第3話 誰かのために
装騎・斬扇が魔造獣を討伐してからしばらくの時間が経過し、日が暮れてきた。
日没によって破壊された村の家々が橙色に染まっていく。
疲れを感じながらも膝立ちの形で斬扇が安置され、安綱とサヤが出てくる。
「安綱! サヤさま! 大丈夫ですかい!?」
駆け寄るカタナに安綱が無事を示すように手を振る。
「私達は問題ありません。それで、村の被害は……」
「ひでぇもんだが、いつものジャモウの被害よりかはマシだな…これも斬扇のおかげですよ」
カタナがそう言うが、彼らのそばにある最も被害の大きかった場所では、人々の阿鼻叫喚と壊された家屋の数々が否が応でも目に入る。
「俺も後始末手伝うよ」
「何言ってんだ安綱、お前だってさっきジャモウと戦ったばっかだろ! 休んでろって!」
「あの惨状を見たら休んでらんねぇよ……」
体をふらつかせながらも安綱がなんとか動き出し、重たい瓦礫を片付ける村人に混じって一緒に持ち上げ始める。
「無茶すんな安綱!」
「体が勝手に動くんだ、仕方ないだろ」
付き人として安綱の身を案じるカタナだが、当の安綱は聞く耳を持たない。
呆れてしまうカタナだったが、彼の横にサヤが歩いてくると、安綱の方を見る。
「少しだけですが安綱くんと過ごして、少しだけ分かったことがあります。彼は良い人です。ですが……」
サヤはそう安綱を評価するが、その言動にはどこか含みがあるようにカタナは感じ取った。
「…ですが、なんですかいサヤさま」
「良い人とは誰かのために自分の力を使える、とても優しい方……と言えますが、それは同時に自分のことを
「そうですね、アイツは他人の心配をしてああやって動いちゃくれるが、まるで自分のことは考えてねぇ、自分のことをもっと大事にできてんなら…あそこでひっくり返っちゃいませんぜ」
カタナがそう言いながら走ると、重い瓦礫を持とうとして転んだ安綱に駆け寄る。
それを見てサヤも安綱の身を案じ駆けつける。
「大丈夫か、安綱!」
「安綱くん!」
「お、俺は平気だ。それよりもここに住んでたばあちゃんの大事にしてた花瓶を探さなきゃなんねぇんだ」
「お前、そうやって去界でも自分のことを後回しにしてきたのか?」
安綱が押し黙ると、肩を貸してくれていたカタナとサヤを押しのけてまた瓦礫を持ち上げはじめる。
「魔導師さま、どうかご無理をなさらずに…!」
「大丈夫ッス、俺は村の人達を守りたいって思ってここにいるんだ、やらせてくださいって!」
そう告げながら笑ってみせる安綱だが、顔色には疲れが見える。
「安綱くん、斬扇での戦闘で貴方の然も消費され、消耗しているはずです、無茶しないでください!」
サヤから強く言われ、安綱が手を止める。
と、魔導師が作業を手伝っていると話を聞きつけた長老が安綱の元へと戻ってきた。
「赤羽さま、ここはわしらの村ですじゃ。わしらの力で片付けていきますとも。戦ったあなたの次の役目は休むこと…疲れを癒すのも魔導師としての務めなんですじゃ」
「ですが長老さん…俺は……村を守れなかったのが悔しいんです、だから、直すぐらいは……!」
「厳しい言葉かもしれませんが、それはあなたの役目ではない」
長老が言葉を突きつけると、安綱が険しい表情となる。
奥歯を噛みしめる安綱の手が震え、瓦礫を落とす。
そしてそのまま倒れ込んでしまう。
「やっぱり無理をなさっていたか…」
「わりぃ、じっちゃん……俺がついていながら」
「私ももっと強く止めるべきでした」
カタナとサヤが肩を落とすが、長老は首を横に振る。
「カタナは赤羽さまを屋敷へ、サヤさまはついて行ってくだされ」
長老のゆったりとした、しかし力強さのある言葉に押され、2人は安綱を彼の住居へと運ぶ。
「村はボロボロになったが、魔導師さままでボロボロになる必要はありませんですじゃ」
長老が呟くと、村の内で被害がひどい場所へと鼓舞に向かう。
──────────────────
安綱が人の話し声で目覚めると、そこはベッドの上だった。
朝日と思しき光が窓から差し、その眩しさに瞬きする。
「ッ! 今日の素振り───!!」
いつもの日課を忘れて眠ってしまったことで飛び起きる安綱だったが、ここは異世界であり、振るう木刀も無い場所であることを思い出した。
「俺…いつの間に寝ちまってたんだ」
昨日の記憶を辿り、斬扇を操縦したこと、彷界に来てしまったこと、そこで多くの死を見てきたことを想起する。
脳が混乱する情報量にため息をつきながらベッドから立ち上がると、未だに収まらない人の声に眉をひそめる。
その声は下の階から聞こえる。カタナが着ていたような甚平に着替えさせられていることを気にしながらも寝室から出て階段を降りると、玄関口でカタナと旧日本軍を思わせる軍服を着た兵士らしき男達が話し合っていた。
