第13話 師匠の紙片
ヴァイゼとアリスが学園に乗り込んでいる最中、リーナは家の掃除をしていた。自室はどうでもいいのだが、アリスの部屋が汚れていてはいつか帰ってきたときに示しが付かない。このところアルバに見せる魔法の腕も随分と上達してきた。学園にいたときの自分とは同一人物なのかと疑いたくなるくらいだ。
アリスの部屋は本棚と論文の山だが、全ての物が収納されているので掃除には困らない。床や窓など、
魔法は想像の世界だから、知識を付けることは決して無駄にはならないはず。
棚にかかっている本を見ると、薬学や医学の分野をはじめ、歴史や文化などの一通りの本は揃っていた。更に見渡して見ると、何やら見慣れない文字で書かれた本が全体の半分ほどを占める。ルーン文字に似た語彙を持つので、少し読んでみるかと背に手をかけ引っ張った。
現在の本とは表紙の質や中に入っている紙すら違う。牛らしき動物の革に
「自分の部屋で読もう」
文字に苦戦しながら読み進めると、これは聖書に準ずる内容であることが分かった。十二魔女の活躍から数十年後、フォードと言う国が建国されたあたり。武官として名を馳せたフォード・アイリッシュが民の声を聴きながら国を治めた様子が描かれている。
ルーン文字とこの文字の関係性はフラン文字とベルン文字の違い程度で、おそらくそう遠くない時代に書かれたものらしい。
しばらくして、興味深い文章に当たった。
『家臣の一人が生命の危機に瀕する怪我をし、葬式の準備をしようとしたら、遠い国から参内に来ていた腕利きの妖術師が術を行使し、弾指の後に息を吹き返した。我らは彼女を聖女として担ぎ上げた。宴会の後、その家臣は術式の操作に耐えうるようになった。』
文中で触れられている『妖術師』が十二聖女なのかどうかはわからない。彼女らのうち数人は子を成したそうなので、おそらくその類の者か。
「術式が魔術のことなら、これは再生魔法?」
その後の内容は
「魔女じゃなくて妖術師?」
家臣の怪我を治した『聖女』は女性であるものの、それ以外に魔法使用者における性別を指定する単語が見当たらない。この時代に性別指定の単語がないわけではなく、具申する場面では『彼』『女』などの代名詞が存在する。
「妖術師が魔女を意味する単語なら納得がいく、でもそういう描かれ方はされてない」
もし師匠が帰ってきたなら聞いてみよう。
もう少し早ければ手紙にも書けたのに、と後悔してしまうが、次に会うときの話題が出来たと考える様にしよう。
「こんな本、傷つけでもしたら弁償できないよ」
アリスの部屋に本を戻し、再生魔法に関する本を探す。言語に関する本は難しく、今まで興味がなかった自分には荷が重い。それに、自分に親近感が持てる題材のほうが読解も楽だ。
「師匠が書いた論文……?」
読み進めていくと、いくつかの事例と共に医学的な見解が述べられていた。リーナの持てる範囲の知識と融合していくと、腑に落ちる部分がいくつもあった。
第一に、魔女は体内における魔力と空間に存在する魔力の二種類を操って魔法を発動させる。両者に明確な区分はないが、生命維持の観点から空間魔力を使用しつつ、他生物の害になる
第二に、そうして得た魔力を体内で変換する必要がある。この回路の正確性は発達段階や人種によって異なるが、明らかに魔法の発動に害がある回路が形成される場合がある。割合としては女性が正確であり、男性は回路が存在しない又は重大な損傷が見られる。
第三に、再生魔法は相手が
結論として、再生魔法で変換回路を操作することによって術式の効果向上が見込まれた。
「そうだったんですね」
論文を読み終えたリーナの頬を涙が伝う。どうして自分は魔法が上手く使えなかったのか。どうして卒業した途端に魔法が成功するのか。全部の責任が、この紙束に記されていた。
日付を見るに、この論文は最近書かれたものらしい。リーナに再生魔法を使ってからだろうか。
「あの魔獣も、忌々しいものではなかったんですね。私のために遣われたものかもしれません。何一つ、無駄じゃなかった。そうだったんだ」
紙束を元あった場所に戻す。自室へと歩を進める。インクが乾いたことを確認すると、リーナは枕に顔をうずめた。陽が傾き始めていた。
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