第四十四話 愛の人
「シロさん。これと…これ、結界師の部署に回しといてください」
「了解ですぅ!…アジちゃん、なんか調子悪そうだけど、大丈夫?」
「あぁ、少し風邪引いちゃって。今日は午前で上ります」
「そっかぁ!お大事にしてねぇ〜」
「心配かけちゃってすみません。…それと、この間の聴取で、少年院で行方不明になった方の名前が分かりました。資料渡すんで、各部署に伝達して下さい。特殊結界のチームにも」
「…おっけぇ〜。その感じだと、
「まぁ、そういうことなんでしょうね…。諏訪さんに聞かないと分からないことも多いですけど」
以下、山瀬愛人の個人情報に関する資料。
取り扱いに注意するように。
『山瀬愛人』
大津樹中学にて、五名の生徒を殺傷した後に少年院に収容される。
後の事情聴取で、同じクラスの男子生徒にグループで心理的・肉体的暴力をはたらき、無理心中(未遂)を強制させたことが発覚。
その男児は、殺傷事件前に行方不明になっている。
少年院での素行はよいとされた。精神状態も共に優良と思えたが、三ヶ月目のカウンセリングで「愛着障害」と診断された。
専属カウンセラー(島崎碧)を面談期間中に心理的に洗脳(?)をした疑いが持たれており、特定の職員を殺すように命令したとされている。
少年院での事件後、行方不明に。
防犯カメラには、銀髪の女(近衛水仙とおぼしき人物)が彼を大きな鞄にいれる様子が目撃されている。
九条夫妻の研究資料から、近衛水仙が「屍人式」を完成させた可能性を考慮し、全面警戒態勢をとる。
浄化結界師及び特殊結界師は、以前九条当主が明示した※「二離結界」の展開準備を開始すること。
詳しくは人形家及び鯨崎一族の所有する研究資料の原本を参考。
※九条現当主(九条朔太)を主幹とする。
「どうだい。体は動かしやすいかい?」
「まだ慣れないけど…、うん。動ける」
「流石だね。一度バラバラにしてみようか」
「…」
彼女は薙刀をいつの間にか手に持っていて、それを床に座る俺にぶんと降ろした。
俺はバラバラに切断された。
が、血は一滴も出ず、灰のようなものがパラパラと傷口から降るくらい。感覚はあるけど、まるで痛くも痒くもない。
俺は、人間ではなくなってしまったらしいので、そういう事かと納得した。
「冷静な子は好きだよ。祈年祭も、その調子でよろしく頼むね」
「…まだわからないんだけど、俺をこんな風にしてアナタは何をしたいの?」
「あれ、まだ言ってなかったっけ。…新しい屍人式のことで頭いっぱいだったかな」
ボサボサの銀髪を掻きながら、俺の体を透明な糸で縫い付け始めた。
そして溜息をついた。
少年院に乗り込んできて、俺を始めとした子供・職員を手当たり次第に薙刀で斬り殺した。
あの時も、確かおんなじ様な溜息をついていた。
俺はやっと殺されたと思っていたのに、また生き返らされてしまった。
…本当ならこのままこの女も殺して、早く自殺しに行きたいくらいなのに。
「…そうだな。君に自殺されたら困る。初代のようにはなってもらいたくはないからな…」
「は…?」
彼女はまるで俺の心を読んだみたいな、そんな意味の分からない発言をした。
そして、重たい口を開いて話を始めた。
「私は、この世界から人間を消したい。そのためには邪魔な善意や規則や倫理観が多すぎる。なぜ利用できるものは利用してはならない?なぜ大して価値もない魂を解放しようとせずに、この現世で腐りながら生きていく?意味が分からない」
「…苛ついているんだね」
「…あぁ。君は愛の人だと聞いたから攫ってきたんだ。私の気持ちを、分かってくれるだろう?」
「まぁ、大体…」
彼女は途端に笑顔になって、俺の千切れた手を握った。
「この世界を変えよう!!人間の肉体なんていらない、もっと自由で平等な世界だ!」
「…そのためにはどうするの?」
「まずは人間の中に回帰した「穢れた魂」を呼び起こす!!日本を妖怪だらけのコロニーにするんだ」
「それから?」
「魂の操作に耐性のあるやつらを殺して回る!私は近衛会っていうヤクザの会長なんだけど、部下達が思ったよりもいっぱいいてね。結界内で陰陽師や祓い屋を蹂躙していくんだよ」
「そのために俺が必要?」
「そうそう!話が早いね。結局私が魂を呼び起こしても、それを元に戻せる力を持つ奴がいるんだよ。しかもソイツは私と同じで死ぬことができない、私の分身のような最悪なヤツ。だから、ソイツの弱点であるキミが私には必要なんだ」
女はその薙刀で自分の首を斬った。
血が噴き出すが、多分五秒くらいでそれが止まり、後の一秒で傷口が塞がった。
俺は、こんな人間がこの世界にもう一人もいるのだと思うとゾッとした。
「…私は神だ!近衛水仙とかイザナギって呼ぶ人もいるけど、名前に意味など大してない。人の生死を自由にできる、ただそういうだけの存在だ」