「ちょっと待ってくださいよ、まだ安綱寝てるんですから」
「王からの命令です、すぐに来ていただかなければ」
「もう朝か? カタナ、この
起き掛けの安綱が話しかけると、男達がどよめく。まるで有名人を見つけたかのような反応だった。
「安綱、コイツらは“アンキ”の兵士だ。国王がお前に会いたがってるらしいぜ」
「アンキ?」
「この国のことさ」
カタナが説明すると、安綱は彷界にも国という概念があることを理解し、その広さを実感する。
「赤羽安綱さま、我々とご同行願います」
「ついて行けば、国王に会えるンスね……カタナ、俺の着替えどこやった?」
「今から行くつもりなのか!?」
驚くカタナに安綱はうなずく。
「国王なら俺がこっちに来たこと───移界とか言ったか。その移界についてなんか知ってるかもだからな。それに今の俺は魔導師サマってワケだ、悪い様にはしないだろ」
「そうだが、昨日疲れてブッ倒れてんだぞお前! そんな体で行かせられるか!」
「じいちゃんと約束したんだ、必ず戻るって。そのために出来ることがあるなら絶対やる。寝てられねぇんだ、帰る為にはな」
安綱の強い意志を示す眼差しにカタナは言葉を詰まらせる。
「だったら俺もついていく! 俺は安綱の付き人だ! いいかい兵隊さん!」
兵士らが顔を突き合わせて少し話し合ったあと、小さくうなずき口を開く。
「赤羽安綱さまの体調を考慮し、こちらから話をつけておきます。お付きの方もご一緒で構いません」
「助かるぜ…安綱、着替えはお前の部屋にあるぜ」
結局俺の部屋かよ! と安綱が声を荒げると、自室へと戻り、身支度を済ませて戻ってくる。
先程着ていたものよりも生地の厚い、外出用の甚平を着た安綱が階段を降りてくる。
「今日は朝飯にパンを用意してたから、行く途中で食おうぜ」
「彷界にもパンってあんのか!?」
「ああ、そう呼ばれ始めたのは最近で去界人の影響だが、そのパンって植物の粉をこねたものに菌を混ぜて焼くんだろ? この世界にもそういう食いもんがあってよ、去界人にも大ウケなんだぜ」
「そいつぁ面白いな…まぁ俺は朝は白米派なんだが、彷界にあるか分かんねぇしな」
カタナが焼いておいたパンを受け取り、安綱が頬張りながら出発する。
「では、赤羽安綱さま───」
「ただの安綱でいいッスよ、呼びにくいでしょ?」
「訂正いたします…安綱さま、こちらへ」
兵士が屋敷の外へと出ると、目の前に斬扇が佇んでいた。
何度も見上げてきた騎体だったが、いきなり現れると流石の安綱も驚きのあまりパンを頬張る手を止める。
どうにもまだ巨大な人型機械の存在には慣れないらしい。
「なんでこんなトコに斬扇が!?」
と、騎内からサヤが出てくる。
「私も国王から招集を受けていまして…斬扇を見たいとの事でして」
「じゃあ斬扇ごと王様ンとこ行くのか」
「はい、ただ操縦は私に任せてくれればいいので安綱くんは兵士の皆さまとご一緒に城郭へ向かってください」
そういえばサヤだけでも操縦できるのか、と安綱が顎に手を当てる。
確かに去界で初めて斬扇に乗った時、彼女だけで操縦していた。装騎を扱うには魔導師が必ずしも必要ではないのだと実感する。
「もしかして装騎って魔術士だけでも動かせたりするのか? サヤみたいに」
「はい、アンキの城へ行けばそれをさらに実感することになるかも知れません」
サヤの一言に安綱が首を傾げる。
「とりあえず今は斬扇に乗って体力を浪費させんなってこったな、安綱」
カタナに肩を叩かれ、なんとか自分を言い聞かせた安綱が兵士らの駆る“魔導車”に同乗する。
──────────────────
数時間の間魔導車に揺られ、城が見えてくる。日本の城郭そのままの見た目をした荘厳な見た目に安綱が口を開けたまま呆然とする。
「スゲーだろ、アンキ城。でもアレだよな、去界にもああいう城が残ってるんだってな」
「ああ、残っちゃいるが、今でも城として使われている所はねぇ。こう…ここには今でも城として機能してんだろうなって風格があるな」
今まで城言っても修学旅行で見たくらいのものだった安綱にとっては、こうして目に入るだけでも感じ入るものがあった。
そして、城に目を取られている内に、あるものが城外を囲んでいることに安綱が気付いた。
「ちょっと待て、あの沢山あるのって…白い、装騎!?」
「ああ、生産型装騎、『
カタナが説明する間にも、魔導車は士羽の足元を走っていく。
大量に配備されたそれらを見上げ、安綱はただただ感嘆の息を漏らすことしか出来なかった。
城と士羽の、白く塗られた壁と装甲が、太陽の反射で輝いて見える。
異世界の城といえば洋風の王宮などを連想させるが、安綱は竹光に育てられてからは常に“和”の感性を磨かれてきた。そんな彼にとってこの優雅かつ淡泊な光景は、とても美しく見えた。
