第2章 帝都受勲編
第11話 帝都の探偵
リーナ・エリザベート。
帝国立魔女学園出身の劣等生にして、史上初とも言える飛び級卒業をした優等生。彼女の卒業の遠因には緘口令が敷かれ公式記録には残らないものの、学園の生徒に重い影を残した。
彼女と同室で寝起きしていた少女アンネ・ドロワは彼女の印象を問われるとこう述べた。
「初めて会った時は無口で、背も小さくて可愛らしいお嬢さんでした。身長は在学中伸びませんでしたが。何事にも一生懸命に取り組む性格で、こっちが手を貸すと申し訳なさそうにしてきます。授業中の態度ですか? 寝ていることもありましたし、座学はあまり成績が振るわなかったみたいで、よくストラさんに叱られていましたね。点火魔法も上手く使えなくて、何のために来たんだろうって思っていました。
だからこそ、あの攻撃魔法には驚かされました」
学園のどの生徒に聞いても、ほとんど同じような答えを返すだろう。ただ一人を除いて。
「本当は力を隠してたんだ。爪を現すのが怖かったんでしょ」
憎しみを込めた目で、学園の優等生はそう言い残した。
卒業式まで、残り三か月。最上級生たちは今日も勉学に励んでいる。
帝都内での用事を済ませたヴァイゼは、その足で教会へと向かった。ベルン大聖堂。帝国式の建築様式で戦禍を生き延びた。
「ここにアリスって人はいるかい」
受付にそう尋ねると、係員は彼女を呼びに席を立った。
「こんにちは、はじめまして。何の用でしょう?」
しばらくしてからやってきたのは、まるで童話の中からやってきたように綺麗な女性だった。頭からつま先まで一本の糸で結ばれていると錯覚するほどに背筋がピンと伸びており、体幹に一切の歪みがない。身に着けているローブにはしわの一つも見つからない。
「ネーヴェル村で魔女をしてるヴァイゼって者だ。リーナから手紙を預かってきた」
「あら、あの子と知り合いなのですか? お世話になっております」
「くだらん会話はいいから、さっさと本題に入るぞ。どこか二人きりで話せる場所はないか」
「なら、私の部屋でどうでしょう?」
老いを感じさせないアリスは首元のペンダントに触れる。魔力を流し込むと文様が光りだし、転移魔法が発動した。
「急に驚かせるね」
周囲の魔力反応を測り、自分に危害を加えうる術式の一切がないことを確認したヴァイゼは目を開けた。時代感と清潔感が調和した部屋。魔力の濃さから考えるに、ここは王宮。
「この場所ってことは、宮廷魔女かい」
「はい、概ねそのような命を授かっています」
「ふうん。そのままずっと魔法屋してるのかと思ったよ。弟子に先導したくて王都に来たのか?」
「あながち間違ってませんよ。前から声はかかっていました。本当ならあの子が卒業するまでの数か月という計画だったんです」
「そりゃあ飛び級なんてすると思わなかったよな」
「むしろ留年するとも思っていたもので」
「帝都なら愛しい弟子にも会えるからなあ」
「あの子はまっすぐなんですよ。初めからそつなくこなす子よりも、結果的には上に行くものです」
長年連れ添ってきただけはあるなと思った。確かに一般の魔女と比べたら、新米であることを抜きにしても実力は遥かに下。だが、時折目を見張る結果を残すことがある。可能性は確かだ。
「その愛弟子とやらから、手紙が届いている。調査をしてほしいそうだ」
「何のですか?」
「読めばわかる」
手紙を受け取ったアリスは、赤色の封蝋がしてあること、署名欄に偽装の類がないことを確認してから封を切った。
「鳥の羽根に魔法がかかっていますね。解除してもいいですか?」
「いいが、その羽根自体も魔力でできているから保証はできないぞ」
「ああ、人工魔獣の羽根ですか」
「そうだ。人探しが出来るってんで、わざわざここまで来たんだ。まさかあんたじゃないだろうしな」
「そんな回りくどいこと出来ませんよ。第一、ここまでの実力者ではないので」
「かなりのやり手だと思うけどな」
「いい加減にしてください。……魔力の波が非常に落ち着いている、かなりのやり手です。おそらく貴族の出自、そしてキュリア・アークライトの血。体内の魔力量により、少なくとも10代」
魔力探知の実力を伸ばすことを、ヴァイゼがしなかったと言えば嘘になる。しかし、魔法を扱って対象物を撃破するのが主な任務となる宮廷魔術師にはあまり必要のない技術だった。反応を探る、つまりにおいがするかどうかを見極めればよく、それが誰のものなのかを知る必要がなかった。
「うまいもんだな」
「勘が優れているだけですよ。生涯を通していろんな人に会ってきましたから」
「あたしより若いだろうに、よく言うよ」
「健康には気を使っているんです」
「そうかねえ」
体内に魔力を巡らせるのが得意なんだろうなとヴァイゼは思う。無詠唱の身体強化でも大分戦えそうな気配がする。
「いま、その人が魔法を使いました。規模と距離から逆算するに、魔法学院」
「はあ? もう終わったのかい?」
「はい。安定度からして生徒でしょう。一瞬教師にも思えましたが」
「餓鬼が作ったっていうのか? あの程度を?」
「そう難しくもないでしょう。あの年でも、研究に打ち込めばそれなりの物は作れます」
ヴァイゼは背筋が凍った。ただの鳥ならわかるが、治癒魔法の使える魔獣。それをリーナと同い年の子供が作れるなんて。
「術式の構成を見るに、かなり裕福で、幼いころから魔法に精通していますね。おそらく探すのにそう時間はかからないでしょう。多分一目見ればわかります」
「そんなに精度がいいのかい」
「相手がぼろを出してくれましたから。魔女ではない人の遺失物を探す羽目になった時は、時空魔法にまで手を出そうかと考えていましたよ」
「苦労しそうなもんだねえ」
「前、リーナのことで学院に顔を出したことがあって。印象的な波形の人がいたんです」
「そいつがそうか。ならさっそく、善は急げってやつだ。とっとと吐かせるぞ」
ヴァイゼは転移魔法で門を作ると、アリスの返事も待たずに飛び込んだ。
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