第4話 擬戦

 城の外にある大きな広場に二騎の装騎が向かい合う。

 一方は斬扇、そしてもう一方は士羽―――その中でもアンキで最強と謳われる隊長騎であった。


「士羽隊隊長を務めるシトドメだ。今日は“原初の装騎”斬扇と戦える事、誇りに思う」

「は、はい! よろしくお願いします!」


 魔術によってお互い声を届けると、擬戦───装騎同士による模擬戦闘のために作られた擬戦刀ぎせんとうを構える。

 互いに静かに腰を落とすと、士羽が脚部に力を込める。


「準備はいいな…行くぞ!」

「えっいきなり!?」


 呼吸を整える間もなく、士羽が斬扇に迫り、刃を向ける。

 斬扇が擬戦刀で受けると、刃同士が擦れあい、火花が散る。


「 魔導防壁が中和された…!」

「何それ!?」


 焦るサヤに安綱が問うが、答えが返ってくる間もなく士羽の第二撃が斬扇を襲う。

 再び鍔迫つばぜり合いながら、斬扇が士羽の刀を受け流す。

 一旦士羽から距離を取って斬扇が擬戦刀を構え直す。


「魔導防壁ってなんだ?」

「魔術によって張られる然を込めた透明な防御壁の事です。しかし士羽の魔術士によって魔術が中和され、破られました……安綱くんが受けてくれたから良いものの、相手は相当の手練れと伝わりました」

「なんか知らんが、要は俺がこの刀で守って、攻めればいい話じゃねぇか!」


 気合を入れ直した安綱の思いに応えるように斬扇が走る。

 擬戦刀を前へ構えて防御姿勢を取る士羽へと重い斬撃を食らわせる。

 士羽に魔導防壁を張られ攻撃が届かないと思われたが、サヤの操作により魔導防壁を中和、士羽の擬戦刀に刃を押し付ける。


「流石は原初の装騎、力量はそちらが勝るか!」


 士羽が攻撃を受け止めきれず弾き飛ばされ、姿勢を崩すと、その隙を見逃さなかった斬扇が刀を振り上げ、突進する。


「もらったぜぇッ!!」

「…甘い!」


 その瞬間、士羽が上体を捻って斬扇の突きをかわし、操縦席のある胸部に刃を向ける。

 士羽の動きによる土煙の中、完全に“致死の域”に入った一閃を前に、サヤの息が詰まる。

 が、安綱には“次”が視えていた。


 士羽は反撃に集中して気付いていなかったが、斬扇の擬戦刀は胸部を守るように構えられており、士羽の刀を受け止めた。


「…今、俺何やった?」

「安綱くん!」


 自らの反射的な行動に驚く安綱だったが、サヤの声を聞いて我に返る。どうやら士羽も驚愕のあまり硬直しており、大きな隙を見せていた。それを狙って安綱が刀を握りしめる。


「動きが完全に読まれていた…のか」


 シトドメが驚いているうちに斬扇が跳躍し、擬戦刀を振り上げる。

 上から下へと剣を振り下ろす重力を味方につけた重い斬撃───真向まっこう斬りの体勢であった。

 その動きを理解したシトドメは士羽を後退させ、斬扇の放つ一撃をかわしてみせた。


「まだ…動きが遅い!」


 擬戦刀の重みと着地の衝撃で動きの鈍った斬扇は士羽の機動に対応できず、背後を取られてしまう。

 無防備となった斬扇の背中めがけて士羽の突きが放たれる。


(マズった───!)


 心の中で敗北を確信した安綱の脳内に突如、次どのように自分が動くのかが視えてきた。それに従い斬扇を操縦する。

 突きが直撃する寸前で斬扇が横に倒れ、転がりながら士羽を避けてみせた。

 士羽の足元で体を寝かせた状態の斬扇が足を滑らせて士羽のすねに引っかけてそのまま転ばせてしまった。


(足掛けだと……ッ!?)


 体勢を崩しうつ伏せになった士羽にシトドメが焦る。

 なんとか起きようと精一杯の力を加えるが、起き上がる途中で止まる。


「…我々の負けだ」


 斬扇の持つ擬戦刀の切っ先が、士羽の胸部真後ろの背中に触れた。

 一突きで装騎を討てる急所を狙われ、反撃も回避も不可能となった士羽には成す術もなく、完全に敗北したのだ。


「勝利しましたね…おめでとうございます、安綱くん」


 安堵しながら微笑むサヤだったが、一方の安綱は神妙な面持ちをしていた。


「安綱くん?」

「あ、ああ……なんかよく分からないうちに勝っちまって、なんかな……」


 と、士羽の中から2人の魔術士が現れ、斬扇に笑みを向ける。

 

「完敗だった、魔導師殿。この勝利は必ずや王もお認めになるだろう」

「魔導精さまも素晴らしい技術でした! まさかこちらの魔導防壁を中和されるとは思ってもいませんでした」


「安綱くん、私たちもご挨拶しましょう」

「…そうだな」


 煮え切らない思いのまま安綱が操縦席を立つ。

 先程まで刃を交えていた士羽の魔術士たちと顔を合わせて、少し緊張しながらも安綱が頭を下げる。


「斬扇を動かしてた、赤羽安綱です…さっきは、ありがとうございました」

「いい動きだった、安綱殿。装騎との戦闘は訓練を通じて慣れていたつもりだったが、貴殿の動きには驚かされた。見た目の若さ以上に余程卓越した技術を持っていると思えたが」


 シトドメの評価に隣の魔術士もうなずいてみせる。安綱が好評を得て嬉しがるサヤだったが、当の安綱は複雑な表情をしていた。


「安綱くん? 先程からどうしたんですか?」

「少しいいか」


 と、シトドメがサヤの言葉を遮って安綱に問いかける。


「あれらの動き、貴殿には私の動きが読めていた…いや、視えていたんじゃないか?」

「! そ、そうです! なんか士羽がどう動くのか、次にどう動けばいいのか、全部頭ン中に流れ込んできて、その通りにやったらうまくいっちゃって……だから、その…」

「整理がつかないか、それもそうだな」


 ふむ、と唸りながら顎を撫でるシトドメがふとある言葉を口にする。


「『先見覚知せんけんかくち』って……聞いた事あるか?」

「いや無いです」


 安綱が即答すると、それもそうか、とシトドメが目を閉じる。

 

「先見覚知とは、去界人が稀に覚醒する未来予知の才能の事です。戦闘中、その中でも特に死の危険が高まる極限環境に置かれた魔導師が覚醒する可能性が高いと言われています」

「詳しいな」


 サヤの説明にシトドメが感心すると、彼女は少し憂うような表情を見せてあさっての方向を見る。


「昔先見覚知を持った人に会った事がありまして」

「なるほどそれでか…私とは今までお手合わせする機会は無かったが、サヤ殿は魔導精としての歴は長かったか」

「はい」


 サヤが答えると、ちょっと待ってくれ、と安綱が首を突っ込む。


「話を戻していいスか? 俺はその先見覚知…だったっけ、その才能があるって話だったよな?」

「ああ、そうだ。だがまだ私に出し抜かれている部分もある、覚醒したての粗削りな物だったが」

「それって鍛えたり練習すればもっと能力を活かせたりするんですか?」

「勿論だ───」

「それは安綱くんが戦い続ける事を意味します」


 シトドメの会話を遮ってサヤが告げる。


「私が会ってきた先見覚知を持っている方は皆、戦いの中でのみその才覚を磨きました。その力が民のためになると戦い続け、その能力で何度もジャモウを狩り続け…死にました」


 死。その語を聞いて安綱が生唾を飲み込む。


「先見覚知を持つ方は、その力を活用せんと躍起になって戦場に飛び込み、命を落としていった方ばかりなのです。今さら安綱くんの戦う意志を止めるような真似はできませんが……安綱くんには覚悟をしてほしいのです」