「安綱さま、到着いたしました」
「城…装騎…カッチョいいな」
「しっかりしろよ安綱、今から王様に会うんだから」
そうだった、と気を引き締め安綱が胸を抑えて呼吸を整える。
「王との
「えー、さっき着替えたばっかなのにか」
「我々が身を包む軍服とやらのように、魔導師さまには魔導師さまらしい格好がございます。王と顔を合わせるならば、その場にてもっとも相応しい役割を示した装いというものが求められる───これも去界からの教えだったはずです」
「ドレスコード的な…か、言いたいことは分かりました。とにかく案内お願いしますね」
兵士の案内に従い、安綱が歩き出したとき、斬扇から降りてきたサヤが衣服らしきものを安綱に手渡す。
「魔導師としての服が必要なら、これを羽織ってください」
「サヤ? これは?」
「歴代の魔導師に受け継がれてきた羽織…『
「立派な魔導師……俺がそれを名乗っていいのかは分からねぇが」
サヤが首を横に振ると、つぶらな瞳で安綱を見つめる。
「…分かった、預かっとくぜ」
──────────────────
アンキ城、天守閣。
その最奥にて
「客人に正座をさせ続けるのも悪い、やはりここは去界風に改装した議会の間に通すべきだったか」
「お言葉ですが王、ここは魔導師と名乗る者たちの態度を見る意味もございまして、去界人にとっては古風な天守での集まりとしたのです。しばしご辛抱ください」
「辛抱しているのは魔導精の方じゃないか? まぁいい」
王が議員を離れさせると、サヤに言葉をかける。
「久しいな、魔導精。貴様がここに来たということはその魔導師は本物なんだな」
「はい、彼こそが真の魔導師、人々を守る使命を全うしうる素晴らしき人です」
「高く買っているんだな。それで、彼の者はまだ来んのか」
と、
(安綱くん、魔導衣は羽織らなかったのですね…)
「遅れてすみません、着替えに手間取ってしまって」
「おっおい、王に失礼な態度を取るな!」
カタナに小声で叱られた安綱は周りで険悪な表情をしている議員らに軽く頭を下げると、目の前にて胡坐をしている初老の男性を見て生唾を飲む。
「あなたが、この国の王様―――」
「いかにも、我がアンキを治める王だ。名も国から
「アンキ王…」
「まぁ座れ、正座が辛ければ足を崩してもよい」
「いえ、大丈夫です」
空けられていた
「貴様が噂の魔導師か」
「そうです、赤羽安綱ッス」
「なんか頼りなさそうだな」
「たっ…!」
王から不意に出た言葉に安綱は思わずどもってしまう。
緊張も相まって言葉を失ってしまった。
議員達も安綱の顔を伺うと、渋い顔をする。
「王、お言葉ですが安綱くん───魔導師・赤羽安綱さまは決して頼りないなどということはございません」
サヤの発言に王が耳を傾ける。
「安綱さまは去界からこちらに来たばかり…それを戦いに巻き込んだ上でそのように仰られるのはどうかと」
「サヤさま、いくら魔導精と言えど王に対してその様なお言葉は───」
兵士らがサヤを囲むが、安綱が彼女を庇う。
「待て兵らよ、荒事にするな」
王が兵を退かせると、眉を吊り上げるサヤを見て、ため息をつく。
「魔導師…貴様の若さを分かってはいるが、この国の民を守るためには貴様が強くなくてはいけないのだ。斬扇の力を引き出せる唯一の戦力として励んでもらわなくてはならない」
「王! それは私たちの都合です!」
と、感情的になるサヤに安綱が待ってくれ、と制止をかける。
「サヤ、王様の言ってる事も一理ある……俺は斬扇に乗れる魔導師でもあるが元々ただの高校生。ちょっと鍛えてただけでジャモウとの戦いを任せられる強さじゃない。だから……」
安綱が顔を引き締めると、王へと強い視線を送る。
「…だから、俺はこれから強くなります。王様に頼ってもらえるような魔導師に、これからッス! これからなります!!」
安綱の決意に王が
「では王、ここは斬扇ないし魔導師の力、測ってみてはどうでしょうか」
議員からの意見を受け王がそれを認める。
「そうか、良かろう…士羽隊の中でも選りすぐりの兵と斬扇、戦わせてみよ」
王が指令を下すと、サヤへと視線を移す。
「よいな、魔導精」
「構いません」
「マジか」
「強くなる」と宣言はしたものの、突然の状況に安綱が声を漏らす。
困惑する彼だったが、先程王に宣言した言葉を思い出し、やれることはやってみようと腹を決める。
「間もなく士羽対斬扇の
「ッ…やってみせます」
王に認められるため、安綱は戦うことを決心する。去界―――竹光の元へと帰る手掛かりを得るために。
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