんなタイミングで申し訳ないのじゃが、貴殿に手紙が来ておるのじゃよ」

「手紙?」


 学園長は机の上に置かれた一通の封筒をホワイトに差し出した。


「ちょうど今朝届いたもので、渡そうと思ってたのじゃが……」


 どうも歯切れが悪い。

 それにどうしてホワイト宛ての手紙を学園長が持っているのか。


「学園長は内容を知っているのですか?」

「うむ。ワシ宛ての手紙もセットでな。そこに概要だけ書いておった。ワシが問題ないと判断したのなら貴殿に渡すように、ともな」


 ホワイトにその手紙を渡すかどうかは学園長に委ねられていた。

 だから学園長は内容を知っているし、ホワイト宛ての手紙を持っていたのだった。


「なるほど、そうだったんですね」


 果たして誰からの手紙だろうか。

 学園長から手紙を受け取ったホワイトは差出人を確認して目を見開いた。




 コーン・スープ




 島でお世話になったスープ辺境伯からの手紙であったのだ。

 ホワイトは急いで封を開けて中身を確認する。


「…………はぁ」


 最後まで読み終えたホワイトは深い溜息を吐くのであった。


「どうするつもりじゃ?」


 そのホワイトに学園長が尋ねる。


「どうもこうも。こんなの放置ですよ」

「良いのか?親しいが呼んでおるのじゃぞ?」


 その手紙の内容は、ホワイトをクラウトレウス王国に呼ぶ内容であった。

 サンベール王国の魔法学園で教師として働いていることから、先に学園長に了解を取るべきと考え、ホワイトに直接では無く学園長経由になるよう送付したのだろう。


「気にしなくて良いです。どうせ私が島から出たらこまごまとした雑用をやらせたいと思っていたけれど、当てが外れたから一度だけ呼び戻して大きな仕事を一つだけやってもらおう、的な魂胆ですから」


 なんとスープの考えはホワイトにはバレバレであった。

 深い溜息は、スープの浅ましい意図を汲み取ってしまったから出てしまったのであった。


「そもそも本当に緊急だったら私に直接連絡してくるはずですからね。慌てる必要はありません。今はロークスユルムに行く方が遥かに大事ですよ」


 学園長はサンベール王国よりも、親しい人が住むクラウトレウス王国からの要望を優先すると思っていたのだろう。ばっさりと後回しと断じたことに驚いていた。


「じゃが向こうには彼女達がおるのじゃろう?」

「彼女達とは魔法学園で再会すると誓いました。今更こんな形で会ったところで、怒られるだけですよ」


 もちろんそれでも再会を喜んではくれるだろうが、約束をどうしても果たせなくなったならともかく、もうしばらく待てば約束を果たせる状況にも関わらず先走ってしまったとなれば、あれほどに大事な約束を軽んじてしまったと、気持ちに『しこり』が生まれてしまうかもしれない。


 彼らにとって約束はそれだけ重いものなのだ。

 そうでなければ彼女達はクラウトレウス王国など無視してとっくにサンベール王国までやってきているだろう。クラウトレウス王国の魔法学園が変わりつつあるという噂話はサンベール王国まで届いている。彼女達が頑張っていることが分かっている以上、ここでホワイトが日和って軽々しくクラウトレウス王国に戻るわけにはいかなかった。


「(とはいえ、戻らない訳にも行かないんだよな)」


 クラウトレウス王国の辺境伯家からの依頼を断ったとなれば、本人達が許しても周囲が何を考えるか。ホワイトと確執があるのでは、なんて噂でも流れてしまったらたまったものではない。ホワイトが望むのは、あくまでも家族・・まるごと世界中に祝福されて彼女達と結ばれることなのだ。


「(まったく、勘弁してくださいよ)」


 余計な仕事を増やしたスープ辺境伯に対し心の中で愚痴を言いながら、ホワイトは今度こそロークスユルム王国へと足を運ぶのであった。

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