第7話 愛を求め捧げる化け物達。
妻の不倫の果てに壊れた男。
壊れた男は湖水泉の父。
湖水泉の父は不貞相手を刺し、家に帰り不貞の妻を刺す。
湖水泉を巻き添えにして、家に火を放つ湖水泉の父だが、悲鳴を聞いて駆けつけた人が湖水泉を助けだし、その間に父母は火に巻かれて亡くなった。
「あの父の行為は愛なのかしら?向こうで3人でやり直す為に私を巻き込んだ?私を愛していたから手放したくなかった?」
月明かりに照らされる河川敷で、悲しげに微笑む湖水泉の顔はなぜか目が離せなくなる。
「その答えが知りたかった?」
「そうよ。あなたもよね?」
「俺は1人残された。母さんが父さんと兄さんを連れて火の中に。俺は外に追い出された」
「それは愛?」
「それを知りたい」
森林樹と湖水泉の2人で完結していく気持ち悪い時間。
そう、目の前で不倫され、浮気され、仲睦まじいセックスを見せつけられているような気持ち悪さに襲われていく。
私が「森林さん」と声をかけると、森林樹はガッカリした顔で私を見て「予想通りだ」と呟く。
その顔には邪魔しないでくれと書かれているようだった。
「さて、じゃあ2人目の事を聞かせてくれるね?」
「ええ、大体予想通りよ。合コンで会って、私を求めてきた」
「愛を確かめるのにセックスは最適かい?」
「その言い方は男女の差よ。相手が私を穴としてしか見ていないのか、雄の本能が子孫繁栄の為に雌を求めるのか、『私で満たされたい』、『私を満たしたい』そんな愛があるのか、のんびり快感に身を委ねて、上で動く男を見ながら考えられるわ」
森林樹は「それは予想外だ」と言って喜んだ後で、「どうだった?」と聞いた。
「愛を囁かれた。だからそれは本当かと聞いた」
「無償の愛はあったかい?」
「無かったわ。口だけよ」
そう言ってガッカリする湖水泉。
森林樹は同意するように頷くと、私を見て「生きてる時に右腕が切断されていただろ?あれは愛しているなら腕をくれと彼女が頼んだんだ」と説明をした。
それは昨晩の足をくれと言った時と同じ顔をしていた。
「まあ正確には指だろうね」
「ふふふ。よくわかってる。嬉しいわ。名前を教えて。森林さん」
「樹だ」
湖水泉は嬉しそうに「樹はわかってる」と言うと言葉をつづけた。
「最初に求めたのは小指。それをくれたら尽くす。働かないでいい。セックスだってどんなプレイもしてあげる。一日中裸でいて、求められただけ身体を捧げると言ったら、翔伍は『それくらい』と言ったの。だから本当に貰ったの」
緒方翔伍の名前が出た。
自供になる。
私は今この瞬間も録音をしている。
前に出て、いち早く逮捕しようとした所で、小袋に入った何かを顔に投げつけられた。
それも湖水泉と森林樹の2人からだった。
何かの粉を吸って咳き込む私は、あっという間に身体が痺れ、力が抜けてしまう。
「今はまだ命に害はないわ」
「話が聞きたいんだ。邪魔しないでくれ」
「そうよ。話したいの。邪魔しないで」
倒れ込む私を無視して2人の会話は進んでいく。
「酷いのよ。指が指が、痛い痛いって驚いて怖がって、もう嫌だって言うの。愛してるか聞くと、助かりたくて『愛してる』ってそればかり。『愛してるなら腕を頂戴。何でもしてあげる』って言ったら、慌てて逃げようとしたけど捕まえて腕を貰った」
「その後は愛の言葉なんて出てこなかった」
「そうよ。だから次を試すことにした。もしかしたら翔伍が間違っていて、世の中の他の男は違うかもしれない」
「だから勤め先を変えて、次の男…桧山岳人を捕まえた」
「ええ、でも翔伍の発見がネックになったわ」
「だから急ぐ目的と撹乱のために植松真琴を用立てた」
「あの子、あの職場では私より年上なのに幼いの。合コンに行ったメンバーの中で唯一怯えていて、何も後ろめたい事はしていないのに、疑われるなんて取り乱すのよ」
「だからスマートフォンを捨てさせて、新しく君名義で契約したのをプレゼントして、実家の家族と共に急に君名義の豪華客船の旅に行かせた」
湖水泉は嬉しそうに笑うと「正解よ樹!樹はすごい!」と喜ぶ。
「いや、普通さ。それで植松真琴に捜査の目が向かう間に、君は歯科医を辞めて高飛びをする」
「嘘つき。最後をわざと間違えないで」
「俺と話をする。君はあの日、ここまで予測した」
湖水泉は身体を震わせて喜ぶと「君はやめて。泉で呼んで」と言う。
「泉」と躊躇なく名前を呼んだ森林樹は遠くに行ってしまった気がした。
「いくら微量では無害な薬でも、そろそろよくない。終わらせよう」と森林樹が言うと、湖水泉が「私はリドカインを用意したけど、樹は?」と聞き、森林樹が「ダチュラの葉が庭にあったんだ」と答えた。
湖水泉と森林樹が勝手に納得し合い頷く。
その後で、森林樹が「桧山岳人は愛を唱えたかい?」と聞いた。
「いいえ。最初だけよ。預金通帳を見せたら飛んで喜んだ。指くらい安いもんだと喜び、私だけだと言った。でも私の金で浮気なんて目論んでいたのがわかった。だから浮気なんて出来ないように顔に傷を付けたら憤慨してきた。後は岳人も翔伍と一緒よ。わかってるくせに」
「わかっていても愛に関しては聞きたいんだ」
「そうよね。それが私達よね樹」
「そうだ泉」
そのまま私と湖水泉の間に立っていた森林樹は、ゆっくり歩を進めて湖水泉の方に行くと、「俺を愛してくれるか泉?」と聞いた。
「勿論よ樹」と返して森林樹を抱きしめる湖水泉。
酷い脱力感の中、「森林さん!」と私が呼びかけると、「君は予想外だったけど、君の愛は俺の求めるものと違っていたんだ」と言って、湖水泉に「無償の愛が欲しいんだ泉」と問いかけた。
「勿論よ樹」
「嬉しいよ泉。君を一生養うから、足を俺にくれるか?」
「ええ、足でも手でもあげる。たがらあなたの足も手も私に頂戴」
「ああ、喜んで差し出すよ」
「なら私が養ってあげる。何もしないでいいのよ」
「俺も養おう。何もしなくていいよ」
「ただ無償の愛が欲しいの。何もしないでも愛してくれる愛」
「俺も欲しい。俺という人間が無価値になっても捨てずに俺を愛してくれる存在が」
「無償の愛をあげる」
「無償の愛をくれ」
「無償の愛を頂戴」
「無償の愛を渡す」
私は狂ったように無償の愛を唱える2人から目が離せなかった。
愛を求め捧げる化け物達に見えた。
怖くて悔しくて涙が止まらなかった。
動かない身体が憎らしかった。
「さあ行こう泉」
「どこまでも行くわ樹」
森林樹は私の元にくると、ポケットからスマートフォンを取り出して「録音は大切な証拠だ。後で花田に渡すといい。俺がずっと犯人と言っていたのを植松真琴と思い込んでいたのは君たちだ」と言うと救急を呼んだ。
私はゆっくりと仲睦まじく夜の闇に消えていく森林樹と湖水泉を見ながら、永遠に近く感じる時間を過ごし、保護された。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます