第四十八話 生きてきた

「バァちゃん」

「…もうじきここを出ていく。おめぇは残れ」 

「勝手ばっかり言うな。オレちんの話も聞け」


身支度をする手は止まらない。

苛立って、バァちゃんの腕を掴んだ。

びくともしない。シワ以外、昔からなにも変わっていない筋肉質な腕だ。


「…聞かない。年寄りが頑固なのは、おめぇが一番知ってるだろうが。それにもう立派な降霊術師なったんだ。ワシがいなくたってやっていける」


自分の顔を見ずにそう言った。

つい昨日まで、ひよっこだとか素人だとか言ってたくせに簡単に嘘を付く。

まるで、小さい子供につく嘘だ。


「うるせぇ、そういうことじゃねぇよ。オレちんのことなんだと思ってる?そんな簡単に頷くとでも思ったか。お前に育てられた孫だぞ、オレちんは」

「…うるせぇのはおめぇの方だわ。離せ」

「いやだ」


バァちゃんは荷物をつめる手を止め、深いため息をついた。

自分は少し後ずさった。けど、バァちゃんはいつに無い弱そうな顔をしていた。つついたら倒れそうな、そんな表情。


「…おめぇの父ちゃんは、ワシが産んだ。アイツに葛籠式を継承させちまったのも、それを悪用させちまったのも…、全部ワシのせいだ」


丸まった背中が震えた。

こんなバァちゃんをみるのは、初めてだった。


「なんでそうなる。父ちゃんは俺ちんの才能が無かったから出てっただけだ。子供を産んだのも再婚したのも、それを悪いことに使ったのもアイツの責任だ」

「…違う。…違うんだ…。ワシがアイツを厳しく育てたもんだから、道を外れてしまったんじゃぁ…」 

「なんでそんなに泣くんだよ」


…厳しく育てたって、そんな人殺しになったらおしまいだ。

父ちゃんは、きっとバァちゃんに酷いことをされて壊れちゃったのかもしれない。けど、勝手に再婚して新しく出来た子供に呪いをかけるなんてやっぱり間違ってる。

関係無い人間を巻き込んだのなら、幸せをうばった報いは本人が受けるしか無い。


「バァちゃんは一生悔やめばいいし、父ちゃんは裁かれなきゃならない。俺ちんはバァちゃんに救われたから、今こうして出ていくのを止めてる。なんでわからない?この分からず屋」

「うるさいヤツじゃわい…。いつワシがオメェを救った…?勝手に修行して、勝手に大人になっただけじゃねぇか」


「…勝手に大人になんかなれるわけねぇだろ。っ、この、ばかバァちゃん」


自分も、いつの間にか泣いていた。むず痒くて、うまく言葉が出せないのが悔しくて。


バァちゃんは、眉間にいっぱいしわを寄せて、でも袖で涙をぬぐった。

真っ赤な目で俺を真っ直ぐに見つめた。


「壺に入っているあの子は…、まりんは、…ワシの息子に殺されたんじゃ…」


バァちゃん、と声を掛けるまもなく嗚咽が部屋に響く。


「…っ、……あれはっ、」


「息子の作った壺は、葛籠式と呪言式が組み合わったものじゃから、民間呪法のそれとは少し性質が違う…。壺の呪言式を完全に壺から外すには、ワシの力が必要になる。」


泣きながら話を聞く自分の肩に、バァちゃんは強く手を置いた。

あまりの力に目を閉じてしまうくらいだった。


「…おめぇさんにお願いがある…。どうにか…、守ってやってほしい人が居るんだ…」


「守ってほしい…人…?」


「いずれ知ることになると思うが…、息子は葛籠式を他の誰かに継承させた。もしかしたら近衛がまた利用するために近づくかもしれない。だから守ってやってほしいんだ、できる限り…。…ワシはまりんを壺から出して役目を終えるだろうから、お前さんにしか頼めん……。」


「…名前は…」


「…「甲斐田ゆずる」。多分まりんと…、家族みたいに生きてきたんじゃろうな……」


バァちゃんはそういうと、静かに立って音もなく消えた。

足元には九条家の札が落ちていた。結局どうしようもなくなったらこれで行けることになっていたのだろう。自分が命がけで止めようとすることを、分かっていたのだ、バァちゃんは。