「覚悟、か…」

「先見覚知を持っていることで貴方は正式な斬扇の魔導師として多くの人に認められるでしょう。そして、多くの戦いに挑む事になるでしょう。それによって貴方の身に迫る危険は増え、去界に帰る目的を果たせなくなるかもしれないのです。その覚悟ができるのならば、魔導師として私と共に戦ってください」


 サヤの真剣な面持ちに安綱は閉口する。

 斬扇に乗れと竹光養父は言った。斬扇で戦えば人々が救われる事も知った。だが、去界に戻り竹光と再開する事も約束した。

 安綱には目的が多々ある。だが、死んでしまってはそれらも叶わない。

 ならば───死なない。死ななければいいのだ。


「俺は戦う、でもじいちゃんともまた会う。斬扇を使って彷界の人たちの助けになりたい。そんでもって元の場所に帰る。戦場なんかで死んでやるもんか、俺の墓は去界に建てる」


 安綱の宣言にシトドメが口角を上げる。サヤは少し複雑な表情になるが、安綱の瞳を見て眉を上げる。


「それが貴方の覚悟なんですね? 安綱くん」

「ああ、みんなを守って俺自身も守る。そのためにみんなが言ってる才能ってのはあると思うからさ」

「貴方の願いを全て叶えるつもり、なんですね」

「“難しく考えるな、どうなればいいかを想像しろ”、そうじいちゃんが言ってたんだ。だから俺はシンプルに、理想を信じて生きるぜ」

「前向きなのですね」


 サヤが笑うと、安綱はなんだか自分の考え方が間違っていなかったと思えて安心した。


「斬扇の魔導師、それに魔導精よ、この度は良い擬戦を見せてもらった」


 王が兵たちを連れて満面の笑みを浮かべながら歩いてきた。


「恐れ入ります、王」


 サヤを含めたその場の面々が頭を下げる。それにつられて安綱も遅れて叩頭こうとうする。


「お前たち中々強いではないか、これは我も見くびっていたぞ。隊長、貴様としては戦ってみてどうだった?」

「彼らには非凡の才があると感じました。特に、斬扇の魔導師である安綱殿…彼には人々を守護するにふさわしい戦いの感覚があると評価いたします」

「貴様ほどの者が言うなら間違いないのだろう。良き事だ。副隊長はどう感じた?」

「我々の魔導防壁と中和に対して全く屈せず、勇ましく強い戦いをしてくれました。これなら是流扇にも拮抗し得ると考えます」

「そうかそうか」


 王が口角を上げると、安綱をまじまじと見つめる。


「まぁしかし…この短時間では頼りなさそうな雰囲気は変わらんな」

「そ…そうですか」


 眉をしかめる安綱にサヤが割って入る。


「しかし王、安綱くんは相手の次の手を読む力の素養があります」

「次の手を読む力? もしや魔術士の間で噂になっている先見なんとやらか?」


 仰る通りです、とサヤが静かに答えると、王が目を細めながら安綱を見る。

 凝視された安綱は王の自分をうたぐる眼差しに緊張する。


「そう言えば、魔導衣は羽織ってないのか…どうりで魔導師としての風格を感じない訳だ」


 王が手槌を打つと、安綱が眉を動かしてから、視線を落とす。


「魔導衣は魔導精が預かっていたとも聞いていた気がするが……魔導師よ、一体どうした?」


 王の問いに合わせてサヤも安綱を見る。彼女から預かった大切であろうものを着なかった安綱は、少し困ったような顔をしながらつぶやいた。


「……俺がそれを着るに足りる男か、自信が無かったもんで」

「魔導師である自信が無かったと申すか」

「はい、その魔導衣…一目見たときに分かったんです。これは色んな人が強い決心と一緒に着てきたものだなって」


 苦い表情をしながら安綱が告げると、王が鼻から息を漏らし、安綱の肩を軽く叩いた。


「そうだな、貴様には魔導師の格好など荷が重いだろう……だが、“これから”なのだろう。せいぜい待ってやる、魔導衣が似合うくらいにはなってみせよ、まど───違うな、貴様の名は?」

