第14話 個人の力量
「ほらエリザベートさん、手が止まっていますよ」
「はいぃ」
昼休みに突入した魔女学園では、生徒個人個人が思い思いに時間を過ごしていた。友人と談笑する者、部活動に
先日実施された中間考査で、リーナは筆記試験を落第ギリギリの成績で乗り切っ
た。記述式の問題にねじ込まれた回答を、どうにか温情で部分点措置にすると言った温情の成果だろう。ただ、流石に実技試験に関しては何も手を回せず、職員会議の結果、全教科補習で手を打つことになったわけだ。
「魔法史の内容なんてほぼ聖書の内容じゃん。エーテル教徒でもないのに気が重いよ」
「ぶつぶつ言ってないで手を動かす!」
優等生によるクラス勉強会の甲斐もなく、このような補習漬けになってしまったことには遺憾の意を表明したい。もっとも、一年生のころから毎回代替補習なので、頑張る気も失せるが。
教師が説明する事柄を、穴埋めになったプリントに書き写していく。昼食の摂取により上昇した血糖値が眠気へと変換され、リーナに波状攻撃を仕掛ける。
フラネージュ国には二人の聖女、北にカミーユ・ロベル・ブライユ、南にキュリア・アークライト。キュリアは魔法理論の開祖で点火魔法が有名、詠唱式は【星火よ闇を打ち祓え】、綴りはこうで発音は。
必死に授業内容を頭で
ああ、もういっそ隕石でも頭上に落ちてはくれないだろうか、みんな一緒に消えたらどんなに楽だろうか。
とりとめもない思考が広がる。平時であれば一笑に付される類の愚考を、覚醒の手綱を握っていたいがために繰り返す。
こうして何事もなく時間は過ぎ、また午後の授業で失われた睡眠時間を取り戻すのだ、と自分でも最低な予定を立てていると
轟音。
運動場からだろうか、生徒たちの悲鳴が鼓膜に飛び込んでくる。それになんだ、この現実離れした地響きの音は。
間髪入れず、脳内の思考音声を遮るかの如くサイレンと人の声が聞こえる。伝令魔法だ。
敷地内に巨大魔獣出現、市民への被害未確認、危険度未知数。生徒は防壁に避難、教員は対処に当たること。くれぐれも安全に気を付けるように。
「今のって」
「放送聞いてたでしょう、早く逃げなさい! 【吹けば飛べ、繰れば巻け、我は流浪の旅人なりて、どうかひと時の休息を】――【風加護魔法】」
「気を付けて!」
先生は教室の窓から飛び降りた。三階からだ。痛みは軽減されるとはいえ、恐怖心だってなかったことにされるわけじゃない。
無謀じゃないか。校舎と肩を並べるほどに巨大な魔獣に対して、人間風情が出来ることなんてあるのだろうか。精々足止めをするくらいだ。
でも、ここが帝都で良かった。宮廷魔女もすぐに駆け付けるだろうし、魔女学校だってある。アルバ村だったらそうはいかないだろう。僥倖じゃないか。
あと半年後に自分が同じことを出来る自信なんてない。魔女って魔法行使者って意味だけじゃないんだ。勇気も、行動力も、思い切りもない。自分なんて、自分なんて、自分なんて。
悲観的な映像しか浮かんでこない自分に嫌気が差す。悲鳴を上げる生徒たちは我先にと昇降口を目指している。逃げようとしている。
逃げるったって、どこに行く? 防壁? そんなものが役に立つのか? 災害級、いや災厄級の大魔獣だぞ? 先生たちなんてあっという間に引き裂いて、そして私たちも。
ああ、どうすればいいんだ。誰を、何を信じればいいんだ。師匠は、こんな時なんて言っていた。
空回りを続ける思考。がりがりと、頭の中の大切な部分が焼き切れて、削り取られていくような感覚。
「この教室には誰もいないわね!? ってあなた、エリザベートさん!?」
閉塞した環境を壊したのは、赤髪。ストラ。何人かの人を引き連れている。もしかして、級友だったるるのだろうか。何人かは見覚えがあるが、半分ほどはない。
「早く逃げなさい! 大変なことになるわよ!」
「逃げたって終わりだ、どうにもならないよ」
「そういうことじゃないわよ!」
赤髪の少女は激高する。放たれた熱気はリーナの耳にぞわぞわとした雑音を伴って吸い込まれていく。
「今は緊急事態よ! そんなときには、私たちの命なんて大事じゃない。魔女なんて所詮使い捨ての延命装置よ。この状況に動ける駒が何人いるかが大事なの。ここにいる全員、宮廷魔女が来るまでの時間稼ぎ要員よ」
ストラは残酷なまでに正しい理論を振りかざす。
「伝令でも言ってたわよね、市民への被害はって。いざとなったら自分の身を守れる私たちと違って、一般市民は脆弱なの。だから税金で私たちを育ててる。自分たちの安全の為になると信じているから」
「それは知ってる」
「なら今すべきことは何? あんたたちは防壁から市街地に出て、避難誘導をすること! 蹲ってろって意味じゃないわ。そんなの魔女見習いに相応しくない」
「うん」
「私たちは、この学園で最も魔女に近い10人で編成を組んで、戦闘に参加するわ。群れの後ろの下級魔獣には後れを取らない」
「危険だよ」
「そんなのわかってるわよ。私だってもっと生きていたい。お父様の領地を次いで家を大きくしたいし、宮廷魔女に入って国を動かしたい。でも、この瞬間にかけなきゃいけないの。守るべき民のいない土地なんて、空虚よ」
そこまで言い切ると、ストラは教室を出ていった。「私も手伝う」とリーナの口から声が飛び出す。
列の後ろにいた黒髪の少女が代わりに口を開いた。
「ストラさんの話を聞いていたんでしょう? 飛行魔法一つ使えないのに、何ができるって? 魔力爆発でも起こされたらたまったもんじゃない。さっさと地下に行きな」
自分の無力さが歯痒かった。リーナは彼女たちと逆方向に足を向けた。
「あんたはそれでいいのよ。それぞれが今できることをすればいいの」
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