第四十六話 白
「…シロ」
「どうしたのぉ、リュウちゃん」
「…ごめんぅ…」
「何言ってんのぉ〜…。だいじょぶだからねぇ」
あれから、陰陽連の人達がバタバタ倒れた。
症状に気付くのは皆突然で、三日で毒が回る人もいれば一週間の人もいた。
蝮式が原因と分かったのは、いくらか死人が出てからだった気がする。
二割くらいの人…、アジちゃんのような耐性のある人は、するっと元気になった。なんなら前より元気になったくらいで。
…でも、リュウちゃんは違った。
「リュウちゃん…?」
一週間くらい熱に浮かされて、三日前に喋らなくなった。
なんど声をかけても、肩をゆさっても起きない。
どうしよう。
リュウちゃんが何時までもこのままだったらどうしよう。
私は不安で不安で、身体の芯のほうがどんどん冷えていくような感覚につつまれた。
…怒りも不安もごちゃまぜで、もう自分が何を考えているかも分からなくなった。
「アジくん…どしたのぉ〜。自宅謹慎中なのに電話なんか〜」
「…あれ?酔ってます、もしかして」
「飲まないと、不安に殺されちゃいそうなんだよぉ」
「そうですか。…いや、その気持ち分かりますよ。俺もさっき研究所の仲間が一人死にました」
「え…?」
「一緒に飲みましょうか。お酒持ってきます」
「うわぁあんかなしいよぉおお」
「ですね」
あんまりにも冷静なアジちゃんに、私はなんだか心の氷ががぱらぱら砕けるような気持ちになった。
アジちゃんだっていっぱい悲しいはずなのに、私に寄り添って話してくれたのが、すごく嬉しかった。
でもそれと同じくらいの絶望感も、私にはあった。
私は怖くなって、この間の鍋パで開けた焼酎を傍らに置いた。
「「乾杯」」
携帯の画面にグラスをぶつける。
ゴンとぶつかる瓶の音的に、アジちゃんが飲んでいるのは多分コンビニとかで買えるカップ酒だ。
そうだ、懐かしい…。
リュウちゃんと屋台で夜ご飯を食べた時、あれで酷く悪酔いしたのだ。あれからお酒はほとんど飲まなくなったのだが…。
あれ、私はいつから、こんな大酒飲みに変わったんだっけ…?
「まぁ〜別にいっかぁ!お酒美味しいし…」
「ん?どしました」
「んん、なんでもないよぉ」
私がやけ酒を食らっていると、アジちゃんがなにかを思い出したように、ふと声を出した。
「…あの、シロさん」
「な〜に〜…?」
「聞きたかった事あったんですけど」
「うん」
「
「あ…、え?そうだけどぉ…」
「いや、陰陽連の若手に聞いても名字でシロさんのこと呼んでる人がほとんど居なかったから…。やっぱりリュウさんが発信元なんですね」
「…そう、だったんだ…。それは初耳だなぁ」
「中には元の名字を知らない人も居ましたよ。同僚の名前くらいちゃんと覚えろって感じですけど」
「あははっ、なんだそりゃぁ!ふふふ、うれしいなぁ。正直ねぇ」
「えっ、なんでです?」
「なんでって…。単純に、シロって名前が気に入ってるからだよぉ。リュウちゃんからもらった、大事な
「そうですか…。じゃあ良かったです。俺もこれからずっとシロさんでいきますね」
「えへへ、よろしくたのんだよぉ〜」
…小さい頃から、自分の名前が大嫌いだった。
読みにくいとかめずらしいからとか、そういうのじゃない。
『白丹正佳』『白丹杏依』
大嫌いな父とおんなじ物をずっと身に着けていたら、私もいつかあんな人間になるんじゃないかと思って。
「よーしよし、アイ。もう大丈夫だよ。お父さんが来てやったからなぁ」
お父さんは、私のことを愛していた。
私が家を抜け出せば一瞬で見つけ出してくれるし、私がお皿を割ったとしても、優しく許してくれる。
嫌いな人参は食べてくれるし、歩く時は手を引っ張ってくれる。
「…アイは、お母さんにそっくりで可愛いね」
「おかぁさん」
「うん。でも、お母さんは外に出たから事故に遭っちゃったんだ」
「しんじゃったのぉ?」
「そう。死んだ。だから、アイは外になんか出ちゃダメだぞ?一緒に家で、死ぬまで暮らそうね」
「へぇ〜そうなんだぁ。分かったぁ」
「いい子だねぇ。大好きだよ、アイ」
『白丹藍』
お母さんの名前と私の名前が同じだと知った時に、私は今まで自分がされてきたことの全てを理解した。
私は、死んだ母の代わりをさせられていたのだ。
「わた、しそんなの嫌だ」
私を家から頑なに出さないこと。
私の手を恋人のようにかたく握ること。
お風呂には一人で入ってはいけないこと。
眠る時は、同じ布団でなければならないこと。
八年間だ。
私の大切な子供時代を、知らない間に奪われた。
「ほらぁ、お母さんそっくり」
…私は、父のおもちゃとして生きることしかできなかった。
九歳になって、学校にも行けずに閉じ籠もる私は、外の世界が無性にが羨ましくなった。
毎日夕方の五時になると、外から楽しそうな子供たちの声が聞こえた。自分より小さい子が列になって家路へ急ぐ姿を見ているという、心が優しい気持ちになった。
いつしか、あれが私の憧れになった。
