13. VS巨大鰐と見せかけて実はリング・コマンド説明回
「相変わらずミットレッズ渓谷は壮大だなぁ」
眼下に広がる大地の亀裂は、視界に収まりきらない程に左右に広がっている。
渓谷内は暗い霧に包まれていて、空から底を確認することが出来ないところが不気味である。
「魔物を駆逐させ終わったら、ここも塞がるのかな」
世界が魔力を正しく扱えるようになることで、世界は広がって行く。
それと同時に大地に生じた様々な傷も修復されるのだろうとホワイトは予想していた。
「そのためにも、さっさと倒さないとな」
その第一歩として、出現した魔物をすぐに倒さなければならない。
ホワイトは魔鳥に速度アップを命じ、急ぎ現場に向かうのであった。
「あれか」
ホワイトがレイロンド湿原に到着すると、魔物はまだそこに留まっており人里には向かっていなかった。
「ほっ!」
ホワイトは魔鳥から飛び降りると、着地寸前に落下スピードが緩み、ふわりと優しく大地に降り立った。なお、魔鳥は霧散して魔力と化している。
「うわああああああああ!」
「おっと失礼」
どうやら丁度着地した付近に魔物の動向を監視している人がいたらしく、突然空から人が降ってきたことに驚き尻餅をついてしまっていた。
「驚かせてしまい申し訳ありません。私は王都から魔物の討伐に来たホワイトです」
「ホワイト……あ、ああ、あのホワイトさんですか。お噂はかねがね……」
ホワイトが差し伸べた手を取り立ち上がったその男性は、まだ驚きから立ち直れていないのかしどろもどろだった。
それもそのはず、魔物が襲ってこないだろうかと不安になりながら監視を続けていたところに、予想外の方向から予想外のことが起きたのだ。その驚きは簡単には治らないだろう。
「失礼ですが。あなたは?」
「ラッカス村で常駐騎士をしております。レンコンと言います」
どうやらこの男性が王都に魔物出現を報告したようだ。
ボロボロで錆びた装備を身に着けていて、騎士というよりも村の自警団と言った方がしっくりくる見た目だった。とはいえ出現した魔物が魔法無効であったり皮膚が固いという情報を伝えてきたことを考えると、実際に攻撃をしたはずだ。つまり挑もうとするだけの実力はあるのかもしれない。
「連絡ありがとうございました。後は私が対処しますから、下がっていてください」
「え?で、でもホワイトさんお一人ですよね?」
「はい。大丈夫ですよ」
「お手伝いしますよ?」
「ありがとうございます。でも本当に大丈夫ですから」
「はぁ……」
レンコンはホワイトのことを知っていたようだが、強さまでは知らないのだろう。
一人で対処すると言うホワイトの言葉を信じられない様子だが、相手の強さを知れば諦めるだろうと思い渋々引き下がることにした。空を飛ぶ魔鳥の姿を見ていれば、強さを信じられたかもしれないが、レンコン視点では突然空から降ってきた男でしか無いため、強さについてイメージが湧かなかったのだろう。
「魔物は巨大な
全長は十メートルはあるだろうか。
高さもホワイトの身長と同じくらいで、簡単に丸呑みされてしまいそうだ。
「というか、前回から一気に強くなりすぎじゃないか?」
この地域で出現した前回の魔物はクロ学園長を助けた時に倒した魔法師殺し。
二足歩行の爬虫類型魔物のラミーレアだ。
通常のラミーレアよりも体格が大きかったとはいえ、目の前の巨大鰐との差を考えると明らかに戦力差がありすぎる。
「いや待てよ。あいつまさか、周囲の魔力を吸収しているのか?」
その場に動かず目を閉じて寝ているように見える鰐を観察すると、湿地帯に充満している魔力を体全体で吸収していた。
「なるほど、それであそこまで大きくなったというわけか」
つまり出現した当初はもう少し小さかったのだろう。
「おっと気付かれたか」
鰐が突然目を開けて、ジロリとホワイトを睨んだ。
口元をホワイトの方に向けて臨戦態勢だ。
「じゃあまずは小手調べ、と」
ホワイトは体内から魔力ボールを取り出した。
するとお腹周りに、複数の魔力ボールがリング状に出現する。
その中から雷属性の魔力を選び、体内に収納する。
これこそがリング・コマンド。
これまでは体内に存在する特定の属性の魔力を使うことしか出来なかったが、リング・コマンドを使うことで複数の属性魔法を使うことが出来るようになったのだ。例えば幼いカレイは火属性魔法しか使うことが出来なかったが、幼ホワイトの治療により魔力ボールを分割し、火と水の魔法を使えるようになった。魔力を鍛えることで、沢山のボールを生み出し、様々な属性の魔法を使えるようになる。
つまりリング・コマンドの普及により、一人一つの属性しか使えないという常識が破壊され、誰もが複数の属性を使えるようになったのだ。
