第四十七話 告白

昔からだった。

私の心には鬼がいた。


学校に行く子供の背中を見送る時も、

床に散らばったお酒の缶を集める時も、

お父さんに言い寄られる時も、

お母さんの遺影の埃を払う時も、


いつだって、顔を真っ赤にして怒り狂う鬼がいた。


父親を酒で殺した時、初めてその鬼がほくそ笑んだのを覚えている。


「いろんなこと…、隠したままでごめんねぇ」


リュウちゃんの頭を撫でる。

ふと、自分の顔を姿見で見た。ほんのり赤い顔で、目から涙がぽろぽろ溢れていた。


自分が鬼になったのは当たり前だと思った。

こんな怒りを隠したまま、シロとしてのうのうと生きていくことなんてできない。人間のふりが上手かっただけで、いつかは誰かに皮を剥がされて当然だった。


アジちゃんは言った。

私が皮を剥がされた時になった鬼の姿。

『酒呑童子』


お酒を飲んで五感が強化されるのは、きっと酒好きの鬼の力のせいだって。

酒癖が悪くなったのもお肉食べたいのも、私が一回その鬼になりかけたから。


「…アジちゃんったら笑っちゃうよねぇ。でも、そうだったら良いなって思ってるよぉ。酒好きの父親の血を引いてるな〜って思わなくて済むし、焼肉食べにいける口実もできるわけでしょぉ?」


から笑いをした。

本当にそうだったら良かったと思って、唇をきつく噛んだ。血が滲み出た。


「っ、うう」


こんなに汚い私を特別にしてくれたあなたに、私は一体何ができるっていうんだろう。


「…ごめんねぇ」


「でもね…、私はリュウちゃんのこと大好きなのは本当だよぉ。できれば私の幸せなところだけ知っててほしいなぁって、ただそれだけなの」


ほんの少し。

リュウちゃんに顔を近づけた。

それで、触れるかどうかも分からないほどの、微かなキスをした。


「…えへへっ」











時計が、朝の五時を回る頃。

東京の街に朝日が静かに昇った。


「…りゅ、…うちゃん」


目が覚める。

二日酔いで、視界がゆらゆら揺らめく。


「ね…」


なぜか、布団が背中に掛けられている。

思わず隣を見た。


「…え…、え?」


リュウちゃんがいない。

血の気が引いていくのが分かる。

なんで?昨日まで何も飲まず食わずだったのに。

歩けるはずない。動けるはずないのになんで。


「…リュウちゃんどこぉ…?」


アパートを飛び出す。

少し冷たい空気に体がびっくりして、痰のからまった咳が出る。

がんがんと鉄の錆びた階段を駆け下りて、誰も居ない道路にでる。


「リュウちゃぁんっ!!!!」


走る。はしるはしる。

用水路の溝蓋に足がもつれて、顎を地面にぶつようにして転ぶ。

二日酔いの頭に鈍痛が走り、その場に蹲った。


「…っあぁ」


…。

…小さい頃、遊んでて迷子になった時を思い出した。


リュウちゃんに連れられて、隣町に遊びに行った時だ。人がいっぱい居て、ついつい手を離しちゃったのがいけなかった。


夕方になって、もう駄目だってなった時。

リュウちゃんは私のこと…。



「シロ!!!!!」


「…リュウ…、ちゃん…?」




「なんで、なんでぇ…?」

「ごめんねごめんね…。真夜中に目が覚めて…、シロがいっぱいお酒飲んでたのが分かったからっ、きっと朝起きた時に辛いだろうなって、これおくすり…。ごめん、私のせいだよね。私が心配いっぱいかけちゃったから…」

