第51話 前を向いて
いずれにしても、聡が最初にやらなければならないことは、たった一つしかなかった。
これから暫くの間暮らすことになるこの世界——アイオーンについて、知識を広げなくてはならない。この世界のこと、この世界が向き合っている問題についても、だ。時間は幾らあっても足りないだろうが、それでも最善を尽くさねば意味がない。
聡はフィーナに案内されて、同じ家の別の部屋を紹介された。その部屋は暫く誰も使っていないため、使うことは問題ないらしい。家の持ち主はフィーナであり、彼女はここで一人暮らしをしていたのだ。
「しかし、急にやってきたのにここまで手厚く……」
「普通はしないよ? だけれど、それ」
フィーナが指さしたのは、聡がつけている銀色の指輪だった。
「……あ」
「それをつけているってことは『あの子』に認められた……ってことでしょう? であれば、わたしたちの味方であることは変わりない訳だし。まあ、何故この世界にオーディールもなしでやってきたのかは知らないけれど。もしかしたら、何かしらの原因で出てこようとしなくなった、とか?」
「……それは」
分からない。
分かるはずもなかった。
今までは意識してなくてもアルファの声が聞こえることもあったのに、今は何も聞こえやしない。
指輪をつけていたから繋がっていたのとばかり思っていたのに、答えは全くの正反対だった——という訳だ。
「こっちが勝手に思い込んでいただけ、と言われればそれまでなのだけれどね」
「?」
「いや、こちらの話だ……。しかし、オーディールが出てこないということ、これもまた事実だ……。どうしようとしたって、オーディールが居るのと居ないのとでは、これからの難易度が雲泥の差と言って良いかもしれない」
「……何を言っているのかさっぱり分からないけれど、ただ、大変なことだけは分かるわ……」
「分かってくれたようで、非常に有難いのだけれどね……」
同情してくれたからと言って、物事が良い方向に進むとは限らない。
寧ろ停滞していると言って良い——行動で示さず、同情を狙っている以上は、だ。
「とにかく、先ずは前を向かないと何も始まらないと思うのだけれど?」
フィーナの言葉に、聡は頷いた。
「理解はするけれど……するけれど、そこまで前向きに居られないよ。何故、そこまで前向きにいられるのか、さっぱり理解出来ないのだけれど……」
「アイオーンの昔からの言葉にね、『言葉には神様が宿る』という言い伝えがあるの」
「神様?」
それとこれとでどんな因果関係があるのだろうか?
「言葉には——どんな些細な言葉であっても、神様が宿ると言われている。それはきっと、口から出た言葉には責任が付き纏い、それを守らなくてはならないということの裏返しでもあるのだろうけれど、しかしそれを無碍にした人は聞いたことはないの」
「だから、皆前向きでいよう、と?」
こくり、とフィーナは頷く。
病は気から、とは言わないけれど、しかしながらそれに近しいものがある。
「……まあ、確かに」
ずっと今の状況を悲観する訳にもいかない。
ずっと今の状況を静観し続ける訳にもいかない。
前に、どんな手段でも良い、進まねば——。
「アイオーンを見て回らない?」
フィーナがそう言ってきたので、聡は目を丸くしてしまった。
「……何だって?」
「これから暫くここで——この世界で暮らしていくのでしょう? だったら、ずっとここに引きこもっている訳にもいかないでしょうし。どうかしら? 悪くない提案だと思うのだけれど……」
聡に断る理由は見当たらなかった。
フィーナの提案を受け入れるように、聡はただ頷くことしか出来ないのだった。
◇◇◇
家を出ると、そこに広がっていたのは原風景だった。
建物も二階以上のそれは存在せず、文明レベルは聡が住んでいた世界とは違うように感じられる。家の隣には必ず田畑が存在し、穀物や野菜と見られる植物が育てられている。
自給自足を体現している、そう言っても良いだろう。
フィーナの家は高台に建てられているからか、集落が一望できる。奥の方には海も見えるが、その先には何も広がっておらず、ただ大海原が広がるばかりだ。
「……ここは何という村なんだ?」
「だから、言ったではないですか?」
聡の疑問に、フィーナは首を傾げた。
「この世界にはこの島しか存在しない。だから、アイオーンというのはこの島であり、この村であり——この世界の名前なんです」
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