第四十二話 鍋パ

「ぉおおおお」

「はわわわわ」


鍋だ。

豆腐と、白菜に糸こんにゃく。

それに…


「肉!!!!だっ!!」


「俺ちんの山で獲ったからな。旨いぞ」

「イチルちゃんってばぁ、いつ狩猟免許とったのよぉ」

「そーだそーだ!大学中退してなにやってんだコノヤロー!」

「文句言うなら肉はお預けだぜ」

「「ヤダーッ!!」」




金曜日の夜。

陰陽連での長い長い事務作業が終わった私とシロは、とある人と待ち合わせをしていた。


およそ三年ぶりだろうか。

山から久しぶりに降りてきた、同期のモサ男だ。


「イチルちゃんって確か呉岳山で修行してたんだよねぇ。なんだっけぇ〜、あの、幽霊の…」

「降霊な。今は修行期間終えて、本業でやってるぜ」

「イチル、ばあちゃんのことめっちゃ嫌いだったのによく弟子入したよね!!うへへへ」

「おい、先に酒開けただろ」


降谷一縷。

私と同じ大学に通っていて、二年になってから学校を突然やめた破天荒あらくれマン。

陰陽連で働くと言っていた彼が、全く路線変更して「降霊師」になると言い始めたのだ。意味が分からない。

体術も体力も申し分ないどころか人並み以上な彼を、いろんな教官が惜しんでいた。久世一派にもスカウトが来ていたのに、実に恨めしい。


それにだ。

タダでさえあの大学は変わり者が多かったが、仏教に傾倒していて一人称俺ちんの変わり者は、相当に絶妙な逸材だった。

当時、久世家の落ちこぼれとしてかなり浮いていた私が、彼の存在によってどれだけ存在を薄く出来ていたか…。きっと彼は知らないのだろう。


「…あ〜!!実に許せなぁい!!!!」

「なにがだよ。ってか、安治くんは?」

「もうすぐ来るよぉ〜。せっかくだから、おつまみ買ってきてくれるんだってぇ〜」

「わーサイコー!!!はい、シロおさけ!」

「うへへへ、日本酒すきぃ〜」

「コイツらは…」


コップにお酒をついでいると、彼が机になにかを置いた。

コンタクトの入っていない目を細めると、それがキラキラした「石」であることに気がつく。

…しかも、多分なにかしらの式が編んであるやつ。


「いきなりクイズ!!これがなにか当てれたやつに、梅酒おごってやる」

「「マジか!!!」」


シロと目を合わせて、にやりとしながら各々考察を始めた。

まず、触ってみた感じだと式はめっちゃ単純。多分一個くらい?

あと…、もう効力がそんなに残ってない…かも。明日にはきっとただの綺麗な石になってると思う。


「質問良いですかぁ!!」

「どうぞ」

「なっ、ウミガメのスープみたいなのアリなの!?」


シロがふふんと鼻を鳴らして、その石を指さした。


「これは「念力式」が編まれてますか?」

「YES」

「やったぁ〜!!!」

「嘘でしょなんでぇ!?」


焦り始めると同時に、念力式で推察できることもある。

石に念力式を込める時には、おおよそ二つに用途が分かれるのだ。

一つは触り神を一時的に閉じ込める「要石」を作る時。よし、大学出ててよかった!!!

…で、あとなんだっけ?なんだっけ!?



「霊石ですよね。あ、お邪魔します」

「あーーーっ!!!あともう少しで出てきたのにこのバカアジくんっ!!」



後ろからの刺客に背中を刺された、夜9時。

ようやくメンバーと梅酒が集まったのだった。


「この霊石を見せたくて、俺達よんだのかよ」

「梅酒一口くれぇ〜!」

「頭使いすぎておなかすいたぁ…。鍋に豆腐追加しやす…」


鍋に豆腐がぽとんと投入された。

アジくんが買ってきたおつまみもさっそく開け、本格的に鍋パが始まる。


「これってあれですよね。物部さんが作ったやつでしょ」

「正解。鯨崎からもらった。俺を見つけるのに使ったらしい」

「やっぱ精度が違うわ〜。さすが陰陽連のじゅうちん…。え?てか、なんで鯨崎?」

「…話すと長くなるからヤダ。ただ、俺ちんの依頼主だったってだけだ」

「へぇ〜。…なんか、また面倒くさいことになってきたっぽいなぁ…」


シロがその石を指でコロコロとさせる。

なんの変哲もない石に見えるが、それの名前は「霊石」。

特定の人間を探すために物部文乃さんが開発したもので、特定の魂に石が引き寄せられる仕組みになっている。

いわゆる追跡装置のようなものだ。


「久しぶりに山から降りてきたということは、俺達と飲む以外になにか理由があるんですよね。霊石を使って追跡されるとか…。なんかヤバいことでもやらかしたんですか?」

「……おん…」

「図星なのかよ!!あーやだ、絶対碌でもないことだ!!」

「さすが首席卒業だわなぁ」


彼は分かりやすくため息をつき、汚いナップザックから紙をとりだした。

嫌な予感がしつつも、三人でそれを覗き込む。


「…これ、通帳のコピー?」

「バァちゃんからくすねてきたやつ」

「え、うわっ、すっごい大金だぁ!!しかも全部引き出してるぅ!」

「俺ちんが知らない間に、バァちゃんが近衛ってやつから金を大量に受け取ってたんだ」


空気が凍る。

…近衛?