このリング・コマンドを発見したホワイトの名声が世界中に轟くのも当然のことだった。
「サンダー!」
選択した雷属性を使用した一撃が、巨大鰐を襲った。
水辺の魔物だから雷に弱いだろうと考え雷属性を選択したのだ。
「う~ん、やっぱり効かないか」
だが轟音を伴った一撃は全く効果が無く、雷は巨大鰐に吸収されるように消えてしまった。
「それじゃあやっぱり物理……ん!」
倒し方を考えていたら巨大鰐が顎を開き食いついてきた。
その動きは巨体に見合わずあまりにも素早く、武術に心得のある者で無ければあっさりと食い殺されていただろう。
「いやいや、速すぎるだろ」
巨大鰐の攻撃をバックステップで避けたホワイトを狙って、更に食いつこうと連続攻撃を狙ってくる。そのあまりに素早い動きにホワイトは避けながら油断は出来ないと改めて気を引き締めた。
「というか、こいつに攻撃出来たって、レンコンさん強いんだなぁ……」
巨大になる前に攻撃をしたのかもしれないが、その時も超スピードで攻撃してきたに違いない。
それに対処出来ていたということは、かなり実力があるのだろう。協力すると申し出たのはそれなりにやれるという自信があったのだ。
「まぁでも倒すのは無理そうだよねっと」
巨大鰐は攻撃を緩めず、しつこくホワイトを狙って食いつこうとしてくる。
湿地帯なので避けている間に足を取られそうなものだが、風魔法を使って地面スレスレに生み出した空気の渦を蹴るようにしているから問題なかった。
「うおっとと、フェイントで尻尾攻撃までしてくるのか」
噛みつく素振りを見せながら素早く全身を回転させての尻尾攻撃。
素直に当たってしまったら全身の骨がバラバラになりそうだ。
「そろそろこっちからも仕掛けさせてもらうよ」
腰に差していたロングソードを手にしたホワイトは、テンポ良く避けながらタイミングを見計らって巨大鰐の上に移動して剣を突き立てる。
「かったいなぁ」
しかし無機質な金属音が鳴り響いただけで、傷一つ着かない。
「これ以上力入れると折れちゃいそうだし、どうしよっかな」
ホワイトの装備は安物のロングソードだけ。
固い巨大鰐の装甲を突破するには力不足だ。
「よし、定番のやり方を試してみよう」
巨大鰐から少し離れた所に着地したホワイトは、地面に手を触れて魔法を使用した。
雷属性から風属性、風属性から土属性へと。
変換の際の属性の入れ替えは、リング・コマンドを扱いなれているホワイトならば一瞬だ。
「アースライズ」
途端に大地が揺れ出し、巨大鰐がいる地面が隆起する。
魔法そのものを当てても吸収されてしまうが、魔法を使って間接的に物体を操作すれば効果が消えることは無い。つまりホワイトは巨大鰐が接している地面より更に深いところを隆起させることで、それに押し出されるようにして上部の大地を盛り上がらせたのだ。
すると何が起きるのか。
「綺麗にひっくり返ったな」
ホワイトの狙いは隆起によるダメージでなく、巨大鰐を上下反転させることだった。
鰐の弱点は柔らかなお腹。
そこならば安物ロングソードでもダメージが通るのではないかと考えたのだ。
「あ、ダメだこりゃ」
しかしひっくり返った巨大鰐のお腹を見たホワイトは考えを改めざるを得なかった。
何故ならお腹も明らかに固そうですよと言わんばかりにカッチカチだったからだ。
ひっくり返った状態からあっさりと元の態勢に戻った巨大鰐を見ながら、ホワイトは考える。
「アレしか無いか」
手持ちの武器は効かない。
柔らかそうな部位も無し。
魔法も効かない。
残された方法は格闘術だが、全身がトゲトゲしていて気持ちよく殴れそうなところがほとんど無い。
そこでホワイトが思いついたのは、大得意の例の魔法を使うことだった。
「
どんなに固い皮膚でも容易に斬り裂くイメージをしながら仮想の星空をさっと描く。
すると眩く光る白星色の大剣が出現した。
魔法で出現した物体は魔力で構成されていて魔法師殺しには通用しない。
しかし魔力を元として実体化した物質となれば話は別だ。
「これで終わりだ」
星剣を両手で構えたホワイトに対し、巨大鰐は食いつこうと襲い掛かる。
だがもうホワイトは避けることは無い。
「
まるで山を斬るかの如くと呼ばれる奥義の一つ。
傍から見ると大剣を力強く上から下へと振り下ろすだけのようにしか見えないソレは、とてつもない力のうねりを伴い、襲い来る正面からの敵を両断する。
巨大鰐は真正面から斬られ、巨大な体躯は左右真っ二つになった。
「よしおーわりっと」
ホワイトの能天気な言葉は壮絶な撃破風景に全くそぐわず、異次元の戦いを目の当たりにしたレンコンは開いた口が塞がらないのであった。
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