第七章 悪夢・蛇・愛人

第四十三話 長月

長い猛暑が終わり、9月の残暑も終わった頃。

僕達の高校「鳴山高校」では、体育祭が行われた。


『赤チーム、押しています。黄色チー厶、頑張ってください』 


「おいおいおいサクタぁ!!お前の本気はそんなもんかぁ!?」

「かっ、これでもぉ…、全力っうわぁ!!?」


ずるずるずる…。

耳元でパンとピストルがなる。

どうやら僕たちのチームは負けたらしい。おもむろに、後ろについていたリンが落胆の声を出した。


「もぉ〜なにやってんだよサクタぁ〜!」

「いやこれ綱引きだからね!!!なんで僕の全責任みたいになってんの!!」

「サクタならバッキバキの上腕二頭筋でチームを勝利に引っ張ってくれると思ってたのに…」

「僕にそんな筋肉があると思うなよ。いっとくけどスポーツ選択クラスで最弱だからね、僕」

「なんでそんな自信満々なんだ」 


敗者のレッテルをはられながら、黄色の旗がはためくテントへと向かう。

僕は苦笑いをしつつも、なんだかほのぼのとした心地で席についた。こんなに穏やかな気持ちで日中を過ごすのは久しぶりな気がする。

単にイベント事だから気が紛れているだけかもしれないが、普通に今年一楽しい。


リンも席についてポカリを飲み始めた。大して暑くない日だったが、なぜか猛暑ばりの汗をだらだらかいていた。


「うひょ〜ポカリうめぇ!!ってかさ、今日めっちゃいい天気でよかったよなぁ〜。いわし雲めっちゃいるぜ」

「あれだとひつじ雲じゃない?高度が低いもん」

「はえ〜そういう違いがあったのか、あいつら…」


秋のさしかかりの高い空を見ると、独特の浮遊感があって面白い。季節が変わっていくのって、なんだかわくわくする。


わくわく、

わくわく…。どきどき?あれ、楽しいとは言え、今日はやけに胸が高鳴り過ぎじゃないか?

ほかほか…。え、ほかほか!?


「…なんかお前、顔赤くね?」

「へ…?」


リンに指摘される間にも、体がぼかぼか熱くなっていく。喉も、なんかカラカラ。


「え、さ、サクタ。今どんな感じ?」

「あ…、」

「あ?」


「あっっつい!!!燃える!!!!」 

「燃えるぅう!?」

「あと胸も苦しい」

「あ、え、もしかして恋煩い?燃えるほどの恋?」

「ちがわい!!」


汗がふきだす。

お茶を一気に飲むと、嫌な気持ち悪さが体を駆け巡った。なんだこれ、すごい喉がきもい。

それに、ちょっと手足が冷えてきた。今自分のサーモグラフィーが見れたら、多分頭が真っ赤で手足紫色とかじゃないのか。それくらい体温がバカになっている。


「…サクタお前風邪ひいただろ」

「え?」 

「最近温度差凄かったし」

「うん」 

「やっと陰陽連から解放されて、それから体育祭の準備もあって」

「そうだね」

「ストレスは?」

「最高潮」


…思い当たる節しかない。

っていうか、実際体調は前からずっと崩していた。


少し前だが、陰陽連の研究室に何週間も拘束された期間があった。

「式特定」という作業を諏訪さんからお願いされ、そこでまず知恵熱を出した。特定に頭を死ぬほど使うのに加え、体力がアホみたいにいる。鼻血出しすぎて貧血にもなった。

それにストレスも凄かった。あの時の僕のメンタルは棒切れや豆腐にも劣っていたし、ハタがいなければ僕は祓い屋をやめてソロキャンプをしに行くところまできていた。


「それらが今爆発したんだな…。綱引き頑張らさせすぎたかなぁ」

「たかが綱引きにここまでしてやられるとは…。体育祭侮りがたいな…」

「あー鼻血でてる!!!あとその謎テンションなんなの!?」

「よし、借り物競争では本気をあばばば」

「ティッシュティッシュー!!!」



結局。

僕はリンのガンダッシュで保健室連れて行かれ、体育祭を終始窓の外から見守ることとなった。


「…悔しいですね。僕、リレーでガチるつもりだったんですよ」

「あはは。九条さんも案外アツいところあるねぇ。来年もあるから、今年は先生と一緒にゆっくり観戦しようか」

「来年…?そっか、全然考えてなかったです」 

「そうなの?…九条さんは刹那主義なのね」


保護者が来るまでの間、保健室のベッドの上で保健室の先生と雑談をすることになった。さっきまでは騎馬戦でコケてずたぼろの男子もいたが、今は先生と二人きりだ。

外の喧騒が嘘のように、ここは静かな時間が流れていた。


「九条さんは将来の進路とか決まってるの?」

「将来…?」


…。


…少し考えたが、なにもでてこなかった。

もっと考えても、どんなビジョンも浮かんでこない。将来ってなんだ?大人になるってことだよな。



「…え〜?わかんないです」

「やっぱりかぁ。もしかして自分が大人になるなんて考えもしなかった?」

「はい。なんか、今が大変すぎて、これを乗り切って大人になるっていう想像が…」

「あ〜なるほど。ちょっと分かる気がする、その感覚…」


熱でぼやぼやした頭で、僕は自分が何も将来について考えていなかったことを思い知った。

ましてや、来年の三月を僕が生きて迎えられる保証は全くない。それまでに近衛が日本を沈没させるかもしれないし、僕は学校に通うどころじゃなくなるかもしれない。


…でも、もしちゃんと無事におとなになれたら…


『ハタゾンビと、死ぬまで一緒に生きていく。』


そんなことを心のなかで思った。



「それじゃ、寝ててね。もうすぐでお迎えの人来るから」

「はぁーい…」



お迎えといえば、誰が来てくれるだろうか。

おじいちゃんは車の免許とってないし、ヘルニアで長距離は歩けないし…。

三浦は新しい職場でこき使われてるから、きっと途中で職場を抜けることはできないだろう。ちなみに新しい職場とは、アグラさんが紹介してくれた落語会の施設スタッフだ。

鯨崎さんは今忙しくしてて家に遊びに来てないし…、そうなると一体誰が僕を…?