彼女は自分の血を舐め、楽しそうに俺に抱きついた。
俺は、そんな様子に一体全体なんのやる気も起きなかった。
そんなに熱中できるものがあるのが羨ましいくらいで、逆に萎えてしまう。
すると女は、俺の肩をぐっと掴んだ。なにか自信ありげな顔だ。
「もちろん、君にはご褒美を用意しているよ」
「ご褒美…?」
「君にだって、人生を通して叶えたいことがあったのだろう?私は知っている。「山瀬愛人には想い人がいた」こと…」
「想い人…」
びきびきびきっ、そんな音が頭のどこかで鳴る。
俺は、頭がわれそうになってのたうち回る。
この体なら痛みなんて無いと思っていたのに。
なんだ、なにか声が聞こえる。
『大好きだよ、アイト…』
「…思い出したかい?私の屍人式は、記憶に関する再現性を少し高くしたんだ…」
女が喋っている間に、俺は自分の足で立ちあがる。
少し驚いたような顔で、ハサミで糸を切りながら俺を見上げる。
「はは、回復も早いんだね」
「もたもたしていられなくなった」
部屋を出ていこうとする俺を、彼女は腕を掴んで引き止めた。
「離せっ!!!ユウキが待ってる」
「その身体の所有権は私にある。アイトには、祈年祭までここで待ってもらうから」
「いつだ…?それはいつになったら来る?」
「来年の二月十二日。約六カ月後だ」
俺は、その場に座り込んだ。
絶望した。この思いを抱えながら、あと6ヶ月も?
無理だ。
端憂気が、俺のことを、あんなに可愛い声で
「俺に殺されるのを待っているのに…????」
「…アイト。君は、本当に彼のことが好きなんだね」
俺の瞳から溢れる涙を、女はゆっくりと拭った。
項垂れる俺の頭を胸に寄せ、やさしく撫でた。
「私についておいで。良い場所とチャンスと、力をあげる。だから、言うことが聞けるね?」
まるで聖母のような
その瞳の光の瞬きに、俺は。
「わかった」
雨がちょうど降り終わった山梨の駅のホームは、濡れたアスファルトと枯れ葉の香りがした。
遠くに見える富士山は霧がかっていて、その湿気が少しの冷たさをはらんでいた。まだ早い気がするけど、秋はもうすぐそこまで来ているのかもしれない。
俺は腰につけたクマのぬいぐるみをひと撫でして、そのまま市営のバスに乗った。
俺はこんな時にもあっけらかんとしていて、誰に怒られるわけでもないけど少し反省した。
きな臭い事件がもう数えられないほど起こってるっていうのに、俺はなんだかこんなようなのんびりした日が永遠に続くような気がしている。
…もう数ヶ月もすれば、ここら一帯が戦場になると思うと、富士山も見納めかと思った。
「これ、あなたの落とし物かしら?」
「あ、すまねぇ。ありがとうな」
「…あっ、どうもぉ」
俺の低い声にびっくりしたおばさんが、俺の落とした赤ベコをそそくさと渡して俺の後ろに座った。
なんか気まずいけど、バスの中には俺とそのばぁちゃんだけだったので別に良いと思った。
「…あなた、お名前は?」
…話しかけてくるのは、予想外だったけど。
「ん?…
「ありがとう。あの、もしかしてなんだけど…。アナタって祓い屋さん?」
「え、そーだけどどうした。なんか困ってんのか」
「やっぱり…。…いや、困ってるっていうか、もう遅いことなんだけど…」
「…?」
おばさんは、なんだか諦めたみたいな目をした。
俺は少し嫌な感じがして、密かに降車ボタンを押した。
「私の名前、島崎碧っていいます。この間まで少年院で働いていました。知ってます?ほら、事件があった」
「…知ってるぜ。なんだ、なにか呪いでもうけたか」
「いや、その…呪いは、随分前からかかっていて、でもそれは別にどうでもいいの。私しかもう生きている職員は居ないと思うから、今の内に祓い屋さんかだれかに言っておきたくて…」
おばさんは緊急を要しているような緊迫した表情で、鞄からなにかを取り出そうとし始める。
まるで俺と話したい意志に反して手が勝手に動いているみたいに、がさごそと鞄を探る。
「おい、落ち着けって。しかもそれって本当に俺で良いのか…?」
「時間が無いわ。この際誰でもいい。取り敢えず聞いて」
「山瀬愛人の欠点は記憶。頭の奥にあるそれを引っ張り出せば、全て終わる」
俺が動揺していたその瞬間、おばさんの顔がぎゅんと青ざめた。
鞄を漁る手が止まり、ものすごい速さで手を鞄から引き抜いた。
「…っ!!!!」
俺が止めようとしたが、それはもう遅かった。
大津樹中学にバスが止まる頃。
おばさんは全てを出し切ったみたいな満足そうな顔をして、バスの通路に倒れ込んだ。
「おば、おばさ」
大きな
そういう自殺を、目の前でされた
第四十四話 愛の人
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