第四十五話 怪物
「なぁ〜んだよ、遅いな」
「人形家の人間はよく遅刻をしてくることで有名じゃからのぉ…。陰陽連時代の酢ゆい思い出がよみがえるわい」
「ほぇ〜ん…、亀の甲より年の功…」
土曜日の、雲が滑らかに空を泳ぐなんでもない日。
俺達はサクタの家で、メグルを待っていた。
「サクタ元気になるかなぁ〜」
「人形家の赤ベコがあれば楽勝じゃろうて。熱の苦しさを取り除いてあげれば、みるみる内に体調も良くなっていくはずじゃ」
「赤ベコすげぇ〜!!!」
玄関に二人で座りながらそんなような雑談をしていると、
「ピーンポーン」と聞き慣れたチャイム音が響いた。
「来たわい来たわい!一時間遅れとは、なかなか現当主もやるのぉ」
「来てもらってる側だけど、ちょっと強くでちゃうもんね〜。はーい!!!」
がらがらがらと扉を開く。
すると、目の前に大きな熊が立っていた。
熊。
まごうことなき、熊。
「…人違いっしたね」
「熊違いじゃ。閉めるぞ」
ぴしゃんと扉を閉める。
すると、もう一度チャイムの音が響いた。
「わぁああ!!!おじ、おじじ、おじいちゃ、どうする!?!?」
「分かるかいんなもん!!!熊なんじゃから人間が勝てる相手じゃないわい!!!」
「笛、笛吹いて撃退…っ」
今度は熊が扉をバシャンと開けた。
俺達が悲鳴をあげると、目の前の熊は自分の頭をぐっと持ち、上にすぽっとそれを引き上げた。
「…ハァ!?」
「悲鳴がうるせ〜んだよ。お望み通り来てやったぜ。喜びな」
あれから、おじいちゃんはハタの部屋に逃げ込んで出てこなくなった。
熊恐怖症とか多分そんな感じ。…知らんけど。
「そんで熊男」
「俺の名前はメグルだ馬鹿野郎。ってかお前、この間の緊急招集に居たやつじゃねぇか」
…熊の着ぐるみに首から下までを包んだ変質者。
もとい人形使いのメグルは、どこからともなく出した赤ベコをサクタの枕元においた。
赤ベコがこくこくとサクタの横で頷く。
まるで、サクタの相談に乗ってるみたいで可愛い。
「ずっとこんな調子なのか、コイツは」
「三日前の体育祭で倒れてから…、まぁ全然よくなってないよ。どう?赤ベコ効きそう?」
「ぁあ〜…、ん〜??」
眠るサクタのほっぺをつねる。
鼻と、耳と、あと口もつんつんつつく。
「やめろよ気持ち悪いな」
「原因究明してんだよ。邪魔したらブッ殺す」
「ヒョエ〜ッ」
そして、首の後ろにモフモフの熊手を回して耳を近づける。
なにを聞いているかと思うと、一瞬でメグルの顔色が変わった。なにかおかしな事でもあったのだろうか。
「…ま〜た、あの毒だな。おい、コイツ体が熱い以外になんか言ってなかったか」
「それ以外…、あ、「胸が苦しい」って」
「やっぱりそぉ〜か…。分かった」
毒…って言ったよな。
ただの熱じゃないなら、もしかしたらサクタは…。
「近衛に…、またなんかされたのか…?」
「落ち着け。近衛関係だろうけど、毒を盛ったのは別の奴だ」
そして、熊の頭をすぽっと被った。
あぐらをかいて、サクタにそっと布団をかけ直す。
「はぁ…。すぐ話そうとしてたんだがな。この間岐阜のトンネルで、死体の入った壺が見つかった事件があったろ」
「…『甲斐田まりん』の事件のことだよな。」
「あぁ。お前、あれの事件についてサクタから詳しく聞いてるか?」
「いや、全然…。アイツあれからめっちゃ落ち込んじゃって、なかなか聞き出せんかった」
「そうか…」
メグルはサクタが眠っているのを確認して、俺に写
真を渡してきた。
…おそらく車のドライブレコーダーの切り抜きだろう。左端に、走り去る直前の男の残像が映っていた。
「警察の調べでは、ここに映ってる男が壺をトンネルに置いた奴らしい。この映像が撮られてから、全ての車両のドラレコに壺が映っているのが確認されてるから、まぁ確定だな」
「コイツが…?でも、壺に触れたら…、なんか駄目なんじゃなかったっけ」
「そうだ。あの壺は呪物だ。死体を詰め込んで完成する、最悪の民間呪法の一つ。勿論禁術だし、触るだけでも穢が肉体に染み込んで死に至らしめるから、作るだけでも最低十人の犠牲が必要」
俺はその説明に背筋が凍るような感覚に襲われた。
こんなものが、一般道の、なんの変哲もないトンネルに置いてあるなんて。
…でもますます分からない。どうやってこの男は、この壺を置いて逃げおおせることが出来た?近衛やトウマでもない、この男に。
「お前は祓い屋じゃないのか…、まぁ良い。教えてやる。基礎中の基礎だからな」
「キソ…?」
「呪いを本当に制するのは、人の祈りでも三面鏡でもねぇ。「毒」だ」
メグルは、サクタの首を指さした。
「実はだな。サクタみたいな病状を訴えて死んだ陰陽師や警察が、今巷で大量発生してんだよ。皆異常な発熱と胸の苦しさ、あと酷い悪夢なんかも訴えてる。そんで、首から蛇が這うような音が聞こえるんだ」
俺は恐る恐るサクタに近づき、耳を傾ける。
首の横からずる、ずるずると、鱗と肉が擦り合わされる音が聞こえた。
「…嘘だろ。なんで」
「俺の考察…、といってもほぼ事実だけどな。この壺を持ってきたやつは