「赤羽、安綱です」

「安綱か、待ってるぞ…貴様の魔導衣姿をな。まぁ我の生きている内には頼むぞ! では我は城に帰る、貴様らも戻って良し!」


 そう告げると王が高笑いしながら城へと戻っていく。

 その様子を見送る安綱とサヤは、互いの顔を見て少し微笑んだ。


「ごめん、サヤ。魔導衣着れなくて」

「安綱くんの歩幅で構いません。変に気負わず、安綱くんのできる事を成してください」


 安綱がうなずくと、王とのやり取りを見ていたシトドメに頭を下げる。


「シトドメさんも、今日はありがとうございました!」

「またいつでも相手をしよう、それまでに腕を上げていてくれ、安綱殿」

「先見覚知…もっと上達させてみせます!」


 シトドメが頬を緩ませると、安綱に一礼して去っていく。が、安綱が彼を呼び止める。


「最後に……“原初の装騎”って最初言ってましたけど、斬扇ってやっぱ特別なんですか?」

「ああ、まだ聞いていなかったのか。ならば僭越ながら説明しよう」


 咳払いをして、シトドメが斬扇を見上げる。


「彷界には、斬扇を含めて四騎の原初の装騎が存在している。それらは数百年前にジャモウの出現と共に開発され、ジャモウの駆る魔造獣らを駆逐せんと活躍した。原初の装騎を開発した者は素性を明かす事なく失踪してしまったが、その技術を解析して士羽を作り上げ、今日こんにちに至るという訳だ」

「───えっと、もしや魔導師や魔導精って呼ばれ方も…」

「原初の装騎固有の呼び名だ。士羽を駆る我々はただ魔術士と呼ばれる……だからこそ貴殿に与えられた異名と騎体は、特別なのだ」


 シトドメの言葉を聞いて、安綱は喉を鳴らす。


「…だが、貴殿は気負わずともいいだろう、楽にしていた方が良い動きをしてみせるタチだと直感した。今は人々に呼ばれる名に捉われず、人々を守る者として研鑽けんさんを積むのみだ」


 そう告げて微笑むシトドメに、安綱はウス、と一言応じて礼をした。


「聞きたい事があればまた城に来てくれ、では失礼する」


 帰っていくシトドメ達を目送する安綱が、サヤへと視線を移す。


「用も済んだし、俺達も帰っていいのか?」

「カタナさんと合流してから、ですかね」

「───そう言うと思って帰りの準備してきたぜ!」


 2人の会話に割って入って声をかけたのは、カタナ本人であった。

 彼は紙に包まれ閉じられた安綱の衣服を持って魔導車の窓から顔を出していた。


「擬戦見てたぜ! 凄かったな、安綱!」

「そうか? まだまだだと思ったぜ…俺は」

「そうは思わねぇけどな~俺は~」


 謙遜する安綱に気味の悪い笑みを向けて茶化すカタナに、安綱は苦笑する。


「それでは私は斬扇に乗って帰ります」

「あぁ、帰りも同じように俺が魔導車乗ってけば良いのか?」

「お願いします、先程の擬戦で然も消耗したでしょうし、操縦は任せてください」


 オッケー、と軽く受け応えて安綱が魔導車に乗り込む。


「そういやカタナ、彷界には木刀ってあるか? 木で出来た刀、いやお前じゃなくてな」

「木刀だろ? それくらいなら村で売ってるぜ」

「ほほう、ならソイツを買って日課の続きでもやるか───」


 日課、木刀の素振りの事を考えていた安綱だったが、ある事に気が付いて硬直する。


(お金、どうすんだ……!?)

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