第2話 どっかの教室のお掃除
「はいじゃあ後ろに回して~。」
学校も慣れ始めてある程度空気が落ち着き、一つのクラスという名の大陸が分裂してそれぞれの派閥になってきた頃。
派閥と派閥の間に挟まれた席でプリントを回すだけの人になってしまったルーム長。
一体最初のあの席を立った時の勇気はどこに行ったのだろうか。
......というのは彼自身も思っているようで。
「クラス長…授業変更って明日だっけ?」
もちろん、クラスメイトから業務やクラスについてのことを聞かれることはある。
しかし好きな音楽や、今日の昼飯がなんだとか、放課後に近くのファミレスに行くほどの仲はいない。
「うん......5時間目が現代文になる。」
「あざっす!」
内心かなり焦っていた。
これはかなりマズいと思いながらも、冷静で平静な人間を貫く。
「じゃ、クラス長号令。」
「起立、気をつけ…さようなら。」
じゃあ動けばいい、皆はそう思うだろう。
しかし、彼にとってそれはそんな簡単ではないのである。
「......あぁ、誰か話しかけに来ねえかな。」
そう、彼は今まで常に受けの体勢で生きてきたのだ。
小学校や中学の頃は、遊びに誘われたら行くだけのおこぼれをたまたな沢山もらって生きてきた人間なのだ。
「こんな扱いやすい人間、中々いないっつーのに。」
これがもしゴールデンタイムのバラエティ番組だったら非常に起用しやすい人かもしれないが、あいにくバラエティ番組でもなければゴールデンタイムでもない。
さらに言えば中学の仲というのは3分の1くらいが小学生の人格形成の段階からの関係でもあり、あんまり関わりの無い人同士でもなんとなくキャラクターを分かっている。
ある程度自立が出来てしまっている高校生にとって誘われ待ちというのはかなり危険な状態であり、このままだと"クラス長"という肩書に食われて自分の人間性が誰にも明かされることなく卒業してしまう可能性もある。
そう、自ら行動を起こし自らチャンスや期待を掴みに行かないといけない。
高校生活はサバイバルなのだ。
「......」
一年の派閥が分かれる前の大事な瞬間にどこの大陸に行くこともできず独立してしまった彼はだんだんこの現実味を噛みしめて身の毛がよだつ。
あんまり関わりが無くても中学の友人がいればかなり変わってくるが、あいにく誰もいない。
「なんかもう文化祭とかやってくれねえかな。」
チャンスを待つ癖が抜けない彼はなにかしら転がってくるイベントを必死に待っていた。
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「この問題分か......お、はやいな瀧田」
「はい。」
一方副クラス長に就任した"ミスなんでもガール"こと、瀧田は授業で無双している。
授業の時は自分の席と黒板の間を何度も往復し、驚くほどスムーズに授業が進んでいく。
勉強もでき、スポーツも出来るのにそれ以外の部分で出来ない部分が発動してしまうのは、むしろ人間味があり"ギャップ萌え"の一言でプラス査定にすらなる。
勉強もスポーツも中の下、面白い失敗も出来ないクラス長はギャップもクソもないただの"凡"である。
「...なんか、わかんねえけど言われ過ぎてる気がするな。」
何も出来ないまま1週間がたち、彼の心の中に小さく存在していた絶望の二文字はどんどん肥大していっていた。
...この瞬間までは。
「じゃあ今週の掃除はこの列な。」
「......!!」
そう、"掃除当番"である。
これは数少ない人との距離を縮められるチャンスだと、とうとう来たこの展開にクラス長は燃えていた。
今日でこの列全員と仲良くなってやると意気込みながら生唾を飲み大きくうなずいた誘われ待ちボーイの元にさっそく来た前の席の二人。
「どうした前の席の二人!」
「ごめん!俺ら今日部活のミーティングあるんだ!」
「任せてもいいか?明日は来るからさ!」
前の席の二人は、パンッと音を立てて手を合わせ頭を下げて返事を聞く前に外にいる部活仲間の元へ向かった。
「あ、え、あぁ。」
颯爽と去って行った彼らの後ろ姿。
クラス長は目を丸くしてその場で止まってしまった。
「.......クラス長。」
虚空を見て立ち尽くすクラス長の後ろから声が聞こえる。
「アイツらやっちゃいましょうや。」
「.....え!?」
クラス長の肩に手をポンと置き鉄砲玉みたいなことを言う彼は、いつもクラス長がプリントを回し、たまに授業変更を聞いてくる後ろの席の"仲田ユウジ"だった。
しかもラッキーなことに"アイツらやっちゃいましょうや"という分かりやすいボケを向こうから振ってくれた。
これは誘われ待ち人間だった彼にとって最大のチャンス、ここの一言は大事だが…....?