電話に出れる人って、誰だろ…。















「サクタっ!」

「…え?」


懐かしい声で、うとうとしていた瞼が完全に開かれる。

僕の名前を呼ぶ、優しい明るい声。



「ね〜この学校結構古いよね。ボク初めてきた!」

「…なんだ。端が来てくれたんだ!」

「えへへ、嬉しい?」 

「うれしい。一緒に帰ってくれるの?」

「もちろん!」



端は僕の手を取って、ベッドから降りてよろける僕の肩を支えてくれた。

それからゆっくりと歩いて、昇降口に向かう。自分が靴を保健室の玄関に置いてきたことを今更思い出したけど、そんなことはどうでも良かった。


端、中学の制服着てる。

男の子にしてはやっぱり髪の毛長いけど、ふわふわの茶髪が僕は好きだった。なんでか、見てると心があったかくなるから。


「サクタ、あの人とはどうなったの?」

「あの人…?」

「富田さんだよ。また酷いことされた?」

「…ううん。大丈夫だよ。今はおじいちゃんと一緒に住んでるから」

「へぇー!おじいちゃん、やっとサクタに会いに来てくれたんだね。嬉しい?」

「…うれしいけど、やっぱり許せない気持ちもあるのかな。わかんない」

「そりゃあそうだよ。ボクだったら泣いて怒るな。「なんでもっと早く迎えに来てくれなかったの」って」

「そっか。…そうかも。僕もそれくらい言いたかったな」

「サクタは優しいからなぁ」



なんてことない会話だった。

昔の、もうどうでも良い話。

まだ自分にどもりぐせがあって、人と話せないから独りぼっちだった時の話。


お父さんとお母さんが死んで、富田さんと過ごしていた地獄のような日々が僕を変えた時の話。

おじいちゃんと暮らすようになったのは、案外最近だという、そういう話。


「端は?」

「ボク?」

「うん。なにか、悲しい目にあったりしてない?」

「…あー、…ん…」


足取りが一段重たくなった。


端が唸るたび、僕を支えていた手から腐臭が漂ってくる。

耳元で、縄の軋む音が聞こえてくる。



「…アイトが、ボクを、いじめてくるんだ」


「ボクの、泣いてる顔が、大好きだって、そう、言うんだ」


「…一緒に死のうって、言われたから、どうすればいいかわかんなくて」


「もう、もう言いなりは、いやで」


 




「サクタ」

「どうしたの、ハタゾンビ」


「一緒に生きてね」

「もちろん」


「一緒に死のうね」

「そのために、僕らは頑張ってるじゃないか」



「だから、もう言いなりになんかならなくて良いんだよ」








 











夕方。

トクミツさんにお願いされて、熱を出したサクタくんを迎えに行くことになった。

彼の隣には、体育祭で土まるけになったリンが一緒に寝ていた。やっぱり学校でも仲がいいんだと分かって、ちょっと顔がほころんだ。

俺はサクタくんを背負って、リンは二人分の荷物を持って学校を後にした。


「サクタ大丈夫かなぁ」

「熱が高いから、今日はお風呂入んないほうがいいかもなぁ」

「俺今日泊まるよ。ラッキーさんだけじゃ大変でしょ」

「ありがとう。お母さんとか、連絡大丈夫?」

「俺一人暮らしだから大丈夫!またそっちでご飯食べたかったし」

「…あ、うん。そうだね!ご飯食べよう、一緒に」


俺はびっくりして、少し返事が遅れてしまった。


…いや、確かに不思議には思っていた。

よく夜遅くまで彼に付き合ってなにかしていたり、ご飯を食べに遊びに来ていた。

単に放任主義だと思っていた。けど、まさかそれを止める人すらいないとは。


「あー、一応家族はいるぜ。でも俺と会いたくないからじいちゃんに俺を預けたの」

「…そんな」

「中学の時じいちゃんも死んじゃったから、今はお金送ってもらいながら一人暮らし〜。大学生になったらお金全部返せっていわれるし、最悪だぜホント」


…言葉が出ない。

なんだよ。

なんだよ、その扱い。リンを産んでおいて、なんだその仕打ちは。


こんなにいい子なのに。

こんなに…!!!



「…怒んないでよ。俺は大丈夫。サクタとハタと一緒に助け合いながら生きていくって、そう約束したからなんも怖くないぜ」

「リン…」



「あ、多分その約束したの、この時期だった気がするなぁ…。九月の、残暑が終わったくらいの…」



リンはそういって、今まで見たことのないような遠い目をした。

彼らの人生に、一体どれほどの恐怖や絶望や失望があったか、計り知れない。


俺は静かに、頷くことしかできなかった。



第四十三話 長月



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