第9話 再生のレイン
いつものようにアルバに魔法を見せ終わり、リーナは帰途に就いた。今日は11月の割に暖かく、外套を着るかどうか悩んでしまう。日が暮れかけているなか家までの坂道を登る。街道は木に囲まれていて、街灯の感覚もまばらだ。思わず心細くなってしまう。
「今日は鳥の声が騒がしいな」
いつもは不気味なほど静まり返っているのに、今日だけは烏やフクロウがしきりに鳴いていた。明日は雨でも降るのだろうか。声はそのうち耐えきれないほどに大きくなっていく。感覚を研ぎ澄ませると発生源はそう遠くないことが分かったので、いっそ近寄ってみて正体を確かめることにした。
杖を握る手も、自然と力強くなっていく。
足を踏み入れると、低木に足が当たってがさがさと揺れる。その音で人間の気配を察知したのか、鳥たちは一斉に飛び立っていった。視界が一段と暗くなる。
彼らが囲んでいたものと思しき物体が目の前に現れる。目を凝らさずとも何かわかる。
「鳥だ」
形状からは鳥類だとわかる。だが、色味が近所で見かけるそれとはかけ離れていた。虹色とでもいえばいいのか、全体的には何色を基調としているのかがよくわからない。それに、出血が激しいのだろうか。体毛の右半分が不自然なほど多量の赤色に染まっていた。しかも、片翼が捥がれている。
恐る恐る近くに寄ってみた。羽ばたきはしない。生命活動の全般を諦めているのだろうか。それともすでに死んでいる? 鳥葬でもしていたのか。いや、生きていた。こちらの動向に合わせ、僅かながらに頭が動いたような気がした。
この子はどうしてこんなところにいるのだろうか。親や友鳥、それに番の一切はいないのだろうか。一瞬にしてそんな考えが頭をよぎる。そもそも人間と違って、動物は過酷な食物連鎖と言う犠牲の上に成り立っているのに、こんな質問は蛇足ではないのだろうか。
目が合った。可愛いと思った。見捨てたくない、と思ってしまった。つい先日、残虐にも熊を殺害した自分が何を言っているんだ、と言われればぐうの音も出ない。救うべき命とそうでないものの差はどこにあるのだろうか。
「【白竜ヴェルナーの紅い傷、猛きものを打ち砕く刃を研げ】」
でも、救いたい。自分勝手だと言われるだろうが、そんなことは百も承知だ。
「【この世を等しく見つめる者であれ】」
今日日敬虔な教徒でもなければ家畜を殺して肉を食す。私たちは自覚の有無に関わらず命の選別をしている。なら、救おうが殺そうが私の勝手だ。
「【願いを繋ぎ留める糸を紡ぎ、互いを縛る鎖となれ】」
治癒魔法では傷を塞ぐ程度の治療しかできない。ならば再生魔法を使うしかない。
「【倍加:再生魔法】」
一通りの詠唱式を終えて、リーナは重要なことに気が付いた。再生魔法に使う依り代がない。感覚的に、この鳥を再生するために必要な触媒は体内の魔力だけでは賄いきれないことに気が付いてしまった。
「仕方ないか」
持っていた小型ナイフで腕を撫でつけるように切る。溢れる血を触媒に使う。鮮烈な赤の軌跡が粒子へと変換されていく。
いっそ近くに死骸でもあれば諦めきれたものを、どうしようもないほどに資源を費やしてしまう。痛みに顔をしかめていると、鳥は起き上がり、こちらにやってきた。
「治ったんだ、どうしたの?」
座り込んでいたリーナの膝に頬ずりすると、翼をはためかせ肩の上に乗った。確かな重みと爪の痛みが肩に食い込む。
「どうしたの? 飛んでいかないの?」
人語を理解しているのかいないのか、鳥は鳴き声を発した。
「じゃあ連れてっちゃうよ?」
リーナが立ち上がっても、鳥は怯える様子を見せなかった。
「せっかく助けたんだし、家で飼おう」
手から流れる微量の血は、いつの間にか止まっていた。
「じゃあ名前を付けなきゃね」
リーナは森の小道から街道に出る。空には虹がかかっていた。
「決めた! あなたの名前はレインよ、レイン・エリザベート! これからよろしくね!」
レインは明るい声で鳴き、リーナは新たな家族が増えた喜びを露わにした。
「で、その子は何なの」
翌日リーナはヴァイゼの元に召喚された。魔法の修行のためだ。ちょうど肩に乗っていたので、レインも一緒に相対する。
「この子、昨日助けたら懐いちゃって。ペットにしようかなって思ってます。名前はレインです」
「ふうん。その羽の色は生まれつき?」
「だと思います。昨日見かけたときも、体を洗ったときも色が変わりませんでした」
「へえ。てっきりあんたが自分で染めたと思ったよ。それか魔獣か」
「そんなことするわけないじゃないですか。って魔獣?」
自分に敵対心は見せなかったのだが、突然変異種と言えるほどに美しい体毛をしている。疑うのも無理はない。
「あまりに魔力を吸った個体は、そんな風に毒々しい色をするからね」
「怖いですねえ」
「ああ。魔力のにおいがきついね。生まれたてかもしれない」
「こんなかわいい子が魔獣なんて、あるわけないじゃないですか。ねーレイン」
リーナが目くばせをすると、レインは頬ずりをした。心なしか体調までよくなった気がする。
「そうかい。じゃあペットに現を抜かしてないで、さっそく訓練を始めるよ」
「また飛行魔法ですか」
「あたしはそんな見込みのない賭けを続けるほど馬鹿じゃないよ。どうしても使いたいなら、あんたの師匠に頭下げな」
正直リーナは地獄の訓練がなくなって胸を撫で下ろした。
「じゃあ何するんですか?」
「これから転移魔法で移動した先で、あたしと戦ってもらうよ」
「えっ!?」
「あんたは切羽詰まらないと何事もできないだろう、どうせ座学も半分寝てるんだ、実戦形式のほうがお得だろ?」
「そ、そんなあ」
少しでも使える魔法はないか、と必死の形相でリーナが教科書をめくっていると、ヴァイゼは瞬く間に詠唱を完成させ、リーナの首を掴んで暗闇の中へ放り投げた。
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