第52話 タウ
そういえば、さっきそんなことを言っていたような気がする——聡は思い出して、頭を下げる。
「悪かった。……さっき聞いたばかりの話だったのに」
「いえ。雰囲気だけでしか感じ取ることは出来ていませんが……大方、混乱しているのでしょう? それについてこちらがとやかく言うことは出来ません。ですから、今はどうするべきかを考えるための時間に充てましょう。それからでも、遅くはないはずですから」
フィーナの口調はとても優しく、包容性があった。
たとえ失敗しようとも、全てを包み込んでくれるような、許してくれるような何かが。
「……とにかく、これからのことを考えないといけないし。それもそうだよな……」
「分かっていただけるのなら、それで良いのです。これからのことを考えるためには、先ずは情報整理しなければなりません。そうでしょう? 本当ならばわたしだってしっかりと力になりたいところではありますけれど……、如何せん何もかもが分からない状況ですから」
「それは……」
確かにその通りだった——しかしながら、だからと言ってそこで何かアドバイスを言えるような立場でもないことは事実だ。
現に、聡は被害者である。
やってしまったのは自分自身の過ぎた行動が原因であったとしても——加害者か被害者かを問われれば、間違いなく被害者といえよう。
「……どうすれば良いのやら」
基本に、立ち返る。
然れど、答えはない。
何度考えたところで、答えは出てこないし——しかしこのままほったらかしても何も出来ない。
「とにかく、気分を変えましょう。この島、或いは世界——アイオーンについて知ってもらえればと思うの。そうすれば、もしかしたら何かしらの解決の糸口が見えて来るはず。そう思わないと、ね?」
つまりは、提案としてネガティブ思考ではなくポジティブ思考で行こう、と言うことなのだろうか。
至極真っ当な考えであるし、現時点ではそれを不正解とは言い難い。
でも。
「……分かった。そうだね。確かに、きみの言う通りだ」
ここは何のアイディアもないのに、ああだこうだと宣う場合ではなかった。
結局、フィーナの意見に従う形で、聡はアイオーンの観光ツアーを再開するのであった。
◇◇◇
集落を見下ろす丘に、二人は立っていた。
「あの集落……我々はあれをコロニーと呼んでいます。コロニーは一箇所しかありません。他は雄大な自然が広がっていて、我々が開拓することを拒んでさえいます」
「コロニー……、か」
聡はフィーナからの言葉を反芻する。
しかし——聡は一つだけ疑問を浮かべていた。
ここは紛れもない異世界である。つまり、何もかもが聡の居た世界とは違っている。服装、生態系、食べ物——そして、言語。
「……何で言葉が普通に通じているんだ?」
「それは——」
『それは、わたしから説明しようかしら?』
フィーナの言葉を遮って、脳内に何かの声が響いた。
それはまるでアルファの声であったが——しかし、何処か微かに違う。
アルファのようであってアルファではない。或いはそれに限りなく近しい存在のようにも感じられた。
「誰だ……!」
聡が訊ねた、ちょうどその時だった。
ぬるり、と言う感覚があった。
地面から白い何かが浮かび上がってきた。
ゆっくり、ゆっくりとその全景が見えてくるにつれ——それが人間の身体であることを、漸く理解できた。
「……誰だ? アルファ——ではないよな」
「アルファ……。ああ、懐かしい響きだ。根源にして原点、最善にして最高。そんな存在だったかな、彼奴は」
「タウ。外に出てくるなんて、珍しいね」
フィーナも驚いてこそいたが、それが誰であるか気づくと、どことなく素っ気ない表情を見せた。
「タウ?」
「そう。彼女の名前。……わたしにオーディールがやってきた時に、一緒にやってきた子なの。彼女のお陰で、わたしは幾度となく危機を乗り越えた。そう言っても過言ではないわ」
「よして。それは言い過ぎ。わたしは何もしていないし、何もすることはない。強いて言うなら、簡単なアドバイスをするだけに過ぎないし、あなたはそれを聞いて最適解を出しているだけに過ぎないから」
随分と早口で捲し立てるように返事をしたが、照れているのだろうか?
そんなことを考えながら、聡はさらに話を続ける。
「その……タウ? と言ったか」
「うん。言ったけれど?」
「どうして、違う世界なのにアルファと同じような姿の存在が?」
「ベータには出会ったかしら?」
「いや?」
「上位存在。わたしたちは『管理者』と呼んでいるけれど……管理者の意向が強いのよね。バラバラにさせるというか。一応、何かしらのルールはあるみたいだし、わたしたちにもそれが明かされることもない。あくまでも断片的に語っているだけにしか過ぎなくて、これが真実であるかさえも分かりはしないのよね」
煙に撒いたような言い方で、タウはそう答えた。
当然、聡が納得するはずもなく——次の質問をどうするべきか、脳内で考えざるを得ないのだった。
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