第16話 新顔の同居人

 11月も終わりに差し掛かったころ、アルバに呼び止められた。


「今月末に収穫祭があるのだが、そのときに教会のみなさんと祝詞のりとを挙げてはくれないか」

「はい、いいですよ」


 二つ返事で返すリーナ。その声色に迷いはなかった。魔女の社会的役割の一つにあるのが祈祷きとうで、聖女信仰を強める要因の一つになっている。


「では、教会の方と話をしてきますね」

「ああ、よろしく頼む」


 実のところお師匠様の祝詞を聞いているから、別に新しく覚えるわけでもないし。

 それに魔力を込めなくてもいいから楽なのよね。


 北区のあぜ道を抜けた先には田畑が広がっているのだが、収穫祭を目前に控えた現在では作物は跡形もなく消え失せている。その代わりに正面に見える舞台は簡素な作りをしながら、ささやかな装飾が施されている。


「あら、魔女さんですか?」


 リーナの姿を目視もくしした修道女の一人が手を止める。その声をきっかけにして何人かが集ってくる。


「もしかしてリーナさん?」

「そうです」

「あのエリザベートさんの!? よく印象が変わったわね」

「そうですか?」


 お師匠様のひっつき虫だったころに比べれば、今は相当に自立していると言っても過言ではない。買い物も一人でしなければならないし、掃除も自分のためにしなければならない。対人恐怖症は大分和やわらいだ。


「今回はアルバさんに頼まれてきました。収穫祭のことで頼みがあると」

「あら、引き受けてくださりありがとうございます。ヨゼフ、来客室に言って3番のファイルを」


 ヨゼフと呼ばれた人物は、リーナの背丈を優に越しており、黒髪で顔が見えないものの会釈してリーナを先導していく。


 礼拝堂から扉を通って廊下に出る。応接室の中にはソファが向かい合わせに配置されており、壁面には宗教画がかけられている。座るように求められ、彼と思わしき人物は棚に差さっている帳面から紙を取り出して筆記用具と共に渡す。


 やがてヨゼフはリーナの目の前に座ると、祭りの日程などを説明した。


「前半は出店が出たり、奉納式があったりします。夕方付近に祝詞を読み上げていただきたいです」


 こちらが原稿です、と差し出す。


 究極攻撃魔法よりも長い。超長文詠唱で、もしこれに魔力を込めて打ったらどんな現象を引き起こすのだろうと邪推する。

 まあ魔法名がない時点で指向性がないから、割とふわっとしたことしか言えないのだけれど。


「わかりました。ところで、これって暗記するんですか?」

「できればお願いしたいのですが、下手につっかえるよりは紙を持った方が威厳は出ます。ですが、自分含め、アリス様の祝詞を随分と気に入っているので、どうかお願い致します」

「そ、そうですよね」


 またしても差を見せつけられた。長年魔法屋を営んできた、信頼と実績に私は見合うのだろうか。


「せっかくですし、出来るとこまでやってみます」


 薄くはにかんだ後、リーナはふところに紙片を仕舞う。暫くは勉強の合間に口ずさむことにしよう。


「レイン」


 リーナは肩に乗る鳥に話しかけた。すでに日は暮れかけ、山道には誰もいない。


「このままでいいのかな、わたしって」


 何も返事はない。


「生活魔法はほとんど完璧だし、自分でも手ごたえがある。貯金がまだあるから、生活には苦労してない。でも、このままでいいのかな」


 帝都に行ったヴァイゼのことが脳裏に浮かぶ。


「お師匠様のようにはいかないし、ヴァイゼさんにも追いつけない。魔法屋には誰も来ない。このままで本当に、いいのかな」


 帝都とまではいかなくても、ネーヴェルか、或いはどこかの貴族領で働き口を探すべきなのではないのだろうか。それか猟師としての技術を学び、魔法で害獣を駆除すべきなのだろうか。


「ストラさんっていう、一番憧れている人に、追いつけるのかな。宮廷魔女に、なれるのかな」


 考えが暗くなってくる。なにか明るいことを考えなければ。


 一人で山道を歩くと、考えが暗くなってしまう。


 杖に手を当てる。ヴァイゼさんからいただいた杖。


「お師匠様はすごいなあ。祝詞も上手くこなして」


「褒められると、照れますね」


 肩が跳ねる。レインは喋ったことがない。人間は自分しかいない。かといって、幻聴でもない。確信している。この声の主が誰であるか、もうとっくに頭の中では整理がついている。


 顔を上げる。視界がにじむ。


「お師匠様?」

「そうです、あなたの世界で唯一の保護者であり、師匠でもある、アリス・エリザベートです」

「なんで、ですか?」


 夕陽でブロンドの髪が輝く。


「緊急でお伝えしたいことがいくつかあるので、急いで来ました」

「ああ、じゃあ家にいらしてください。ここまで疲れたでしょう」

「いえ、今日は私の代わりに泊めてやってほしい人がいます」

「え?」


 リーナの心遣いを一刀両断したアリスは、人物の名前を唱える。

 黒髪の長い髪を後ろで束ねた髪型をしており目が金色。眼光は鋭く、リーナと同い年のように見えるが背ははるかに高い。金属鎧を身にまとい、腰には剣を差している。


「初めまして。元王国騎士団第三師団所属のオリヴィア。オリヴィア・ベイリーと申します。短い間ですがよろしくお願いいたします」

「あ、はい。こちらこそ。アリス様の弟子のリーナ・エリザベートです」


 礼法には慣れているのか堂に入ったお辞儀をするオリヴィアに対して、リーナはおどおどと頭を下げる。


「あの、ベイリーさんはどういった理由で……?」

「ああ、この子は少し問題を起こしてしまって、今身寄りがないそうなんです。次の仕事が見つかるまでの間、この家で暮らさせてあげてください」

「はい。でも、残りの部屋がありませんよ?」

「客人には寝台を使わせなさい。私の部屋を使わせてもらいます。必要なものを持って帰りに来たので、後の私物は好きにしてもらって構いません」

「そうですか」


 引き払って尚残っているのなら、論文や本の類は部屋に持って帰ろう。


「では、私はこの辺で失礼いたします。また収穫祭の時に顔を出します」


 そう言ってアリスは転移魔法の詠唱をする。魔法陣が現れ、消える直前にこう言い残した。


「その鳥のことについてはあらかた調べました。よき友となってくれるでしょうから、大切にしなさい」

「はい!」


 アリスが消えていった先を眺めた後、リーナは客人に向かって歩き出す。


「ここで暮らすにあたって、まずはどこになにがあるか案内します。さ、付いてきてください」

「はい」


 金の瞳が揺れる。この人と無事にやっていけるのだろうか、と不安になった。

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