第四十九話 明けの明星

「リン、ありがとう。おみそしる美味しいよ」

「病み上がりはアサリ汁が一番って…、誰か言ってたっけ?」

「病み上がりってか、二日酔いとかじゃないかな、それ」

「あーそうだったかも!」


自分が蝮式からの回復を果たし、1日が経った。

初日は首が動かせずリンに介抱してもらっていたが、今では体を起こしてご飯も食べられるようになった。悪夢も見なくなったので、快調な目覚めだった。

今日はなぜか目がきっぱり覚めてしまい、まだ朝の5時だというのに朝ごはんを食べていた。


「悪夢…、やっぱり見たの?どんなだった?」

「正直内容は覚えてないけど、そうだな……、ずっと脳みそだけ地獄にいるみたいな感じだったかなぁ」

「地獄ぅ!?……それってどんなもんなんだよ…」

「え〜〜わかんないよ。とにかくぐちゃぐちゃのドロドロって感じじゃない?」

「結構キモめなんだな、ジゴク……」


大キモもキモキモだったろう。一生最悪の沼に嵌ってぬけられないような感覚だった。ハタゾンビが居なければ、あれを最低でも3週間は味わって死ななければならなかったらしい。本当に怖気がする。


「リンにもハタゾンビにも本当頭上がらないよ。…ありがとうね。助けてくれて」

「だーっ良いって!!!ありがとうならハタにだけ言ってやってくれ。…俺は結局お前を殺す選択はできなかった。逃げたんだ。…腰抜けだ、俺は」

「そんなことぉわっ!?」


リンは有無を言わせず僕の口にたくあんを詰め込んだ。美味しかったので、それ以降僕は黙った。ぽりぽりと、たくあんを噛む音だけが夜明けの居間に響いた。


「…まだ星見える。あれなんだっけ」

「あーあれは……」








「明けの明星だよ」  

「アイトはなんでも知ってるね。私には学がないからなぁ…」

「コノエさんは学がない」

「それは覚えなくていいよ」


屍人の朝は早い。特に屍人になりたては体力が有り余っているらしく、活動時間がはるかに長い。

端優気は三年間の調伏を経た状態で、私が観測した中だと三日間は連続で起きていた。九条はあの屍人に人間らしい生活をさせようと躍起だったが、…多分アイトの場合、一年は起きたままの状態でもいけるだろう。


「…アイトは人間らしく生きたいかい?」

「ヤダ。俺は人間じゃない。できれば早く地獄に行きたい………」

「君は暗いね」

「好きな人の前でしか明るくいたくない」

「そう…」


朝日の光に照らされ、アイトは膝を抱えた。あれからずっと落ち込んでいる。すべてはハタゾンビに会えないからという理由だろう。


…さっき彼は自分を人間じゃないと言ったけど、私は少し違う印象をもった。

彼の黒髪は九条の屍人とは違い、生前と同じ黒髪だ。それに言葉も流暢で、顔のツギハギさえ無ければ人間だと誰もが思うだろう。

彼は誰より人間らしい見た目をしている。


実際自分が作ってみて分かったが…、九条の屍人は実は「失敗作」なのではないだろうか?

…そう思わざるを得ない。あまりにも欠陥が多すぎるんじゃないか?


「ねぇ、コノエ」

「はぁい?」


「コノエは地獄を見たことがある?」


アイトはそう言った。

そして、私の膝に頭をのせ、私の顔を見ずに言った。


「…きっと屍人は見たことあると思うよ。死んだ後、地獄であなたに引っ張られてここに戻ってきたんだ」

「そうだったんだ。…私は死んだことないから、見たことないよ」

「だろうね。コノエは死ねないもんね」


冷たい私の手を、彼は自分の頬にのせる。



「地獄は、穢れた魂が行くところだよ。きっとトウマってやつの呪いはその穢とおんなじだから、近衛会にいる人はみんな同じ所に行くと思う」

「…そこは、どんな場所?」

「無だよ。なにもなくて、なにも感じられない。永遠になにもないから、生まれ変われもしない。素敵な場所だった」

「へぇ…」


私はそれを聞いて、少しだけ心が高鳴った。

もし万が一私が死んだとしても、そこが人間の腹のなかでなくてよかったと、そう思う。

無を旅するのは、きっと心地がよいだろう。


「どうせ祈念祭が終われば、日本は地獄と化する。それまでの辛抱だね。よしよし」

「最悪な気分だ…」


…私の屍人は完璧だ。

九条桜子の思惑は全て間違っている。私が証明する。



「私は……、ひとりでもやれる」


だれよりも、凄い子だから。














「こんにちは。甲斐田……、じゃないか。降谷璃央さん」

「…誰だ」

「野々瀬千代太郎です。貴方の処分を決めに、京都から参りました」

「はぁ〜ん……。そうか、ガキに殺されんのは…、想定外だったなァ」

「僕は二十です。どうせあなたよりは子供だろうけど…」


僕はあれから九条家のお世話になり、体の氷が全て溶け切った頃に京都に帰った。

無象式はレイくんの手に渡り、もはや所在が分からなくなってしまった。なんだかんだあって、僕は野々瀬家の当主の座を一度降りることになった。といっても、僕で末代、天涯孤独の身だから肩書が少し変わるといっただけ。


元々無象式だけで生計をたてていなかったから、祓い屋として仕事には困らなかった。

刀をもって、触り神を祓った。京都の支部に戻ってから、今までと何も変わらない生活を送った。


降谷璃央の処分は、人形家の当主に懇願された、今年最後の仕事だった。



「あなたは甲斐田まりんを壺に詰めて殺しましたね。実の娘だったそうですけど、どうでしたか?娘を呪物にする気持ちは」

「知らねぇよ。俺は必要だからやっただけだ。そもそもアイツを育てたのはコノエで俺じゃねぇ。アイツが勝手に懐いて勝手にコノエに楯突いたんなら、裁かれんのはしょうがねぇだろうが」

