第九話 異巨人の世界 world.execute(me);
第50話 アイオーン
それから数十分後。
聡の姿は、集落にあった。
集落と言っても、円形に建てられている、ごくわずかの民家によって構成されている。家と言ってもその家も藁や土で作られた、聡の住んでいる世界からしてみれば何段階も下のクオリティと言っても差し支えないだろう。
その家の奥にあるベッド——と言っても藁の上にボロボロの布を敷いただけのものである——に横になっていた聡は、未だに自分の置かれている状況を理解出来なかった。
「……一体、どういうことなんだよ」
部屋には、誰も居ない。聡の姿を除き、誰も居ない部屋はとても静かであった。
しかし完全な沈黙かと言われるとそうでもなく——微かに子供が遊んでいるような、そんな声が聞こえているぐらいであった。
「……確か、ぼくはオーディールを使ってあの『扉』に入ったはず……。でも、この空間は何なんだ? オーディールと一緒に『扉』の中には入れなかった——ってことなのか?」
聡は頭の中に問いかける。
自問自答したい訳ではなく、アルファに意見を求めるためだ。
しかし、アルファは何も答えない——それどころか、何も反応すらしなかったのだ。
「ど、どう言うことだ……? 何で、何でアルファが反応しないんだ……?」
「目を覚ましたようね」
聡は声を聞いて、そちらの方を向く。
気づけば入り口の前には、一人の女性が壁に体重を乗せるように寄りかかっていた。
黒い髪を腰ほどまで伸ばした女性は、少し肌が焼けているように見える。いわゆる日焼けサロンを使って自分で焼いたとかではなく、太陽の下でずっと活動をしているが故に焼けてしまったかのような、そんな健康的な焼き方をしていた。
「……あなたは?」
「随分と警戒心がないものね。……まあ、この世界がどんな世界であるかも知らない以上、無闇矢鱈に警戒心を抱くよりはマシなのかもしれないけれど」
「……この世界?」
まるで今まで居た世界と別の世界に来てしまったかのような——そんな物言いであったが、
「ええ。大方、『扉』の向こうからやってきたのでしょう? そんなことをする人間が居るかもしれない——なんてあの子は言っていたけれど、まさか本当にやって来るなんて」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。話が全然掴めちゃいないのだけれど……」
「だから、言っているじゃない」
女性は溜息を吐いて、さらに話を続けた。
「ここはあなたが住んでいた世界ではない別の世界——わたしたちの言葉で言えば、『アイオーン』と言う世界だって」
◇◇◇
先ず、この世界について話をしましょうか。
この世界には、わたしたちが住んでいるこの島しか存在しない。島、と言うからには当然四方は海に囲まれているのだけれど、そこから先に何が広がっているかなんて誰も考えたことはない。
考えようとは思いもしないのよ、この島の外に何があるか——なんて。
船はある。何故なら、島の周りには魚がたくさん泳いでいるから——だからその魚をとるためには、船が必要不可欠と言う訳。そうなるのは当然のことでしょう?
けれども、その船を使って外界を知ろうだなんて、誰も思わないのよ。
だって、外海には人喰いの巨大な魚がウヨウヨ居るんですもの。実際に誰かが亡くなった時に、死体を外海に流すのも——そういう理由だからかもしれないわね。或いは、死体の処分に困ってしまったが故の苦肉の策だった——のかもしれないけれど。
いずれにしても、この世界はとてもちっぽけな世界よ。
きっとあの巨人——オーディールが姿を見せるまで、この世界の外に別の世界があるだなんて、誰も考えやしなかったでしょうね。
突如として出現したあの巨人は、人々に困惑しか与えなかった。
希望? そんなものはありはしない。
この世界に住んでいる人々は皆——今のままで良かったんだから。
◇◇◇
「……これが、この世界の今。わたしたちが、どれぐらい昔からは分からないぐらいに前から呼ばれ続けている——アイオーンという世界の姿よ」
「……………………、」
女性から事実を告げられ、聡は何も言えなかった。
或いは、これが今どういう状況なのかを正確に理解しきれていなかったのかもしれない。
それを理解出来たとして——今居る世界が自分が今まで暮らしてきたそれとは違う、というのをそう簡単に受け入れられるはずもないだろう。
「これから、どうすれば……」
絶望。
その二文字——聡の頭の中で、永遠にこだましていた。
しかも、解決策が何も出てきやしないという最悪の状態だ。唯一頼れるであろうアルファでさえも、今は何度も呼びかけているにも関わらず、全く応じない。
「どうすれば……どうすればいいんだ……?」
自分で『扉』の向こうに飛び込むしかない——そう啖呵を切ったが、まさかこのような結末になろうとは思いもしなかっただろう。
しかし。
だからと言って——ここで歩みを止めては元も子もない。
今頼れるのは——目の前に居る、この世界の住人だ。
「頼む」
だから、言った。
何か装飾した言葉で言うのではなく、ストレートに——はっきりと、真っ直ぐと。
「誰だか分からない状態で言うのも何だけれど……助けてくれないか。この世界から、元の世界に戻るために。この世界にやってきたのなら、きっと帰る方法だって——きっとあるはずだから」
それを聞いた女性は、深い深い溜息を吐いて——恐らく聡のことを憐んでいるような雰囲気で、答えた。
「……別に構わないけれど。元の世界に帰れるという自信は何処から出てくるのかね? まあ、先ずは自己紹介、かな」
そう言って、女性は手を差し伸べた。
「わたしの名前はフィーナ。一応、この世界にある唯一のオーディールの守り人としている。あくまでも、勝手にだけれどね。あんたは?」
「ぼくは聡。岩瀬聡だ。……よろしく」
そう言って、聡はフィーナの手を取って、固い握手を交わすのだった。
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