なんでアイツの名前が。


なんで、イチルのばあちゃんが?


「近衛の所業については分かってますよね。今その金はどこに?」

「鯨崎に全額預けた。でも、二日前に現金で全額引き出されてたのが気になって、バァーちゃんに問い詰めた」


アジはほっとしたような、しないような表情でその場でへたりこんだ。

私もシロも、近衛の魔の手がここまで伸びていたことに驚きが隠せなかった。いや、分かってはいたけど、まさかこんなに早く手を打ち始めるとは。


イチルは真剣に、でも少し悲しそうな目をしながら通帳のコピーを鞄に仕舞う。

…そして、重い口を開いた。



「バァちゃん、俺ちんの父さんにお金渡そうとしてたんだ。何年も会えてない、しかも葛籠式を盗んだヤツに」

「…は、なんで…?」


「近衛がバァちゃんにカマかけたんだ。「前妻の子供を残して勝手に再婚をしている。実は子供も作っていた」って。…本当かウソかも分からないけど」

「その、居るかも分からない子供のために、近衛に仕事をもらったのか…」

「あぁ。でも、結局教えられた住所に誰も居なかったから、ポケットマネーにするつもりだったって。本当に馬鹿なバァちゃんだぜ」


最後の最後でガクッとくる。やっぱり前会った時と変わらない守銭奴だ…。しかし、こうなると近衛がそんな嘘を本当についたのかが気になる。

そこまでして、一体…。


「子供の名前とか近衛は教えてくれなかったのぉ?なんにも言ってないなら、多分それ絶対嘘だよぉ…」


シロがため息をつくと、イチルはいやと答えた。


「『甲斐田まりん』って、名前らしい」




私を含めた、三人がそう声を漏らした。


…四日前のことだ。

ある変死体が岐阜のトンネルの中で見つかった。

その死体を片付ける際に、六人の警察関係者が亡くなって結構な騒ぎに発展した。

「死体を動かせない」と、異例の通報だった。


そこで、陰陽連の浄化結界師が総動員で現場に派遣された。もちろん私も派遣された。


トンネルに、綺麗な花の模様の壺が一つ。

その中に、体が押し込まれたようにして女性が亡くなっていたのだ。


死因は不明。

かすかな情報しか残っていなかったが、身元を特定することができた。

…決定打となったのは、九条当主が行った式特定だった。


「…それが、甲斐田まりんってことか…?!」

「彼女が本当にイチルの義兄妹かは、まだ血液検査しなきゃ分かんないけどね…。九条当主がえらく落ち込んでたから、もしかしたら知人なのかもしれないけど…?いや、聞くにしても今の段階じゃなにがなんだか…」

「ちょ、今から本部行きます?俺電話しますよ」

「だめだってぇ。今日ノー残業デーだから全管理室しまっちゃってるよぉ!」


…沈黙。

皆、とにかくヤバい事が動き始めてるってのがわかって、それにイチルや陰陽連全体が巻き込まれているのも分かった。




「…あー、とりあえず肉食べるか」

「えーあ、うん。確かにですね…」

「き、金ローやってるかなぁ?えへへ、テレビつけるねぇ…」


ぎくしゃくと、一旦さっきの切迫した状況を無かったことにするために、皆がいそいそと違う事をし始めた。

そしてテレビをつけた途端、シロがあれあれと言い始める。


「んにゃぁ??どこもかしこもおんなじ番組ばっかだぁ」

「え、地震でもあった?民放…」


ぱっと画面を見ると、

『少年院で死傷者多数 行方不明者一名』と文字が出ており、生中継で黒い煙を上げながら炎上する少年院が映し出されている。



「…これももしかして」

「怖いこと言うな。多分たまたまヤバい事件が最近多いだけだ」

「いやいやイチルちゃん声裏返ってるよぉ。アジくん、なんか連絡来てない?」

「いまんとこは…、あ!?」



「…緊急招集ですって…」




…と、まぁ。

こんな感じで、我々の鍋パは急遽終わりを迎えた。

行きはよいよい、帰りは怖いとはまさにこの事。唯一下戸で酒が飲めないイチルは車の免許を取得してない不届者だったので、結局みんなで仲良く歩いて本部を目指すことに。


「ほんとサイテーーー!!!!」


陰陽師もそろそろ潮時かと思っちゃう、そんな夜半であった。



第四十二話 鍋パ

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