「…本当、コノエには逆らえないんですね。誰も彼も。コノエに娘を売った時、心は痛まなかったと」

「子供は嫌いだ…。それに葛籠式も継承できなかった。受け継いだのは狐式の方…。役立たずだ」

「そうでしたね。本当、狐というには惜しい、嘘のつけない真っすぐな人でした」


優しい嘘しかつけない、黒猫を愛した母狐だった。



「ユズルさんとはどこで出会ったんですか?」

「…アイツは捨て子だ。トウマに拾われてコノエから皮を剥がされた可哀想な奴だった。アイツは「どんな式でも染み込む体質」だったから、俺の葛籠式を継承させるようにコノエに言われた。まりんはそんなアイツを拾ったらしいけど…、俺の式が刻まれているのをよく思ってなかったらしいな」

「やはり彼女に頼まれていたんですね。…それだけ彼女のいうことを聞くのはなぜなんですか?お金ですか」


リオウさんは少し黙り、そして頭を掻いた。遠い目で、私の額を見つめた。



「母さんから逃げるために山を下りて…、好きな人が出来て幸せだったのに、それを圧倒的強者に踏み潰された。もう全部どうでも良くなったんだよ、俺は」


その目は、僕に少し似ていた。

彼には必要だったんだ。コノエではなく、サクタくんのような人間が。


「同情はしない。聞かせてくれてありがとうございます。この情報は大切に保管させてもらいます」

「勝手にしろ……」


そう言うと、彼は低く項垂れた。


彼の体は呪いに侵されている。マリンを殺した後に、用済みということで致死量の式を刻まれたらしい。大阪の住宅街に倒れているのを市民が発見し、現地の祓い屋支部に拘束された。


「僕がする処分は、無象式をつかったものになります。あなたを触り神の入ったページに閉じ込め、そのまま焼きます。死後、穢を持ったあなたの遺体を丁重に処分できる方が現在出払っているので、このような処置になります。ご理解できましたか?」

「……お前、無象式手放したんじゃなかったのか…??」

「秘密です。死人には口無しです」



そう。秘密。

僕とアグラさん、そしてサクタくんとレイくんとの秘密だ。




「偽物でも……、あなたにはこれで十分」



なにもかも、本当がなんなのか分からないのが丁度いい。

僕らは、そうやって欺く。すべては復讐のため。


「…マリンさんは言っていました。「あなたに売られたのは不幸ではなかった。ユズルと会わせてくれて、感謝している」と」



…すべては追悼のため。











 




十二月。寒い息吹が背中を押す季節になった。

祈念祭に向けて陰陽連は本格的に陣形を整え始め、早くも結界師が東京支部に集まり始めた。


「やばいやばいやばめだねぇ〜〜!」

「東京もこんな雪降るんだ!!油断してたな〜…、シロにはモコモコ手袋を貸してあげよう!」

「うわ〜〜んリュウちゃんありがとう〜〜」


現在の日本に結界師は三十人程度いる。全員一級対穢結界免許を持っていて、法改正によりこの免許を持っていないと結界師は名乗れないようになっている。


しかし、免許は持っていなくても特別な結界式を持っていた人間は何人か居たらしい。それを諏訪さんが見つけた。



「おはようございます!!いや本当雪ヤバくて歩けなかった…うわぁっ!?!」

「リュウちゃんっ」



免許を持っていない…、言ってしまえばフリーランスの祓い屋を本部に連れ込むということで…。当然こんなゴタゴタがおこるだろうと、あの人は予想していただろうか。


「今の身のこなしは結界師じゃなくね?やっぱお前鬼なんだな!!あっは!」

「ひぃ〜〜怖いよぉ〜〜。諏訪って誰なんだよ鬼ってなんなんだよぉ〜〜。家に返してよぉ〜〜〜〜」

「ごめんなさいっ!!!知らない人に変なことすんなっていってんじゃんバカクソっ!!くたばれっ」

「痛ぁい!!!あっはーー」


ゴタゴタどころじゃない…。完全に無法地帯である。私たちは急いで彼のもとに向かった。


「ライチさぁああんっ!!!わわ私達を緊急で集めといて、あ〜れは一体どーいうことですかぁっ」

「すみません、もう来てたんですね。優雅にお茶飲んでた…」

「彼ら誰なんですかぁ?フリーランスの人達とは思えない粗暴さでしたけどぉ」


ライチさん。特別結界師として、大阪からやってきた電流バチバチの人。髪の毛がめっちゃプリン。



「彼らはとある麻薬カルテルに飼われていた、結界式をもつだけの一般人です。諏訪さんがカルテルぶっ壊すついでに拾ってきたみたいですよ」


このプリンはなにを言っている……?

麻薬カルテル…?え、外国の人?それか日本に麻薬カルテル…、え、物騒なんだけど!!!!

愕然としてシロと見つめ合っていると、ライチさんがこほんと咳払いし、私に資料をよこした。


「リュウさんとシロさんは特別結界師に認定されましたよね、十一月の下旬頃」

「なんだかんだあって仕方なくですけどね…。でもそれがどうしたんですか?」



「東京に特別結界師はあなた達だけです。彼らの調教をできるのは二人しかいない…。ってことで諏訪さんからの命令です。彼らを祈念祭までに使い物にして、あわよくば一緒に戦えるようにしてください」


「マジかよ!??」


厳寒の十二月。新たな風が陰陽連に流れ始めた。

それも嫌な感じの風だった。



第四十九話 明けの明星

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僕のハタゾンビ 花田ユウマ @kiboumeku-ito

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