「…少なくとも、俺ちんはバァちゃんに守られてた。バァちゃんは正しくないけど、間違ったことからいつも俺ちんを遠ざけてくれた。」


「家族がいなくなるのは………、一番辛いから、やめてほしかったなぁ…。行かないでほしかったなぁ………」



そこから何時間も、抜け殻になるまで年甲斐もなく泣いた。


「甲斐田ゆずる」もそれは同じだったようで、初めて会った時同じ赤い目をしていたから、思わず笑った。

一度も会ったことのない、でも確かに俺ちんの妹だった「甲斐田まりん」の話を聞いた。


俺ちんは、少しだけ元気を取り戻した。


「なァユズ」


「どうしましたか、イチルさん」


「…代わりにはなれねぇけど、いつかお前の世話できるような立派な人間になるからさ」


「…うん」


「いつかにいちゃんって、呼んでな」


「………うんっ」














長い夢でした。

熱にうなされ、永遠の廊下を歩き続けさせられるような悪夢でした。


「…小さい頃、僕は吃音を持っていたんです。富田という…、怖い二人目の親がいました。その人との長い生活の間に、僕の心はすっかり怯えきってしまって、上手く喋られなくなってしまいました」


独白をさせられていました。

全てを許したつもりでいたものですから、今こうしていると思ったより恨みの感情がつのってきていて、どうしたら良いか困ってしまいました。


「小学校は誰とも話せませんでした。会話の歩幅が合わないのは、小さい子供の苦難でした。僕には友達がいなかったので、周りの子供たちが「どうして彼は生きているのだろう」といった目で僕を見つめてきました。僕はあの時全てが嫌いでした」


家の蔵は冷たくて広くて、修行には最適でした。

富田は祓い屋で、そして子育ての経験がありました。だから、4歳の僕に薙刀の振り方を教えることができました。


「でも僕は不器用で力がなかった………。僕は何度も怒られて、何度も殴られました。薙刀をふらなくてはならない理由も知らずに、僕はただ理不尽な大人を憎みました」


後に、富田を教育係に抜擢したのは僕の祖父だということが分かりました。

祖父は富田がどんな暴力的な男かを知らなかったらしいので、僕は彼を責める術を失いました。


「それからの祖父との生活は、本当に楽しかったよ」



端と出会って、全てのやりきれない事がどうでも良くなった。

あんなにかわいい人を見たことがなかった。

絶対に守ると誓ったのに、ごめんなさい。



「もう失敗はしないと、リンと約束したんです。リンは小六の時の初めての友達です。学校の外で会った、不登校の少年でした。彼もまた、親からの冷遇に心を病んでいたので、仲良くなるのに時間はかかりませんでした」


「リンは引っ越してきた子で、そう、端の親戚だったんです。端の家系は遺伝が濃く、端の親の妹…、リンの母親も同じく統合失調症でした。だから端とリンはいわゆる従兄弟だった…。誰にも話すことは別になかったんですけど、本当の兄弟のように彼らは仲が良かった」


だから、あれができました。

屍人式、つくり直したんです。元の式じゃ、僕は絶対完成できない。ハタゾンビにできない。

だからリンの血をもらいました。それで、契約も複雑に変えて、なるべく犠牲が少ないかたちで、完璧に模倣した。







「頑張ったけど……、これで正解だったかは分かんない。端とはもう話せないし、端のこと救えたわけじゃないから………」


でも、もう二度とあんな思いさせないって、そう誓った。リンと一緒に誓った。

ずっと友達だし、生きてきた証を二度と奪われないようにしなければ。



「じゃあ起きなきゃね」


「うん」


「ハタゾンビに首を折られた。感覚ある?」


「あるよ。痛くはなかった。ハタゾンビは優しいから」


「そっか。もう辛くはないんだね」


「うん。僕の体は、魂がすぐに治してくれるから」


「そうじゃなくて」


「?」


「もう、あの時みたいに辛い思いはしてないんだね」


「……うん。今が正直、一番楽しかったりするから」




そういうと、端は少し寂しそうに僕のほおを撫でた。

僕は目を覚ました。



第四十八話 生きてきた

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