「え?あぁ……ね。」
おーっと弱い、弱すぎる!
めっちゃいい球が飛んできたのに取り損ねたどころかそもそもグローブをハメてなかったクラス長。
「マジ部活言い訳とかずりいっすよねー、あれ。」
「あ、えーっとその。」
ホウキをスナイパーライフルみたいに持ち、無いスコープを覗きながら愚痴を吐く彼の動きを見て、もう一度仲良くなれそうなチャンスだぞと心の中で一度大きく深呼吸をした瞬間
「......まあ、パパッとやっちゃいましょうか掃除。」
仲田は机を後ろに運び、掃除の準備を始めた。
「......そ、そうだね。」
"......あのあとアイツらも掃除しようか"
クラス長の頭の中には一つ浮かんでいた返し、彼なりのユーモア。
しかしこのほとんどはじめましての距離間でそこまでのユーモアを言っていいのか、もし真に受けられたりとかシンプルにウケなかったときどうしようとかをめちゃくちゃ一瞬で考えた結果、クラス長はグッと飲み込んでしまった。
「というか、一番後ろの子は......?」
長暮の列の一番後ろには背の高く無口な男子がいたはずだが、どこを見渡してもその図体は見当たらない。
「あぁ、二釈は......なんだろう。」
もうこの数週間で慣れているような仲田の苗字呼び捨てというコミュ力の高さに少し恐怖を感じているクラス長は乱れそうな呼吸を整えながら机を運ぶ。
「えっとこれは、二人で掃除するパターンですかね?」
「そいつはかなり面倒なこったなぁー。」
その時、少しかがみながら扉をくぐる男の子。
「ごめん、トイレ行ってた......。」
「おぉ二釈~!帰ったと思ったぞ!」
クラス長は彼に自分が使おうとしていたホウキを渡す。
「サンキューっす......。」
そう言って近づいていて来る二釈は背が高く、そこそこ背の高いはずのクラス長も自分の喉仏がくっきり見えるほど頭を上げて顔を合わせないといけない。
.......そしてその反面、結構声が小さい。
「ごめんよ........クラス長も......。」
「え?あぁ、全然大丈夫だよ。」
文末に
チャンスが来たら何とかなるしみたいなスタンスをしていた彼はどうしているのか。
「というか、クラス長の前の二人......。」
「あぁ、それなんだけどさ。」
かくかくしかじか事情を説明すると、二釈はしぶしぶ了承しながら右の親指を他の指でポキポキと鳴らしながらボソッとつぶやく
「さっさと掃除を終わらせてアイツらも掃除しますか......。」
「!!」
なんと言おうとしていたことを言われてしまった。
唖然としているクラス長に二釈は笑いながら
「すいません......冗談っす......。」
と言って掃除に戻る二釈に対して目と口を物凄く開けて驚くクラス長と、そのクラス長の反応に笑っている仲田。
「じゃあ二人ともさ、ちりとりジャンケンしようぜ!」
「おう、やろうか......。」
仲田は腕をグルグル回しながらそう言うと、二釈はホウキをロッカーに立てかけて鳴らしていない指をボキボキ鳴らす。
どうすればいい、このまま終わってしまったら.......。
「じゃ、じゃあさ!!」
「ん........?」
「どうしたクラス長さん。」
グルグル回る頭、クラス長は一度息を飲み込み呼吸を整える。
「お、俺、グー出すよ。」
はじめて自分から発した言葉は、どこにでもあるありきたりなユーモア。
構えたこぶしと唇を震わせながら二人に視線をキョロキョロ合わせるクラス長に仲田と二釈はニヤリと笑う。
その瞬間、なにか彼の中で張っていたものが緩んだ気がした。
「じゃあ俺はパーだそうかなー!」
「俺もパーだな.......。」
三人は一度頷き、それぞれ右手を後ろに溜め込む
「「「…最初はグー!!」」」
クラス長の中でパンパンに溜まっていた今まで前に出なかったことへの後悔は、手に持っていたちりとりの中に溜まっていたごみと一緒に捨てられた。
「よし!じゃあ三人でゲーセン行くか!」
「よっしゃ行こう......。」
「距離縮めるの早っ。」
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