それから運良く、お父さんがアルコール依存症になった。
家は貧乏になっていったけど、こっそり家から出られる日が出来た。お父さんが酔って倒れた日には、近所の色んな場所を歩き回った。
一回だけバレて酷い目に遭ったが、私は外の世界へと懲りずに足を運んだ。
そんなことが続いたある日。
雪の降る、寒い時期のことだった。
「うぉおおおお!!!!絶対やらへんからなぁあ!!!」
「待ちなぁさいっ!こんドラ息子ぉ!!!!」
男の子が住宅街を走っていた。綺麗な黒い短髪が日に当たって、きらきら光っている。
竹刀を片手にもっていて、袴を乱雑に着ていた。
彼を大声で追う男の人は、多分父親だ。声と顔が怖いけど、必死すぎてなんだか面白い。
二人とも足がすごく速くて、周りを歩いている人達は「またか」と呆れていた。
「あれ!!!同い年?」
二人を見ていたはずが、いつの間にか私の所に男の子が走ってきていた。
彼は竹刀を地面にほっぽると、私の腕を掴んでびゅんと走り始めた。私は驚く間もなく、取り敢えず彼に全速力で着いていくしか無かった。
「な、なんでなんでぇ!!?」
「なんか見ない顔だったし、これかれサボりたかったからさ〜。一緒に遊ぼうよ!」
「す、すごいなぁきみ!え、よかったの?お父さん」
「いーよ別に。お父さんには、りゅーが怠け者のダメ息子って自覚させて期待させないようにしないと」
「…どーしてぇ?」
「え?だって遊びたいし…。それに好きじゃないの。人ぶん投げたり殴ったりするの」
彼は。
久世柳は、笑顔で私の手をとった。
「遊んでくれる?」
私は無言で首を縦に振った。
それが、私とリュウの出会いだった。
「ねぇ、リュー…くん?」
「リュウちゃんでいいよ!今は男の子だけど、来年でもう元に戻るし」
「もとに戻る…?どういうことぉ?」
「えっとね。ウチの家は、十歳になるまで誰でも男の子として育てられんの。だから名前も男の子っぽいんだけど…。祓い屋の家の人は多いよ、そういうの」
「初めて知ったよぉ。祓い屋って大変だなぁ」
「マジでね!!そうだ〜!誕生日きたらさ、絶対ツインテにしてワンピース着てね、あと…、あと城に住む!!洋風の!!!」
「お姫様だぁ!!いいなぁ〜。じゃあ私はリュウちゃんの隣の城に住むよぉ」
「なんで隣!?ウチの城に一緒に住もうよ。絶対楽しいよ」
「うわぁ〜最高ぉ…!」
リュウちゃんは、変わった人だと思った。
気分屋さんだけど、気配り上手。
寂しがり屋さんだけど、いっつも元気いっぱい。
嫌なものをちゃんと嫌がれて、愛するものを絶対手放さない。
「ね、君の名前は?」
「わたし、は、ねぇ…」
そんな真っ直ぐな君のことを、私は真っ直ぐ見つめることが出来なかった。
のらりくらりと。
全ての光を避けて通ってきた私には、あの瞳が眩しすぎた。
「…これ、なんて読むと思う?」
「ん〜?んー、ん…。ヤバい「白」しか読める漢字が無いーっ!!」
「あははっ。難しい名字でしょぉ」
「答え教えてっ!ちゃんとフルネームで覚えるからさ!」
「…でも、好きじゃないからなぁ、この名前…」
私の手をとって、リュウちゃんは笑顔で言った。
「じゃあ、私がきみに新しい名前つけても良い?」
「…え?」
「例えばそうだな…。…シロ、シロとかどうかな?ほら、きみの肌って雪みたいに真っ白だし」
驚いた私は「なんで」と口走った。
自分の心を透かされたと思って、焦ったから。
「なんでなんて、当たり前だよ。自分の嫌いな名前をわざわざ名乗る必要無い。いつか呼んで欲しくなったら、その時に教えてくれればいい」
「…」
「あなたがどんな人間でも、私は全然だいじょうぶだよ」
思いもしないその言葉が。
私の心を、溶かした。
朝日に照らされて雪が水になっていくみたいに、私の胸に刻まれた羞恥心が流れていった。
私の、大事な大切な初恋だった。
「お酒なくなっちゃったぁ」
「じゃあお開きにしましょうか。リュウさんが元気になったら、またイチルも呼んで鍋パしましょう」
「さんせー!!アジちゃんも、元気に頑張ってね」
「はい、もちろんです。あ、そうそう最後に…」
「どうしたのぉ」
電話越しにページをぱらぱら捲る音が聞こえる。
「この間イチルと会った時、霊石のクイズしたの覚えてます?」
「もちろん!おいしいとこ持ってかれたけどねぇ」
「それでなんですけど…。こっそり後ろから聞いてて、少しびっくりしたことがあって」
「…?」
「なんであの時、念力式を当てられたんですか?石のこと結局知らなかったみたいなのに」
「…わかんない。勘かなぁ?」
少しの沈黙の後、彼は静かに喋った。
「…予想ですけど。シロさんのルーツは「酒呑童子」かもしれない」
「しゅて、ん…?」
「個人的に気になる事があるので、週末にそちらへ伺ってもよろしいですか?」
第四十六話 白
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