…だから、彼は呪いに殺される事なくトンネルまで壺を持っていけた。
それで、それで…。
「手当たり次第にトンネルに近付いた奴らに毒を撒いて回った…、ってことか…?」
「そうだな。悪く言えばそうだ」
「悪く言えば…?それってどういうことだよ」
「…いいか。「毒と薬は紙一重」って言うだろ。実際蝮式に引っかかったお陰で、呪いの影響を受けずに体調が改善したやつも居る。今んとこ、毒に殺された奴と毒に生かされた奴の割合は半々ってとこだな」
俺はその話に、胸の中が嫌なものでいっぱいになった。
彼のそれが善意なのかどうなのかはさておいて。
結局のところ、壺を持ってきた張本人にロシアンルーレットを強制させられているようなものじゃないか。
運が悪かったら死ぬなんて、そんなのアリかよ。
「民間人のために…、そこまでできるのか。陰陽師とか、警察とか…祓い屋の人は」
「そりゃあ、呪物を撤去して解呪するのは俺達の役目だからな。あの壺が存在するだけで、人以外にも色んなものが汚されるんだぜ。対抗する手段を持ってなきゃ死ぬのは当たり前だ」
メグルはそう、簡単そうに言った。
俺は、サクタのやっている「祓い屋」という仕事の重みが、今になって分かった気がした。
いつだって、命がけ。
…サクタは死ねない分、そうやって見送った命がいっぱいあったのかもしれない。
「…もしかして、その熊の着ぐるみも対抗手段だったりする?」
「あたぼうよ。まぁ、これは別件だけどな」
「別件って、これ以外でも事件があったのかよ」
「最近きな臭いぜ〜?俺はこの間知らん女に目の前で自殺された。殺傷事件も多くなってるし、多分、年号変わってから最も死人が出る年になるかもな」
「…まじ、か…。シャレになんねぇや…」
俺が肩を落とすと、メグルはう〜んと伸びをした。
熊の体でストレッチをすると、玄関に向かった。
「ちょ、おい。サクタは結局治せないの?」
「俺には無理だ。これに関しては九条の耐性次第だな」
「そんな」
「いいんじゃね?だって死んでも生き返るんだろ、ソイツ」
俺はメグルの胸ぐらを掴んだ。
メグルは熊の頭を持ち上げ、俺を冷たい目で見た。
「ソイツは、これから毒でもっと苦しむだろうな。何週間も、死ぬまでずっと」
「…お前、そういう感じの奴だったのか」
「あぁ。俺はお人好しじゃねぇし、子供にも手厳しいことで有名だ」
俺の手を振り払い、玄関の扉をがらっと開けた。
「…まぁ、そうだな。俺なら、ソイツが苦しむ前に早いこと殺してやるかな。今なら眠って起きないだろうし、その方が回復も早い」
そんな事を言い残し、背中を向けてのそのそと家を後にしようと歩き始めた。
ほんの一瞬の事だったのに、俺は頭に血が昇って怒鳴った。
「そんなこと出来るかよぉっ!!!」
俺の怒号を皮切りに、メグルは姿をぱたりと消した。
あの熊の着ぐるみはそういう役目もあるのかと、そう考えながら玄関に立ちすくんだ。
「…みんな冷たいやつばっかり」
俺が落ち込んでいると、ふと後ろから、とんとんと肩をたたかれる。
「…すまないのぉ。ワシも出ていこうと…」
そのおろおろした姿に、なんだか俺はため息が出てきてしまった。
サクタの身になると、俺的には許せない事ばっかりだから、たまにこうやってため息がばーっと出てくる。
「…いざって時にさ、なんかいつも隠れてるよな、トクミツさんって」
「…」
…少し言い過ぎたと思ったけど、でも良いかと思った。
大人なんて、あてになったことほとんど無いし。
力はあるのに、不器用な人ばっかりで嫌になるし。
「諏訪さんも、なんでサクタに式特定なんか頼んだんだよ。別にサクタじゃなくても出来そうなのに」
…俺は。
子供に辛い思いさせる奴らが、大嫌いだ。
「…信じてますからね。トクミツさんのこと」
「……ぁあ」
俺は家からとぼとぼ出ていくおじいちゃんを後にして、サクタのいる部屋に戻った。
異様にむしゃくしゃして、虚しくて、どうしようもなく悲しい気持ちが俺に纏わりついた。
「…あれ、いたのかハタ」
「おじいちゃン居なくなっタから、もうイーカなって!!」
気付かない内にハタゾンビが出てきていたらしい。多分おじいちゃんに言われて部屋に閉じこもっていたのだろう。随分すっきりした顔をしていた。
「ねー」
「ん…?」
「…サクタ、殺さなきゃ、ダメ?」
…さっきの会話を聞いていたのだろうか。
俺は、瞳から涙が溢れるのが分かった。
「ムリ…」
「?」
「お、俺はできないっ…。生き返るってわかってて、も…、できないよぉ…」
眠るサクタにしがみつく。
…起きない。苦しそうに寝息をたてているだけだ。
熱い。体が、熱い。
唇が乾燥して、額から汗が流れている。
力が入らない腕を、ただ抱きしめることしかできない。
辛い辛い辛い。 俺が、おれがどうして代わってやれないんだろう。痛みを持っていってあげられないんだろう。
「…じゃあ、ボクがやってあげル」
「え…?」
「ボク、人間じゃナイから、でキるよ」
第四十五話 怪物
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