第15話 究極の魔法
ストラと別れた後、リーナは階段の前で立ち止まった。下に降りれば地下まで直通、防壁を通って市内まで抜けられる。これが理想の道で、誰に聞いても頷くだろう。
もう一つ、リーナがストラと逆方向に進んだおかげで、屋上へと繋がる階段がある。ざっと観察したところ鳥系魔獣は存在しないため、ストラ達が飛行魔法を使うのは伝令兵と上空爆撃の2択と思われる。
屋上にはもう一段上の展望台がある。師匠から教えてもらった非常時用の特製魔法を使えば魔獣を殺すことは可能と見られるし、仮に失敗したとしても魔力反応で敵の注目を集めることができるし、魔力爆発を故意に引き起こせば術式が行使されずとも損傷を与えることができる。
どうすべきなのか、冷静に考えればわかる。
でも、私が一体の駒ならば、真に資源を割くべきなのは魔獣。博打に出て、当たれば完全な儲けものだし、失敗しても兵士が一体なくなるだけ! 再生魔法は望み過ぎかもだけど、希望は与えられる!
リーナは階段を勢いよく駆け上がる。扉に鍵はかかっていなかった。空気が涼しい、と場違いなことが頭によぎる。花壇が敷き詰められているので、魔力に困ることはないだろうう。枯れたら謝って、卒業まで園芸委員会に入ろう。
杖を右手に握っていることを確認する。
「【この世を等しく見つめる者であれ】」
ゆっくりと、しかし確実に詠唱が始まった。
「【灼熱の業火による血の浄化、穢れなき大河による命の選別】」
詠唱式は頭の中に入っている。幾度となく
「【山風を前にして、祈りは悉く消え去った】」
周囲の空気が一変する。全ての魔力がリーナの杖に吸い込まれていることを、誰もが理解する。
「【暗黒の
この強大な魔術なら、きっと暗雲を晴らしてくれるだろう。力量のある者はこの場に集結しているため、術者の精度は一段下がるものの、非制式魔法に関しては威力の保証もない。
「【立ち上がれ】」
だからこそわかる。魔力爆発だけでも傷を付けかねないほどの、戦略級魔法が練られている。女神が遣わした聖女のよろこびのような、至上の期待が場を支配する。
「【七つの首持つ竜の牙の前には千年城も塵に同じ】」
魔獣も流石に気が付いたのか、屋上で詠う人物に手を伸ばす。
「【射貫け蒼穹の彼方】――【弓撃魔法】」
だが、それでもストラが魔法を放ち、注意を逸らす。一際高く浮かび上がった彼女は、誰が魔法を練っているのか目視できた。瞳孔が開く。
「【我らが悲願のためならば、私は神でも悪魔にでもなろう】」
超長文詠唱。リーナは体中に巡る魔力を制御出来ずにいた。並の術者でも困難な領域に手を伸ばそうとしているのだ。当然、犠牲は尋常ではない。
体中が熱い。今にも破裂しそうだ。息を吸うだけで、舌を回すだけで。こんなに痛いものだとは思ってもいなかった。
「【我が名はリーナ・エリザベート】」
ふっと体が軽くなるような感覚がした。このまま手放してもいいな、と思った。
だが、頭の中で誰かが語りかける。魔法は呼名までが詠唱だと。
やたら甲高い声が響く。こっちは現実だ。さあ、あと一息。
「【究極攻撃魔法】」
決死の思いでそれを口にしたとき、重い手ごたえを感じ、魔法の発動を確信する。
なんだ、わたし、出来るじゃん。
熱暴走で体中が熱い。倒れこむように意識を失う。
目を覚ました時、すべては終わっていた。
「どきなさい皆!」
沸騰した湯が噴き零れるがごとく、魔力の高まりを察知したストラは一心に叫んだ。あの魔法が当たったらタダじゃすまない。
轟音。校舎内のガラスが割れる音すらもかき消す。進路上に位置するもの全てを引き裂く光線は、魔獣の上半身を消し飛ばした。
「は?」
頭の中は疑問で満たされた。人間が扱っていい領域なのか? そもそも非制式魔法
をなぜ使った? ここに何でいるんだ? 根源的な疑問として、そもそも魔法が使えたのか?
まさしく自分の
学園を救った英雄に一転直下。
もう、平常を保ってはいられなかった。あの魔法、見立てに依れば基本五大属性の集合体、さらに言えば時空の概念を操りかねないほどの馬鹿げた威力を持っている。
最高の魔女でさえ5属性の融合は不可能の領域に近い。それを、あんな劣等生が。どうして。
少しして、一人の魔女が飛んできた。見たことがないので、先生ではなく宮廷魔女だろうか。リーナの方向を目掛けて一直線で飛んでいった。
少し高く飛ぶと、魔法を放った英雄は上半身が消し飛んでいた。
魔物の爪で切り裂かれたのと同じだと思う。数秒発動が遅ければ、または私の【弓撃魔法】が当たっていなければ、遅かれ早かれ同じような結末を辿っていたのだ。
同級生の
大丈夫なのか。術後型魔力爆発とはいえ、もうヒトの形を保っていないと言っても過言ではないのに。
上半身がなくなった魔獣に触媒供給を依存し、紅色の粒子が纏わりつく。不自然に成形が狂った箇所は分解し、違和感のないように修正を重ねながら人体を形作っていく。
すごい。あんな精密に組めるなんて。
特に範囲丸ごと消滅している場面では、元の顔や骨格までも正確に知っておく必要がある。それを何も見ずに生成するとは、もはや人体に精通している所では済まされない。
やがて再生魔法が止まる。制服が破けていたり返り血で汚れていたりとみっともないが確かに生きている。
もしかして、親や親戚ではなさそうだから、魔法の師匠?
「あの、もしかしてエリザベートさんの」
「そうです。ご想像の通り。ちょっとした経過観察を込めて、この子だけにはおせっかいを焼きたくなったのです」
「もう三年生ですよ? とっくに一人前です」
「わたしにとってはいつまでのヒヨっ子のままですよ、貴女も弟子を持てばわかります」
その人は空を見上げると、ぽつりとつぶやいた。
「増援が来たみたいですね。ここらで失礼します」
「エリザベートさんを救ってくれて、ありがとうございます」
「いえいえこちらこそ。戦線を保ってくれてありがとうございます。今度リーナの学校生活について話を伺いたいので」
見知らぬ魔女は高く飛んでいった。
見上げると、もうそこには誰もいなかった。
恋焦がれる目標ができた。宮廷魔女の試験に合格できるよう、これからも頑張ろうと思った。
道のりはいつかのどこかに必ずつながっているのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます