第11話 圧倒


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 ハッチを吹き飛ばし、マルスが基地の外に出る。

 赤い荒野の向こうには、車体にMSTFと記された装甲車が一台、鎮座していた。

『お、お前がマルス・シュタイナーだな? 出てきたということは、と、投降する用意ができたとーー』

「ーー馬鹿言うなよ。投降なんざ願い下げだ」

『ーーッ!』

 辛らつなマルスの物言いに対し、スピーカーから聞こえるMSTFの士官の声は息を呑んだ。“大天使ミカエルの剣“でハッチを破壊した、明らかに人外の力に怯えているのだ。

『お、お前は指名手配されている。投降を拒否するのであれば……我々は強硬手段を取る用意がある』

「やってみろよ」

『な……なに?』

 困惑する相手に、マルスは瞳を蒼く輝かせたまま、余裕の態度を崩さず不敵に笑って見せる。

「宣言してやろうか。テメェは、俺たちを捕まえることも殺すこともできねぇ。絶対にだ」

『ば……馬鹿なことを、本当に撃つぞ!』

「もう一度言うぜ。やってみろよ」

『くそっ……う、撃て!』

 破れかぶれになったMSTFの声と共に、重い砲撃音。

 MSTFの装甲車とは別の場所で砂ぼこりが舞い上がる。

 マルスは瞳を蒼く輝かせたまま右腕を振り下ろす。

「……セイッ」

 マルスの右腕の延長線上、百メートルほど先で何かがきらめく。同時に何かが二つ、そこからマルスの方へと飛来。それらはすぐに両耳を塞いだマルスの両脇を通り過ぎて、切り刻まれたハッチの残骸に着弾した。

 轟音、爆炎。

『きゃあああああっ!』

「ミネルーー」

『ーーこっちは大丈夫。気にしないで!』

 そう返したのはクラリスだった。ミネルヴァがぼそりと『そこまで言わなくたって……』とこぼしたが、それに答える余裕のある者はいない。

「わかった。しっかし……光学迷彩か。芸がねーな」

 マルスがうそぶき、何もない左側の空間に向けて左腕を振り下ろす。

 すると、破砕音が鳴り響き、キラキラとした光とともに十メートルほど先に縦に真っ二つにされた装甲車が現れた。

 第三項の天使であるマルスによる不可視の斬撃、“大天使ミカエルの剣“で、近くにいた装甲車が破砕されたのだ。それにより、光学迷彩が維持出来なくなったのだろう。

『なっ……!』

「先に手ェ出してきたのはそっちだからな。壊滅したって文句はねーよな?」

 余裕の表情でニヤリと笑うマルスに、MSTFの士官は動揺を抑えられないようだった。

 実際のところ、マルスは四次元空間を見渡すその蒼く輝く瞳により、光学迷彩があっても装甲車をある程度は視認している。

 彼はアスカの言う第三項の天使である。つまるところ陽子や中性子、各種クォーク同士をつなぎ止めるグルーオンを認識し、操ることができる。

 であれば、いくら光学迷彩ーー光子による偽装ーーを施しても、マルスの目から完全に隠れることはできないのが道理だ。

『くっ……! 集中砲火だ! やれ!』

 MSTF士官の声と共に、マルスの視界の届く範囲全てから砲撃が放たれる。

「クラリス!」

 鋭い声を上げるマルスへの返答は、自信に満ちたものだった。

「わかってる! 行くよミネルヴァ!」

『ぜーんそーくりょーく!』

 クラリスとミネルヴァの声と同時に、切り刻まれたハッチの残骸がふわりと浮かび、空中に撒き散らされる。

 そうやってできた隙間から間髪入れずアルテミスが外へと飛び出し、赤い荒野の地表を全速力で駆け抜けていく。

 アルテミスの頭上にはクラリスが立っていて、彼女の瞳もまた蒼く輝いていた。

 直後、無数の砲弾が格納モジュールに着弾。爆音とともに格納モジュールが砂ぼこりを舞い上げて崩落する。

『ああ……』

 アスカの嘆きをアルテミス内部のマイクが拾うものの、アスカを慰める余裕がある者などいない。

 走り抜けようとするアルテミスの側面にマルスがしがみつく。アルテミスの上に立つクラリスと顔を見合わせ、お互いにうなずきあった。

『お兄ちゃん。これ……本当に大丈夫なの……?』

「当たり前だ。俺たちは火星最強の個人戦力だぞ。たかが通常兵器なんかに負けるかよ」

『その通常兵器、対人じゃなくて対戦車仕様なんですけどぉ』

「その程度じゃどうにもならんことをあいつらに教えてやる。それよりーー」

『ーーやってる! やってるってば! あと十五秒で向こうの迷彩めくるから』

「おう。やれ!」

 マルスの怒号から少しして、彼らの眼前の荒野がキラキラときらめき、光学迷彩が解けていく。

「うわ、凄い数」

 クラリスの呻きに、マルスも思わず口笛を吹く。

 先程まで一台の装甲車の他には、マルスの破壊した一台しかいなかった赤い荒野に、装甲車がずらりと並んでいたのだ。

 その数およそ三十台。

 マルスが破壊した一台は、偵察か不意打ちのために基地の近くに配置していたのだろう。

「でもま、人間はいても数人だろうな」

 マルスはそう言ってクラリスに目配せする。

 クラリスはマルスが何を求めているのかを察し、少し顔を曇らせた。

「大丈夫なの? 着地は手伝えないよ」

「なんとかなる。それに、俺がここにいたら囮にもなんねーし」

「それはそうだけど……ケガ、しないでよね。私のせいでマルスがケガしたら、ミネルヴァに怒られちゃう」

「心配しすぎだ」

 そう言って笑うマルスに、クラリスは首をかしげる。

「私が? ミネルヴァが?」

「どっちもだよ」

 マルスが苦笑混じりにクラリスに手を差し出す。クラリスは少しだけ頬をふくらませて、その手を取った。

 同時にクラリスの瞳の輝きが増し、アルテミスの側面にしがみついていたマルスの身体が空中に浮く。

「いいのね?」

「やってくれ。ど真ん中だ」

「知らないからね!」

 クラリスの叫びと共に、マルスの身体が前方へと自由落下していく。

 第四項の天使であるクラリスが操る重力子によって、マルスにかかる重力の方向が変化したのだ。

 マルスは山なりの軌道を飛翔し、文字通りひとっ飛びで装甲車のただ中へと突っこむ。

「オラァ!」

 マルスは第三項の力で、並んでいた装甲車を三台まとめて“大天使ミカエルの剣“でぶった切り、次いで自分の着地点にも力を振るう。

 蒼い燐光と共に装甲車が沈黙し、マルスの着地点のゴツゴツした荒れた大地もまた、蒼い燐光に解体され、柔らかな砂のクッションとなってマルスを受け止める。

 そのまま転がり、勢いのまま跳ねるように立ち上がってマルスが吠える。

「おおおおぉっ!」

 右手を一閃。

 装甲車を更に追加で二台スクラップにすると、逃げる素振りなど一切見せずに他の装甲車へ向かって駆け出していく。

『くっ、奴を止めろ! なんとかしないと俺たちがやられる!』

 士官の声はパニックに近い様子だったが、稼働する装甲車の群れまでもがパニックに駆られた様子は無い。

 全体的にマルスとアルテミスから距離を取ろうと土煙を上げて高速バックしながら、対戦車砲が火を吹く。

 タングステンカーバイドの徹甲弾の群れが、マルスへと殺到。

 電子制御された砲撃とはいえ、マルス一人を命中させられるほどの精度はない。……というよりも、本来はそこまでの精度を必要としない兵器だ、という方が正確なのだろう。

 対戦車に使用するから対戦車砲なのであって、元々人間を狙うための兵器ではない。天使に対抗するためであるがゆえに破壊力重視にしたMSTFの装備が、結果としてマルスたちと相対するには適切なものでは無くなったと言える。

「しゃらくせぇっ!」

 マルスが前面に手をかざすと同時に、両目の蒼の瞳が輝きを増す。

 マルスの周囲に徹甲弾が着弾し、爆発したような土煙が上がる。と同時に、マルスに直撃する軌道の徹甲弾は、マルスのかざした手のひらの目の前で蒼い燐光となって消失していく。

 マルスはグルーオンに干渉して物質を消失させられる。その力でもって、瞬間的に自らの周囲の大気をも消失させていた。

 大気を薄い層状に消失させることで、大気中を伝わる衝撃波を遮断しているのだ。

 マルスはすぐさま駆け出し、周囲の土煙にまぎれて装甲車の群れへと臆することなく接近。

 そのまま土煙から飛び出し、横薙ぎ一閃してさらに五台の装甲車を沈黙させる。

「……」

 マルスは目を細めて相手の動きを観察する。

 装甲車の群れはまた後退しながら、次弾の装填を行っている。だが、更にその影で光学迷彩をかけ直して別方向に逃げていく車両をマルスは見つけた。

「……アイツだな」

 そうつぶやいて、後方をちらりと見る。

 マルスの背後、晴れ始めた土煙の隙間から、アルテミスの姿がちらりと見える。

『うわああああ! 助けてぇ!』

『ミネルヴァ。大丈夫だってば!』

『でもお。クラリスぅ……』

 当然、アルテミスもまた砲撃にさらされていた。

 しかし、アルテミスの車上にいるのは瞳を蒼く輝かせたクラリスだ。

 彼女の操る重力により砲弾の軌道は曲げられ、近くの装甲車はふわりと上空に浮き上がり、放物線を描いて逆さまに墜落する。

 クラリスの力にマルスはニヤリと笑い、正面に向き直る。

「見つけた。ヤツを仕留める」

『……任せるわ』

『ちょっと、それって殺すわけじゃ……』

 アルテミス車内にいるであろうアスカが、狼狽した声を上げる。が、マルスは嘆息するだけだった。

「他に方法はねーよ」

『そんな!』

 アスカの悲鳴を聞き流し、マルスは突進する。

 殺到するタングステンカーバイドの砲弾を避け、消し飛ばし、残骸と化した装甲車を飛び越え、装甲車をさらに切り刻み、逃げていく装甲車を追う。

 マルスとクラリスという二人の天使を前にして、三十台の装甲車も足止め程度にしかならなかった。

 圧倒的優位に思えた装甲車も、二人の力の前には為す術もなく数を減らしていった。

「これで、まずは一人目か」

 マルスが目をつけていた装甲車を射程範囲に捉えると、その瞬間を逃さず右腕を振り下ろす。

 全速力で逃げていた装甲車はあっけなく縦に両断されると、左右がバラバラになって土煙を上げながら横転した。

「……さて」

 マルスは瞳を蒼く輝かせたまま、その装甲車の残骸へと近づいていく。

 人影が一つ、その残骸からはい出してくる。

 灰色の装甲服は、MSTFの標準装備だ。防刃、防弾、耐衝撃に優れ、それでいて軽量という高性能品だ。

 流石に天使の力までは防げないが、それでも装甲車の破壊の衝撃には耐えられる。

 その兵士ーーフルフェイスのヘルメットをしていて、その表情はうかがい知れないーーは命からがら装甲車から脱出したものの、よろめき、膝をついてせき込む。

「……外してたか。まあいい」

 マルスは焦った様子もなく、ゆっくりと兵士へと近づいていく。

『マルス。ダメよ』

「バカ言え、アスカ。言っただろ。やらなきゃ、俺たちが生き残れない。MSTFの兵士がいたなら、生かしてはおけない」

『だけど……』

「もう遅い。これで終わりだ」

 マルスが容赦のない言葉を告げると、右腕を振り上げる。

『ダメよ!』

 アスカの声に耳を貸さないまま、マルスは右腕とともに“大天使ミカエルの剣“を振り下ろそうとした。


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