「…リュウちゃん」


リュウちゃんが生きている。目を開けて、私の元に走ってきて、力強く抱きしめてくれる。


何事もなかったみたいに、元気に。



そうか、助かったんだ。


「よかったよぉ…。ほんとによかった…。もう、そんな、歩けるくらい元気になってぇ」

「うん。うん」


リュウちゃんは笑顔で、泣きながら笑った。


「シロが一生懸命看病してくれたからだよ。本当にありがとうね、シロ」

「…わた、わたしぃ」 

「分かってる。…ね、一緒に帰ろう。傷の手当てしてあげるから」

「…!!やったぁっ!家帰るぅ!!」

「あははっ!帰るぞー!!我が家に!」


手をひかれる。

朝焼けでオレンジ色に染まるアスファルト。二人で子どもみたいに無邪気に走り出した。


「よーし!家まで競争しよう!」

「病み上がりなんだからダメだよぉ〜!なんでそんなに元気なんだかぁ。あはっ」 

「力がみなぎる〜!!」


あぁ、神様ありがとう。

柄にもなく、私は心のなかでそう呟いた。





















…少し考えれば分からなかったものか。この結末。

俺はそう思い、うっとおしくソイツを見下げた。


「トウマ様すみません!!!私の毒がっ、どく…」 

「分かっている。少し黙っててくれないか」


煙草に火を点ける。

煙を肺いっぱいに入れてもなお、俺の五臓六腑には憂鬱が吹き溜まっていた。


「…もっと殺せたのにな?」

「分かっています。分かっています…っ」


…最近の俺は、自分で言うのもなんだが絶好調だった。

呪言の精度が上がってきて、近衛様は私に仕事の大半をまかせるようになった。近衛様が北海道で修業をする期間、俺はプライベートの時間をたっぷり頂き、文字通りプライベートを充実させた。 


しかし、この波乱万丈な男によって俺の自由な時間は無に帰した。


「お前…、誰に式を看破された?」

「鬼…です。私の毒に感染させた人間に、酒呑童子の血が混ざりました。以前皮を剥がした結界師の女が、未だに血酒の能力を使用できるとは知らず…」

「…蛇と血酒か。相性が悪かったな」

「すみません私の不注意です。もっと式を複雑にしておけばっ」

「近衛様に言ってくれ、そういうのは。俺の仕事は、お前が壺を置くまで見張ることだ。後は煮られるか焼かれるは、近衛様の判断になる」

「…はい」


…この男。

富田空木トミタウツギは、蝮式を扱う元陰陽師だ。

どこで血迷った知れないが、十数年前に陰陽連を離れて放浪生活をしていたらしい。

近衛様がそれをみかねて拾ってきたというわけだが、俺は反対した。猛反対だ。



「…本当に九条殺しに協力したいんだよな、お前」

「はい。それは、勿論です」




…なにを考えているか分からないこの声。

まるでエレベーターのアナウンスみたいに、淡白で怒りも悲しみも一切感じない。年頃の少年を殺すような、そんな奴の声にも聞こえない。


「…まぁだったら、多分近衛様は許してくれるだろう。せいぜい堂々とすることだな」

「あ、ありがとうございます!」


視認せずとも分かる「雑魚」なのに、どこかで一筋縄じゃいかないめんどくささを感じる。

ただでさえ俺の呪言が全く効かない相手なのに、考えていることが分かりにくいのがタチが悪い。




「兎にも角にもだ。九条だって近衛様と同じく完全に力を使える訳では無い。皮を剥がすのも被せるのも、少しの粗がある。今後は気をつけるように」

「了解致しました…」


…まぁ、様子見だ。

祈年祭までに使い物になっていれば、それで良い。


俺はそう思い、またもや煙草に火を点けた…。



















十月某日。

蝮毒による騒動が一時的に沈静化し、陰陽連内部は平穏を取り戻しつつあった。

死者は13名。その内8名は毒殺。5名は壺による呪殺だった。

その後、研究所では安治研究員の活躍により、蝮毒を無効化する血清が開発された。血清の開発には陰陽連に所属する結界師と、有力祓い屋の亜蔵氏の協力が大きかった。


この混乱の最中、祓い屋一族である人形家の屋敷に部外者が侵入する事件が起こった。

黒スーツの男が複数の青年(不法滞在中の外国人)を使い、保管されていた九条家の研究資料を持ち去った事件だ。

屋敷に居た人形使い三名が重体。死亡者は無し。

現当主は長期の不在中だったため、現場に居合わせることはなかった。


窃盗事件の捜査が進む中、岐阜県のトンネルで起こった呪殺騒動にも進展があった。

呪殺に使われた「壺」に関して、壺の中身(死体)の身元保証人を名乗る人物が現れた。

実際には、該当する身元保証書が無かったため認められなかったが、血液検査により親族であることの証明が完了した。

遺体は無事に火葬され、壺に残留した呪言式もその人物によって解除された。


(中略)


…別に書かなくても分かると思う。

私達は平等だ。

平等に、皆で手を繋ぎながら終わりへと向かっている。


近衛水仙が多分、このことを一番に理解していた。だからこの道を選んだ。

最終的には自分の地獄へ、誰もが勝手に堕ちる。


それを踏まえて、私は言いたい。

この葬列の先頭に立つのは、間違いなく彼だ。

彼が、唯一この問の正解を持っているから。


(中略)


ここで告白したい。

私は彼に地獄の門を開かせた責任がある。



第四十七話 告白

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