第41話 病院へ

 病院へ向かう──その前に、夏生は駅近のコンビニに立ち寄り、黒いTシャツを買った。七沢の服は血がついており、このまま電車に乗るのは、悪い意味で目立つと思ったからだ。七沢が駅のトイレに入って、服を着替える。夏生はトイレ前の壁に寄りかかり、彼を待っている間に、今から行ける病院を検索した。


 公園を出る前に、畑中さんのことを警察に言うべきかという話をした。

 ふたりで話し合った結果、警察には届けないことになった。七沢が自分を助けてくれたことは事実だが、その後の行為が過剰防衛と判断される可能性もあったからだ。


「さすがにもう、あの人が夏生さんに何かをやってくる可能性は少ないと思いますが……」

「もし、そのときがあるようだったら、こっちには証拠もあるし、警察に連絡するよ」


 そう言って、公園を出て、今に至る。

 夏生は病院に電話をかけ、診療の枠が空いているかを確認する。三件目でようやく診てくれる病院を見つけた。着替えを済ませた七沢が戻ってきたので、病院が見つかったことを伝えた。


「病院を探してくれて、ありがとうございます」

「当たり前だろ? それじゃ、行くか。一駅分離れてるけど、電車でいいよな?」

「ええ。そうですね」


 七沢とホームに向かい、そして電車に乗る。血のついているハンカチを気にする人もいたが、チラッと見る程度だった。思ったよりも注目をされず、なんだか安堵する。

 電車はすぐに次の駅に到着した。そこで降りて、近くの病院を目指す。病院の受付で、問診票を書くときに、七沢が怪我したのは『右』である、ということを改めて意識することになった。利き手が使えない、つまり、文字が書けない──ということだ。


 夏生は、問診票が挟んであるバインダーとボールペンを七沢の左手から奪うと、代わりに書いていく。


(この調子じゃ、風呂とかも大変なんじゃ……)


 そんなことが頭に浮かんだ。

 


 問診票を書き終わり、受付に提出すると、後は待合室で呼ばれるのを待つだけとなった。七沢も自分もポケットからスマホを取り出して、SNSを眺める。

 夏生は、スマホの画面を見つつも、頭の中では公園であったことを思い出していた。色々ありすぎて、驚きの連続だった。そして、そのうちの一つ。それは……。


「お前が、ヒジリさんだったんだなぁ……」

「どうしたんですか? 急に」

「いや、公園のこと思い出してたら、そういや七沢がヒジリさんだったんだよなって」


 公園で──あの場で知った、七沢の新事実。

 あの時、畑中さんがアンチコメントの犯人であることを証明するために、七沢は自分のチャンネルの常連であるというカードを切った。そのおかげで、七沢は絶対に犯人じゃないと確信できたのだ。


「この前、言っていた……もうひとつって、これのことか?」

「そうですね。こんな風にバラすつもりでは、なかったんですけど」

「いや、でも、教えてくれてありがとう。おかげで、お前が犯人じゃないってわかったし……なにより、ずっと俺のことを応援してくれていた人だとわかったことは……ちょっと嬉しかった」


 時には厳しいコメントを書かれることもあったけど、それは七沢なりの応援だったのだろう。突然、連弾して、人に向かって『つまらない』と言い放ち、たきつけるような人間だ。コメントの厳しさにも、なんだか納得ができた。


(もしかして、コメントであれこれ書いても……押しても引いても、俺がぬるま湯かに浸かったままだから、七沢はわざわざ会いに来たんだろうか……?)


 そんなことを考えながらも、夏生は言葉を続ける。


「そういえばさ……この前、うちに来たときに言われたやつ、思い出したよ。七沢は、コンクールの参加者だったんだな。いつも俺に話しかけてきたやつ。お前って、結構小さかったから、言われなかったら。たぶんずっと気づかなかったよ」

「そうなんですか? 俺はすぐ気づいたのになぁ~。見た瞬間、『あ、ふじさきくんだ』って」

「そう。それ。気になってたんだ。お前はどうやって、俺のこと見つけたんだ?」


 コンクール参加者で昔の自分のことを知っている。それはわかるが、そこからどうやって動画サイトで見つけ出したのか、どうやってあの日、ストピを弾いている自分を見つけられたのか、気になった。


「最初は本当に偶然だったんです。夏生さんが、ストリートピアノに出会ったのは、動画のオススメ一覧に出てきたからだって、前に言ってましたよね?」

「ああ。そうだな」

「実は、俺もそれなんです。俺もピアノの演奏動画を見ていて、たまたまオススメ一覧の中に、夏生さんが出てきた。新しい演奏者の開拓をしたかったから、これ見たことないなと思って、クリックしたんです。そしたら、それがあの映画の曲だった」

「へぇ~そうだったんだ。……でも、俺、動画に顔は出したって言っても横顔だし、それに名前は出してなかっただろ? さすがに昔とは身長も違うしさ、なんでわかったんだ?」


 そう言うと、七沢はにっこりと微笑む。

 その笑顔は『ふじさきくんがいちばんだったよ』と言った、あの顔と重なった。


「──わかりますよ。だって、音が耳に届いた瞬間に、勝手に映像が流れ始めたんです。ああ、この感じは……こうやって、人の頭の中に入って暴れ回る演奏は、俺は一人しか知らない。まるで、藤崎君のピアノみたい……いや、これは絶対に藤崎君だって、思いましたよ」

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