第8話 (最終話)予想外がとる行動。

録音に薬物の名前があった事、そこから警察病院での処置は早く適切で、私はすぐに症状が落ち着いた。

だが一晩様子をみることになり、無償の愛について考えてしまうと眠れずにいた。

看護師が医師に相談してくれて、数値が安定しているとの事で睡眠導入剤を貰ったらあっという間に眠れた。


目を覚ましたらベッドサイドには花田先輩がいて、危険なマネをしたことを怒られてから、「だから深入りするなと言っただろう」と申し訳なさそうに言われた。


花田先輩に聞いたら、深入りしてはいけない理由は、かつて森林樹がデリバリーヘルスの女性に本気になり、私にした質問に近しい事をしてトラブルになり、花田先輩が仲裁した事があったからだった。


植松真琴さんは、私の証言とスマホの証拠ですぐに見つかる。

湖水泉名義のスマートフォンと客船のチケットを調べたら1発だった。

呑気に親子で豪華客船の旅を満喫していた。

共犯者でもなんでもない。

寄港した時にお話を聞かせてもらっておしまいだ。


菅谷昌紀に「湖水泉は消えた」と伝えたら、菅谷昌紀は嬉しそうに喜んでいて、「離れていても、俺の愛は通じる。泉さんの愛は俺に届く」と言った後は素直に全てを自供した。


それは湖水泉から愛があるのなら、自身が捕まるか、逃亡するまで秘密にして欲しいと言われていて守っただけだった。

捜査員が菅谷昌紀の家を訪れた時、菅谷昌紀の部屋には何一つなかった。

証拠隠滅の思いは湖水泉に、菅谷昌紀には愛の気持ちしか無かった。


「昌紀、あなたは逮捕されてしまう」

「構わない。泉さんを愛しているから構わない」

「ここに思い出の品が残ると、愛を知る前に捕まるかもしれないから捨てて欲しいの」

「それも愛だから構わない。思い出の全ては俺の中に残っている」

「ありがとう昌紀。愛してる」

「俺も愛してる」


この言葉で家財の全てを処分して、思い出の写真すら破棄していた菅谷昌紀は、湖水泉の予想に従い、あの日、犯行現場の廃団地にいた。


私は花田先輩と取り調べに行った時、一つの質問をした。


「聞かせて?愛を知る為だとしても、湖水泉さんが緒方翔伍や桧山岳人と肌を重ねる事は嫌じゃなかったの?」


この質問に、菅谷昌紀は「愛があるから耐えられる。嫌がる事は泉さんの愛を疑うことになる。泉さんは代わりに風俗に行くように言って、俺にお金を持たせてくれた」と答える。


「行ったんですか?」

「行った。それが愛だから行った。キチンと行った。キチンと金で女と肌を重ねてきた」


「湖水泉さんは?」

「俺を待っていて、俺を見て心が痛いと言って泣いてくれた。俺にこんな気持ちを我慢させてごめんなさいと謝ってくれた」


「その一度だけですか?」

「泉さんは別の男に抱かれる度に俺に風俗に行くように言って金を出してくれた」


その後の供述は、緒方翔伍と桧山岳人を殺害した時の事になる。


命乞いをした緒方翔伍に、湖水泉は愛しているかと問い、愛があると言われれば「なら死んで欲しい」と言って殺害し、警察に行かれたらおしまいだから一生かけて償えとあの状況でも恫喝した桧山岳人を2人がかりで殺害していた。

そして身元が割り出せないように、犯行動機を探られない為にも手足を切断し、河川敷に遺棄していた。


菅谷昌紀は精神鑑定の話が出ても、「自分は正常だ。愛があるから死刑だろうが受け入れる」と最後まで言っていた。



・・・



指名手配された森林樹と湖水泉。

共犯者の扱いで指名手配された森林樹は公務執行妨害と犯人隠避や逃走援助にしかならない。

湖水泉は2件の殺人事件の重要参考人。


いつから考えていたのか、森林樹は60年分のお金を払い、庭木の剪定と不法投棄の処分を依頼していた。

家財に関しても、前金で財産管理を頼まれた弁護士が、森林樹の代わりに税金を支払い。あの家を維持している。


まさか指名手配の身でノコノコと家に戻ってくるはずはない。

だが私は何かというと森林家に行き、ポストの中をチェックしていた。


森林家に行くと、いつも無償の愛なんてあるのか、今もそれを考える。彼の望む答えを答えられなかったあの日の事を今も悔やんでしまう。


別に森林樹の言う不労所得の日々に憧れたわけではない。

ただ、身体の相性は良かった気がしている。

あのまま一緒になっていたら幸せな日々があったのではないかと思ってしまっている。


なんとなくそれが悔やまれているだけだ。

もうアレくらい相性のいい男は現れないかもしれない。


季節が変わり年を越した頃、森林家のポストに私宛の郵便物が届く。

中には日付とチャンネル番号、そして「愛は難しい。予想通りも予想外も嬉しくない」と書かれていた。


訝しみながらラテ欄を見ると、女性芸人と女優が五万円の所持金で旅をする番組のものだった。

まさかという気持ちで観てみると、食事処の画面端に小さくだが森林樹と湖水泉が映っていた。

私にはすぐにわかった。


呑気にビールを楽しみ、焼き鳥を食べていて、フレームインするタイミングで湖水泉がカメラを指さして森林樹がカメラを見る。


そのわざとらしい仕草と言ったらなかった。

私は見逃し配信を花田先輩に伝えて、制作局に問い合わせたら撮影は半月前のもので、湖水泉がテレビクルーに放送日を聞いていた。


花田先輩は「もう逃げた後だな」と呟く。


そうだろうか?


あの2人であの2人の愛について完結したが、まだ違う愛があるのではないかと気にしたのかも知れない。

愛を求め捧げる化け物達は多分永遠に満足なんてしない。

森林樹ならそこで私の名前を出す。


私に会いたいが、願った回答でもないのに捕まって、離れ離れになるリスクを負うくらいならなんとかアピールをするんじゃないか?

だからこれは早く来いと言うアピールだろう。


私は予想外だ。

あの2人が考えつかない事をしてやろう。

そう思って飛行機のチケットを手配していた。


(完)

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愛を求め捧げる化け物達。 さんまぐ @sanma_to_magro

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